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殺し屋 ▲109

二番目の客’56年、ソビエト
監督:M・ベイク、A・ゴルドン、A・タルコフスキー
脚本:アレクサンドル・ゴルドン、アンドレイ・タルコフスキー
原作:アーネスト・ヘミングウェイ 『殺し屋』
撮影:A・ルィビン、A・アリヴァレス/M・I・ロンム教授監督科クラス+A・V・ガリペリン教授撮影科クラス

ニック・アダムス  ユーリー・ファイト
店主ジョージ  アレクサンドル・ゴルドン
アル  ヴァレンチン・ヴィノグラードフ
マックス  ヴァジーム・ノヴィコフ
最初の客  ユーリー・ドゥブローヴィン
2番目の客  アンドレイ・タルコフスキー (写真 上↑)
オーレ・アンドレソン  ヴァシーリー・シュクシン

タルコフスキーが全ロシア国立映画大学三年の時に、ミハイル・ロンム監督の下、同級生アレクサンドル・ゴルドンと共に製作した、タルコフスキー初の映画らしい。
短編、19分。
私は原作のヘミングウェイの小説が好き。ヘミングウェイの作品の中でも、短編は本当に切れ味の鋭いものが多くて、面白いけれど、こちらの作品も一読して忘れ得ない魅力を持つ作品。タルコフスキーがこれを選んだとか。
タルコフスキーは二番目の客役写真上)、アレクサンドル・ゴルドンは店主役として出演(写真下)。

食堂の主人田舎町にやって来る殺し屋二人組。彼らは一人の男、アンドレソンを追ってやって来たのだ。普段ここのダイナーに食べに来るアンドレソンだが、今日はあいにく時間になってもやって来ない。
二人が帰った後、その場に居合わせたニックは、二人が探していた渦中の人物、アンドレソンに、刺客が来たことを店主の使いで告げに行く。
アンドレソンは、それを聞いても特に驚かず、逃げようともしない。ただ無関心そうに、面倒くさそうに答えるのみ。ただ無為に死を待つかのようにベッドに寝っ転がっているだけだった。
ニックはそれを見て、この街を出て行くことを決心する。

殺し屋二人の圧倒的な存在感、ぞんざいな恐ろしげな態度から始まる冒頭。
私は個人的に、この殺し屋の言葉がずっと心に残っている。
殺し屋は、店主に「あれをやれ、これをやれ」、といちゃもんをつけてくる。その中に、「利口者は映画をもっと見ろ」。という一言がある。これはもちろん、文字通り映画を見ることを勧めているわけではない。「利口者」、という一言も、心から褒めて言っているわけでもない。殺し屋一流のジョークであり、ちょっとした皮肉な表現だ。

「映画をもっと見た方がいい」。と言っても、彼ら殺し屋たち自身は、もちろん映画なんか見ない。なぜなら、彼らの生活そのものが、映画以上のことなのだから。
だが店主ら、生活に縛られている人たちにとっては、おそらく殺し屋たちの生活はそれこそ映画みたいなものだろう。そうした皮肉がこの一言に含まれているのだ。

私は時々、「なぜ自分は映画を見るのだろう」、と自問することがある。その時に思い浮かぶのはこの言葉だ。自分がこれだけ映画をたくさん見るようになり、リアルをないがしろにするかのように、現実逃避を続けているのは何故なのだろう、と思ったりするのだ。

ラストで、死を予感したアンドレソンが、ただむやみに時をやり過ごすかのように無気力な姿、これはとても恐ろしいものに感じた。
アンドレソンはおそらく、自分が逃げ続けるのに疲れてしまった。それまで幾度も街を変え、組織から逃げて来たのだろう。その度追われ、こうしたことを繰り返しているうちに、次第に逃げること自体が面倒くさく・・・諦念が襲ってきたアンドレソンの無気力な姿。
アンドレソンはニックが来てその話を聞いても、ただ壁を眺め、面倒くさそうに「知ってるよ」と言う。彼のすることはと言えば、途中一度寝返りを壁側に打つ、これだけのアクションしかしないのだ。

私が初めてヘミングウェイのこの作品を読んだのは、二十歳そこそこの頃だったと思う。その時は、アンドレソンの気持ちが全く理解が出来なかった。
死を間近にしてなお、意思剥奪されたかのような諦念、無気力・・・。今になってようやく分かる気がした。そしてこれが分かるというのは、なんだか哀しいことだ。

殺し屋@映画生活

 

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コメント(10件)

  1. ああ、今タルコフスキーもやってましたね。忘れていました。
    「殺し屋」は以前TVで観ました。「ぼくの村は戦場だった」を観たときにも思ったんですが、モノクロ期のタルコフスキーは、カラーで撮るのとは全く違った映画語法をもっていたのではないか?と思うのです。
    光と影の陰の部分の比重が多く、作品のテーマを色濃く縁取っている感じ。あの感じでもっと多くの作品を撮っていたら、それはそれでスゴい映画作家になっていただろうと思います。
    >ラストで、死を予感したアンドレソンが、ただむやみに時をやり過ごすかのように無気力な姿、これはとても恐ろしいものに感じた。
    そうそう。そうでした。

  2. とらねこさん
    >私は時々、「なぜ自分は映画を見るのだろう」、と自問することがある。>
    >リアルをないがしろにするかのように、現実逃避を続けているのは何故なのだろう、と思ったりするのだ。>
    私も長年映画を見て来てますが、とらねこさんの様にあまりシリアスに
    考えた事は無い様に思います。
    同じ様に、何故読書するのか、美術館に行くのか、良い音楽を聴きたいのか、
    美しい景色を見たいのか、と悩みませんよね。
    読書よりイージーかもしれませんがやはり自分を深める何かが有ると
    思います。
    こらからも良い映画を沢山見に行きたいと思います。

  3. 「ヘミングウェイが好きなの?」「ヘミングウェイばっかり読んでるじゃん」「どんな話なの?」「人の孤独について書いてある」
    うろ覚えだけどこんな会話だったかな・・・ さてこのやり取りはいったい何の作品に出てきたものでしょう(ヒント「バ」の付くマンガ)
    わたくし一応文学を学んでいたこともありましたが、へミングウェイはまったく読んでません。そうです。モグリです
    唯一例外なのが高校の教科書に出てきた短編。わけありなカップルが森へピクニックに行き、そこで意味深な会話を交わすという内容
    いまだにどういう意味の話なのかよくわかりません(^^;
    ただ男の方は、上の映画のアンドレソンの如く、無気力な空気を漂わせていました
    検索したらタイトルわかりました。「ある訣別」でした

  4. manimaniさんへ
    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    おお、これTVで放送していたんですかー!すごい。CS放送でしょうか?侮れないなあ。。。
    >モノクロ期のタルコフスキーは、カラーで撮るのとは全く違った映画語法をもっていたのではないか
    おー、そうですか!自分は、残念ながら今回『ぼくの村は戦場だった』はちょうど用事があって、見れなかったんですよねえ・・・。返す返すも残念です
    光と影の影を強調ですか、いいなあ〜私モノクロ映画大好きなんで、この路線が見てみたい気もしてしまいます。
    今日見たタルコは、映画の前に食べちゃったんで、おなかいっぱいになって思わずちょっと寝てしまいました・・><
    悔し〜!

  5. tatsuさんへ
    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    そうですね、tatsuさんの選ばれる映画は私もいいなあ、と思うものが多いです。きっと長年のチョイスでご自分のお好きなのをきちんと分かっていらっしゃるのだろうなあ、なんて思います。
    tatsuさんの年代にまで行くと、さまざまな物事に達観してそうで凄いなあ、なんて思ったりもします。
    少しの美術鑑賞や、読書、等等、たまに見る芸術鑑賞は本当に素晴らしいものでありますが、“美食”である人は食べ過ぎないコツを自分で分かっていたり、不健康に太ることなく、適度に食すことが出来そうです。そうであれば、悩むこともなさそうですよね。でも大食漢は悩む必要があると思います。
    私の場合でおそらく問題なのは、“やらなければいけないこと”を棚に上げ、“やりたいこと”ばかりを優先しているところなのでしょうね。
    そのために、同時に“やった方がいいこと”も自分はやっていないのだろうと。自分はこれでいいのか、常に自問してしまうのです。

  6. SGA屋伍一さんへ
    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    SGA屋さん、バナナフィッシュの話、してくれてありがとう。質問を全部聞く前に答えてましたよ。コメント返すのにタイムラグありましたけどね・・。
    それ、アッシュがブランカに聞くシーンですね。
    そう、ブランカはヘミングウェイ好きでした。
    久しぶりにブランカに会う時、アッシュは人の気配を感じ不審に思った時、部屋のテーブルの上に『海流の中の島々』が置いてあるんですよね。
    あとはこの漫画の中で、他にもヘミングウェイが言及されてるんですよ、言わないけどw
    バナナフィッシュって、タイトルもサリンジャーから来てるんですよね。
    この漫画の影響すごく大きいんです私。サリンジャーもヘミングウェイもこの人の影響ですw
    SGAさんの高校で、教科書に出てきたんですね。へえー。実は私、この短編も好きでした。
    バンドで曲を作った時、この原題をタイトルにして詞を書いたんですよ私。。『The End of Something』。

  7. 『殺し屋』放映は地上波です〜ウチは地上波しか見られないのです(笑)
    もちろん某国営放送ですがタルコの特集をやったとき、その中でですね。番組の内容はほとんど記憶にないんですが。。。
    『僕の村〜』はまだ『殺し屋』に通じる雰囲気があると思うのですが、やはりモノクロの『アンドレイ・ルブリョフ』はどちらかというと後年のタルコフスキーに属するような気がします。
    ところで、バナナフィッシュ、読んでるんですが、まったくわかりませんでした;;
    やっぱり1回だけ読んだんじゃだめですねマンガは。。。。。

  8. manimaniさんへ
    へー、地上波でやってたなんてことがあるんですね〜
    オドロキ。某国営放送って(笑)
    で、知らなかったのですが、アンドレイ・ルブリョフに白黒のバージョンがあるんですね!白黒だったら、だいぶイメージ変わりそうです。私はカラーで見てしまったので、見たら結構衝撃かもしれませんね・・。
    へー。manimaniさんも、BANANAFISH読まれたんですね!意外です。一度読んだ、と言うだけで親近感沸いちゃいます。
    吉田秋生ってすごく雰囲気のある作品を描く人だと思いません?あ、同姓同名いるんですよね。TVのプロデューサーかなんかに。
    私はBANANAFISHは何度も読みましたからwガラかめほどじゃないけど。
    それに、ヘミングウェイを称して「人の孤独について書いてある」という一言がまたカッコ良くて!当時ものすごい憧れた気がしますw
    あ、じゃあ、調子に乗って問題出してもいいですかー?いきまーす。
    Q.エイジは、寝起きの悪いアッシュを起こすために、どんな起こし方をしたでしょう?
    (分からなかったら、放置してくれて構いませんのでー☆)

  9. あれ?!アンドレイ・ルブリョフにカラーなんてあるんですか?(笑)ちょっとまって・・調べるから・・・・・
    ああ、やっぱし基本モノクロで、最後のアンドレイの絵のところだけカラーなんですよぉ(笑)
    あの映画、結構スペクタクルで印象はカラーといってもいいと思いますね。その意味でもすでに後期作品群に通じていると思うんですよね。
    と こ ろ で
    アッシュの起こし方・・・・・・・さっさと降参です^^;
    棒高跳びで逃げるとことか覚えてんですけどね
    もう一度読むか。。
    あとは吉祥天女とか読みましたね。昔。

  10. manimaniさんへ
    ほえええ・・初めの三人の僧のシーンや、鐘の鋳造のところ、身体障害を持つ娘のシーンなどは、白黒だったのはハッキリ記憶しているんですが、
    タタール人の襲来のところ、あそこ総天然色じゃありませんでしたっけ?火が燃えるシーンは真っ赤に燃え盛っていたように思えたし、対岸の川岸に渡った時は川が青々としていてませんでしたか・・・?彼らの神、キリスト信仰の絵はカラーじゃありませんでしたか?
    自分の中で勝手にカラーになってたんですね。いや、聖三位一体がカラーになったのは覚えているんですよ、でもあそこだけじゃなかったような気がして、自分の記事に書くときにそのこと書かなかったんです。
    私の記憶って怖い。そして、そんなタルコフスキーがすげえー!
    いやー、自分にビックリしました。もう一度見に行きたいな。今回はもう終わっていて本当に残念です。
    ちなみに私、この作品、一度も寝ませんでした。




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