愛する人 #2
’09年、アメリカ・スペイン
原題:Mother & Child
監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア
製作総指揮:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
製作:ジュリー・リン、リサ・ファルコン
撮影:グザビエ・ペレス=グロペット
美術:クリストファー・タンドン
音楽:エド・シェアマー
ナオミ・ワッツ : エリザベス
アネット・べニング : カレン
ケリー・ワシントン : ルーシー
ジミー・スミッツ : パコ
サミュエル・L・ジャクソン : ポール
デビット・モース : トム
3人の女性の母性が交差する、誠実な作りの映画。こうした映画は、見てしまいさえすれば、思わずハッとさせられる部分が多いのだけれど、好んで見ない人には、何とはなしに避けてしまう類の映画かもしれない。私はと言えば、観終わった後には自分の心の中に母の面影をどことなく探し、なんだか切ない気持ちになった。
ここに登場する3人の女性は、それぞれが必死に生きてきている。しかし心の奥深くにはそれぞれ抱えている思いがあり、それは決して簡単に人に見せることは出来ない見えない傷であったりする。心に秘めた傷のためにより強い自分になろうと足掻いたり、そのための努力が自然になって、いつの間にか素直に人の好意を受け取ることが出来なくなっている自分に気づく。不器用で健気な女性たち。彼女たちの姿はそのままそっくり、少しだけ不幸せな私たち自身の姿でもある。
普通の家庭で愛情をたっぷり受け、素直に育って来た。そんな女性よりも、母親との親子関係が”普通”であったとは言えないタイプの女性の方が、この物語により深い感銘を受けるかもしれない。もしくは、青春のとある日々に女性の”生まれながらの母性”、といったものを否定したことのある人であるとか。
そうしたタイプの人にとって、”いつしか自分も「母」になる”という考え方は、時に逃げ出したい程重いものであったりする。「子供なんか欲しくない」とキッパリ言い切った友人も居たし、実は私自身もそのタイプだった。母親になる自信がなかったり、責任の重さに耐えかねる、などと思ったりした。しかしいずれにしても”自分自身”と”母親”との関係性というものは、生きていく上でいつしか必ずや向かい合う類の感情だったりする。この作品もそうしたテーマを扱っている。おそらく、男性にとっても同じであるだろうと思うけれど、こちらは主に女性主観の物語。
ナオミ・ワッツ演じるエリザベスは、誰に頼る必要もないほど、強い芯のある女性。仕事上では優秀な人材である一方、どこか影のある、自然と女性には嫌われてしまうタイプであったりする。基本的に、彼女自身が女性という性をどこかで恐れていたり、心を開くことが出来ない一面のあるせいだ。同性を信用していない、さらに男性関係に対しては非常にアクティブで冒険好きである女性が、本能的に女性に嫌われてしまうのは当然のことだが。(いるよね、こういう女性。しかし第六感で分かってしまうのは何故だろう!?)
「母親との関係が上手く行かなかった女性は、人とのコミュニケーションや、人間関係を円滑に行うのが苦手だ」、と、私のある友人が言っていた。私もまさにその通りだと思う。自分がかつてそう扱われたように、相手に対しても扱ってしまうからだ。
忘れられないのは、ナオミ・ワッツ演じるエリザベスが、「もう恨みという感情を忘れてしまった」と、盲目の少女に向かっていうところだ。おそらく、盲目の少女にとって、母親との関係は、今の彼女の世界そのものであるのだろう。そんな母とずっと向きあうのは、とても窮屈そうだ。母親との関係性が上 手く行っている・行っていない、ですらなく、少女にとっては”自我”そのものが母親に占拠されようとしているのだから、彼女の苦労は想像を絶するほど。
エリザベスは、自分が母親になることでようやく、母を許せる気持ちになれたのだろうと思う。母を許すというこの思いは、自分自身を許せることでもあるように思う。受け入れることで、一回り大きくなる女性。
私たちはいずれ、母性に直面する時が来る。この物語のテーマはとても真っ直ぐ。だからこそ女性の心に響くものになるだろう。
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの製作作品だと、『あの日、欲望の大地で』をどこか思い出したり。『あの日、欲望の大地で』もこの作品も『バベル』も、ベランダで女の人が裸になる。3度めよ~って思いながら見てしまった。
ナオミ・ワッツのこのお腹、何と自前だとか。撮影が長引いて、彼女のお腹が膨れたので、それをそのまま撮影に使ってしまったとか。さすがの女優魂?!話題作りのための妊婦ヌードではなくて、物語中でも活かしちゃうなんてね。
このロドリゴ・マルケス監督は、『彼女を見れば分かること』、『美しい人』をこれまでに監督している。ちなみにこの人、ガルシア・マルケスの息子さんらしい。私は全然知りませんでした。今後見てみよう。
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コメント(18件)
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とらねこさん
今晩は☆彡
わあ~ご覧になられたんですね。すみません(汗)
何か不謹慎な記事で、、、。今読んでみるとなんという記事か!なんて・・。
結構衝撃的な話でした。カレンが幼くして母になる。そしてその娘エリザべス、
彼女は優秀な女性で、芯も強い。終始淡々としたあの雰囲気は確かに人を寄せ付けない
何かがありましたよね。でもふとしたことで妊娠してしまい、母になるということから、母への今までの思いは変化していく。ナオミ・ワッツの演技がとても印象的でした。まるで彼女が本当にエリザベスではないか?と思うくらい重なって見えました。
上手くいえなくてすみません。実はもう一度観ようかなあなんて思ってみたり。きっとあの時とはまた違った感じで観れるのではと思っています。
何度もすみません!ナオミ・ワッツが本当に妊婦さんだったとは知らず、、、。
驚きです!!彼女は結構好きな女優さんなので、この作品も好きな一つです。
mezzotintさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
えっ?不謹慎な記事だったなんて思いませんでしたけど(笑)
もしかして、寝てしまわれたとか?なーんて(爆
そうですね、エリザベスの話が一番共感出来ましたね。
意思が強く、何でも欲しい物を手に入れていく堂々とした人だからでしょうか。
でも愛情を与えられることには弱い人でしたね。
そうなんです、あのお腹は本物だったということなんですよね。驚きます。
あれだけ出演していて、たった7日間しかロケしてないってすごいですね。
とらねこさん、こんにちや。
そうか、ベランダで裸はイニャリトゥの定番というわけか!
これは試写会じゃなかったら、とらねこさんは見ない系?
群像劇好きの私は『彼女を見ればわかること』『美しい人』には心揺さぶられー。
このタイプの女性映画はもういいからさー、とか思ってしまう部分もありつつ、女優たちは素晴らしいし、物語の収束のさせ方は巧みなので、なんだかんだいって満喫できちゃうのですよね。
かえるさんへ
おはようございます〜♪コメントありがとうございました。
ベランダで裸が3回目は多いですよね〜。そんな経験が実際にあってトラウマなのかもしれないんですけど、立て続けに3作って。。
私は試写会より以前から予告を見て、これは絶対見ようと思ってましたよ。
イニャリトゥは『アモーレス・ペロス』からリアルタイムで観てますよー。
と言っても一番好きなのは『アモーレス・ペロス』ですが
yahooメールが調子悪いので、エキブロメールを捨てアド用に作成しようと行ってみたら、ちょうど試写会の応募があって。まさか当たるとは♪
なかなか満足出来る作品でしたね。これと同じようなテイストだったら、『彼女を見れば分かること』と『美しい人』も見てみようかなと思いました
これ、今年のベスト5以上はもう確実って感じで。 ツボなんですこういうの。
『あの日・・』も2009年1位にしてしまったし、『美しい人』も大好きだし。
女は母になってトーゼン、それも「いい母」になってトーゼン的な価値観しかないじゃない、日本なんて特にそう。
で、それが息苦しくてしょうがない時があるんですよ。 私のような人間にとっては。
自分も親にとって「よき娘」でないといけない、そして子にとって「よき親」でないといけない、何もかもがんじがらめ、うまく行って当たり前。
だけどこの映画って違うでしょ?
誰一人として同じじゃない、そしてみんな悩み苦しんでいる、弱いところを見せている、
泣きたい時には泣いてもいいんだから。
私にとっては、そういう姿勢がとても素敵な映画でした。
rose_chocolateさんへ
おはようございます~♪コメントありがとうございました。
母親としての葛藤や悩みについては自分はよく分からないのですが、
一見幸せそうに見える家庭内でも、外からは見えない苦労がきっとおありなんですよね。
自分を捨てて母親にならなければいけないのだろうか、と思うと子供を持つことに躊躇してしまうところがありまして、
その辺りでエリザベスの気持ちが分かる気がしました。
正直私も良き母親になれるタイプではないように思っていたりします・・。
おっしゃる通りこの作品は、母親像の外側からだけでなく、内面を描いたところが魅力的に思えました。
『あの日~』にそれほどハマられたのですね。『美しい人』も見てみようと思います。