海炭市叙景 #3
’10年、日本
監督:熊切和嘉
製作:菅原和博、前田紘孝、張江肇
原作:佐藤泰志 『海炭市叙景』
脚本:宇治田隆史
撮影:近藤龍人
音楽:ジム・オルーク
美術:山本直輝
編集:堀善介
谷村美月 : 井川帆波
竹原ピストル : 井川颯太
加瀬亮 : 目黒晴夫
三浦誠己 : 萩谷博
山中崇 : 工藤まこと
南果歩 : 比嘉春代
小林薫 : 比嘉隆三
芥川賞に5度ノミネートされながら41歳で自殺した、不遇の作家・佐藤泰志の同名小説『海炭市叙景』。この短篇集の中から幾篇かが組み立てられた。この作品の製作委員会を務めたのは、函館市に住む佐藤泰志の同級生たち。監督は釧路市出身。鬼畜大宴会』の熊切和嘉。
函館市に住むリアルに切り取られた人々の群像劇。心に残るのは、閉塞感や疎外感を感じる地方都市と、そこに住む人々の等身大の日常。なんだか最近、こんな作品を私は立て続けに見ているなあ、とつくづく思う。『SR サイタマノラッパー』、『国道20号線』、『悪人』・・・。いや、それを言うなら、『ソフィアの夜明け』だって舞台がブルガリアであるだけで、同じと言えるじゃないか。何処だって同じ、世界の何処とも違っているようで、どこか似通っている地方都市の姿。
真っ直ぐな眼差しで見つめられた雪景色は、どことなく耐え切れなくなってくる。全てから取り残された、ザラついた美しい函館市の映像。特に自分が感じ入ったのは、冒頭部分、タイトルが入るまでの一片の物語だ。何かの終わりと何かの始まりを思わせる、海炭市の姿を描いたこの冒頭だけで、心掴まれた。本物志向のこうした映像作品を、正月早々味わえるなんて。ついこないだ自分も経験したあの年末年始の特別な雰囲気、それを思い出しながら見ることが出来た。
地方都市に走る路面電車の風景が印象深いのも、『ソフィアの夜明け』を思い出させる。どこへ行くにも決まったレールの上を走る路面電車。ただそれを光と音と映像とで捉えただけなのに、こんなにもリリカルに心に響く。この素晴らしいリアリティある映像のおかげで、とても寂しい気持ちになってしまったけれど。
この物語の中で忘れられないムードを放っているのが、猫を飼っているお婆さんの姿だった。立退きに反対し、死ぬまでそこに居ると言うお婆さん。彼女は様々な感情を洗い流して、だがしっかりと覚悟を決めている。
反発して田舎を飛び出そうが、そこで死ぬことになろうが、私たちはその土地の持つ特色から離れて暮らす事は出来ない。私達の姿をスッポリと包む忘れられた町の風景。誰もが心の中に故郷があり、その姿にとてもよく似ていた。心の片隅に私たちはこの風景を抱えているのだろう。
※ストーリー・・・
その冬、海炭市では、造船所を解雇されたふたりの兄妹が、なけなしの小銭を握りしめ、初日の出を見るために山に登った。妻の裏切りに傷つく男、帰郷しても 父と会わない息子。姿を消す老婆の猫。そんな人々の間を路面電車は走り、その上を雪が降り積もっていく・・・
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コメント(12件)
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こちらにも、、、。
私も先日鑑賞しました。物悲しい風景に何故か愛おしく感じましたね。
それぞれのお話に共感したり。。。。寂しいけど好きですね。
mezzotintさんへ
こちらにもコメントありがとうございました〜♪
お、先日鑑賞されたのですね!
この作品、去年のBESTにいれていた人も何人か見受けられましたよね。
映像だけで語る作品、私は好きです。こういう作品をもっと邦画で見たいですね。
こんにちはー。
昨年暮れ公開で、今年最初に鑑賞した映画だったけど、
昨年鑑賞だったら間違いなく邦画ベストに入れてましたね。
重たいのに、何故か、余分なものがなく、
すっきりとした印象でした。
余韻もちゃんと伝わるところがいいですね。
rose_chocolatさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、これベストに入れている人も見受けられましたよね。
rose_chocolatさんも邦画のベストに入れましたか!
私も邦画ベストは作っていないのですが、きっと作るなら入りました。
そうそう、この重さが良いのですよね。それでいて、静謐な印象があって。
こんにちは。そこに生きている人々の繊細な心の機微がじわじわと心に染み入ってくる情感あふれる作品でした。時代から取り残されているような街ですが、そこに生きる人々の時間は誰もが同じように刻まれていくんですね。あたりまえのことですけど、しみじみとさせられてしまいました。
かのんさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
なんだかこの作品、同じ日本とは思えないほど、新鮮に映しだす美しいカメラが、とても素晴らしかったと思います。
寂しい気持ちはしみじみ伝わってくるのですけれど、どこか諦めのようなものがあって、あの感じがすごく不思議でした。