ホウ・シャオシェンのレッドバルーン ▲131
’07年、フランス
原題:Le Voyage du Ballon Rouge
監督:ホウ・シャオシェン
脚本:ホウ・シャオシェン、フランソワ・マルゴラン
ジュリエット・ビノシュ スザンヌ
シモン・イテアニュ シモン
イポリット・ジラルド マルク
ソン・ファン ソン
ルイーズ・マルゴラン ルイーズ
やっぱり期待通り、心がほっこりするような優しさに満ちた作品だった。
冒頭で、赤い風船がふわふわ飛ぶ姿を見て、まず心を惹かれる私たちがいる。
なぜなら、リアルな日常であるそこへ、ポッと現れた赤い風船。この姿、佇まいが、なんとも場違いに思えるから。現実世界へふと姿を現したファンタジー、のようにも思えるし、あるいは画だけ見れば、これは単に赤い風船が漂っている、何のマジックも不思議もない画のようにも思える。
だけど私たちは、風船が少年を追いかけて来たことを知っている。この存在がファンタジーなのを知っている。この辺りがどこまでファンタジックに描かれるのか、それを楽しめそうな気がして、期待がポッと浮かんだ冒頭だった。
新しく来たベビー・シッターである台湾人のソンが、『赤い風船』という映画の話を、少年シモンに聞かせながら歩くシーンが次にくる。
映画の最後に、「アルベール・ラモリス監督の『赤い風船』にこの映画を捧げる」との一言がつく、堂々とオマージュを掲げたこの作品は、パリのオルセー美術館20周年記念事業の一環で作られた作品だという。
じゃあそのオマージュはどんな風に昇華されているのか、というところが知りたくなる。この元となった『赤い風船』をよく知らなくても。
物語が進むにつれて、タイトルにさえあるけれど、それは“主人公”ではなくて、
あくまで少年をそっと遠くから見守る風船の姿、を見ることになる。
少年である“子供”の目線は、むしろ母親の世界に寄り添っている。忙しく充実しているけれど、本当は寂しさを抱えている、事実上シングルマザーの母親。映画の中では、大した事件が起きることはなく、日常ありふれた風景が描かれる。
新しく来たベビー・シッターのソンとの、程よい距離感は見ていて心地のいいものだ。
寂しくてどこか空虚感のある大人の世界と、想像と空想で満ち溢れた子供の世界、この二つが遠くにあって、それらが対比して描かれているわけでは決してない。
「ぼくがいるよ」と母親に言う少年の台詞同様に、気づけば少年を見守る風船の姿を、私たちは発見する。
人形劇という、想像の世界で仕事をする母親と、やはり映画学校に通うベビー・シッターのソン、新しい小説を書くと言って出て行ったままの父親。
想像の世界と地続きの現実世界で、シモンは、今は少しだけ寂しくても、きっとまっすぐ育つのだろう。理想的な子供時代を描いた作品のように思えて、赤い風船に見守られたシモンが、なんだかちょっぴり羨ましくなった。

人形劇作家であり、優れた人形劇師でもあるスザンヌは、7歳になる息子シモンと暮らしている。シングルマザーの彼女は新作劇の準備に追われる毎日。下の住人とのトラブルや、別れた夫とのことなど、日々の煩わしさからカリカリしていた。スザンヌはシモンをベビーシッターに任せることに決め、映画学校の生徒であるソンを雇う。孤独なシモンをじっと見つめていたのは、パリの街を漂う赤い風船だった・・・
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「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」 DVD
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ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン
「赤い風船の世界は 私たちのとなりにある」
ホウ・シャオシェン監督は「赤い風船」(1956年/35分)が大好きなことがすごく伝わってくる。
我々は、となりあう「赤い風船」の世界に気づくことがなく、日々生きている。
そんな映画である。
派手に大きく物語が動くわけで…
とらねこさん。こんにちは。
なんてことないのですが、素適ファンタジー。
「赤い風船」のオマージュ作品であることから、その作品への愛情も感じられました。
「赤い風船」はご覧になってますか。
観てないようでしたら、ぜひ。
私は、映画館で、関連付けた公開をしていた時に一緒に観ています。
絡めて観るとより良いですよ。
de-noryさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、日常のある一場面を切り取ったような、ナチュラルな物語の中に、ふと現れる、素敵ファンタジーでしたね♪
私実は、この作品の公開前に、『赤い風船』『白い馬』の上映に行ったのですが、用事があって、途中で出てしまったんです。
で、ついでにこちらの作品も断念してしまいました。それというのも、「関連づけて見ることが出来なかったから」というのが理由でしたー
とは言え、『ココ・シャネル』は見なかったのですが、『ココ・アヴァン・シャネル』は見ましたよ。。。
Le Voyage du Ballon Rouge 『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』
あの赤い風船はずっと旅をし続ける。
何てことはないささやかな日常を物語りながら、普遍的なテーマが心に沁み入り、その芸術性が眩く輝いて。
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