マン・オン・ワイヤー ▲87
’08年、イギリス、アメリカ
原題:Man on Wire
監督:ジェームズ・マーシュ
製作:サイモン・チン
撮影:イゴール・マルティノビッチ
音楽:マイケル・ナイマン
思わず、息を飲んだ。「なんと、無謀な!」
そそり立つビルの谷間、ワイヤー一本の上に一人立つフィリップ・プティの姿を見た人は、思わずその恐ろしさに青くなり、怒り出すかもしれない。興味本位、やじ馬半分。そして多くは、畏れを感じて。
でもこの映画を見た人に、決してそうは映らないことを、私は約束する。

1974年8月7日の朝、NYのワールド・トレードセンター。そのツイン・タワーを綱渡りで渡ろうとするフランスの大道芸人がいた。彼の名はフィリップ・プティ。高さ411m・地上110階という巨大な二つの建物の間にワイヤーを渡してその上を歩くのだ。命綱はない。時は折りしもニクソン大統領が辞任に追い込まれる前日。この出来事は「史上、もっとも美しい犯罪」として多くの人々を驚きと喜びで沸かせることになる。フィリップ・プティの人生を当時の映像を多く使用して製作された真実の物語。
子供のように目を輝かせ、いつしか彼の冒険に参加している気分にすらなってしまった。こんな魅力的な犯罪はない。眠っていた冒険心、イタズラ心・・・今にも飛び出しそうな心臓を抱えて、だけど楽しくてわくわくして。彼の仲間の一部になって、時間を忘れてしまったような気分。口を開けたまま。そしていつしか、その青い空の中へと、いざなわれていた。
つまりは、すっかりノセられてしまったのだ。このフィリップという男に。
何かに挑戦する、というこのギリギリの緊張感。本当は命を賭した無謀な戦い。だが、この物語を引っ張っていくのは、フィリップのそのイタズラいっぱいの輝く瞳であり、好意を寄せずには居られない大仰なしぐさ。まくし立てる言葉の端々から、我々の自らの内に発見できる、私達の心に眠っていた冒険心。
そして、ムード・メイカーである、マイケル・ナイマンの音楽。
ここでの音楽の使われ方は従来の“映画音楽”、というだけの存在ではなかった。最近の映像至上主義の骨太なドラマに見られるような、切り詰められた表現とは全く異なっている。この大胆さに、むしろ目新しさすら感じるほどだ。音楽は一登場人物になりきっていて、主張し、無理にでも我々の心を引っ張り、心を安らげる中心的存在となっていた。私たちの心理に入り込み、そしてひっきりなしに勇気づけていた。緊張で溢れんばかりになっているはずのその時に、マイケル・ナイマンの音楽はそうはさせなかったのだ。安心して身を任せることが出来る。ニクいほどにありがたい!
なぜ、この映画を見るべきか?それは、フィリップのように「不可能」という言葉を決して言わない人間を見てみたいから。
私たちは、飽くなき創造性と可能性とを抱えた子供のまま、彼の冒険を一緒になって経験することができるだろう。可能性にまるで終わりがないかのように、青空の向こうへと続く彼の無謀な冒険。
そして私たちは、イタズラな表情が消え去り、打って変わって、目をつむり集中力を高める真剣なフィリップの姿を、痛いほど心に焼き付けるだろう。
2009/06/13 | 映画, :とらねこ’s favorite, :ドキュメンタリー・実在人物
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バカと煙は
「マン・オン・ワイヤー」を観た。高所恐怖症の私でさえもその美しさに呑まれた。今はその姿を記録と記憶にとどめておくしかないワールド・トレード・センター。そのツインタワーを綱渡りした男がいる。その名はフィリップ・プティ。このフランス人は大道芸人だ。
映画「マン・オン・ワイヤー」(2008年、英)
★★★★☆ New York の超高層ツインタワー、 World Trade Centerの屋上で 綱渡りした仏人男性を描いた 「20世紀最大の犯罪芸術」のセミドキュメンタリー。 第81回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。 原題は「Man on Wire」。 17歳の…
今日、早速観てきましたー。(仕事と呑み会の、ちょうどポッカリあいた2.5時間を利用して)
ちょっと寝不足気味で観たこともあって、最初はちょっと眠くなりかけましたが、後半は不思議な魅力にとりつかれたように魅入ってしまいました。
音楽の使われ方…スミマセン、その素晴らしさに気づきませんでした。いや、気づかないほどに「やられていた」のかも知れません。「理由がないから素晴らしいのに」「人はエッジを歩かなくではならないんだ」という2つのセリフには、それまでに自分が感じていたことを代弁してくれた気もしますが、しかし「それ、コトバにしちゃわなくても…」とも思いました。まぁ、詳しくは後日ブログにでも書きますわ。(^^;
マサルさんへ
こちらにもコメントありがとうございます♪
わお、早速見られたなんて!わーっ、ありがとうございました!
私はすごくこの作品には惹かれるものがありました。
普段私が好むタイプの映画は、イマジネーションという目に見えない世界を、想像力という翼でもって自由に飛翔するような作品が好きでして、現実というなかなか離れられないこの土の上から、どれほどかけ離れていても自分はそれについていける、という自信があるのですが、
この作品は、ドキュメンタリーという絶対に離れられない“現実世界”そこに居ながらにして、
ギリギリ最大限まで想像力を駆使し、自由を謳歌する一人の男の姿を見たからなのでした。
「人はエッジを歩かなくてはならない」確かに、言わなくても十分に伝わる部分ではありました。しかしおそらく、これはフィリップ・プティその人が、生涯をかけて貫く彼の唯一の生き方、哲学なのでしょうね。死んでしまったら洒落にならない一言でありましたから、成功の証として、言わせてあげましょーよー(笑)
「理由がないからすばらしいのに」これ、その前に「アメリカ人は皆“理由”を聞きたがる」とありましたね。
(フランス人なら“セ・ラ・ヴィ”の一言で済む)←こんな台詞ありましたっけ?自分の頭の中で勝手に補完してしまったかしら(笑)
確かに私も理由を知りたくなってしまいそうです。本能的で衝動的に見えるその行動、実は彼の哲学だった・・本当は理由がないわけではないんですよね。だけどその“行為”から“原因”そして“結果”を抜き取ること、そのことについて考えています。そう純然たる行為そのものとして見たらなんて素晴らしいんだろうって!あそこの空中に浮かぶ彼の姿が。
マン・オン・ワイヤー
1974年、ニューヨークのワールド・トレード・センター。 そのツインタワーを綱渡りで渡ろうとするフランスの大道芸人がいた。 彼の名はフィリップ・プティ。 高さ411m・地上110階という巨大な2つの建物の間にワイヤーを渡してその上を歩くのだ。 命綱はない。 命がけの…
マン・オン・ワイヤー◆ツインタワーをめぐるもう一つの物語
「マン・オン・ワイヤー」 (2008年・イギリス)
MAN ON WIRE
時は1974年8月。ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任に追い込まれる前日、ニューヨーク・ワールド・トレード・センターのツインタワーでその偉業は達成された。高さ411メートル、地上11…
マン・オン・ワイヤー
現在公開中のイギリス映画、「マン・オン・ワイヤー」です。テアトルタイムズスクエアで観賞しました。
この作品、2008年度アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞したこと…
マン・オン・ワイヤー
イギリス
ドキュメンタリー
監督:ジェームズ・マーシュ
出演:フィリップ・プティ
ジャン・ルイ・ブロンデュー
アニー・アリックス
バリー・グリーンハウス
【物語】
1974年8月7日、フランスのある大道芸人がニューヨーク….
『マン・オン・ワイヤー』 Man on Wire
天使もほほえむ、人間の可能性。映画に登場するサーカスや大道芸は大好き。ビルとビルの間に張られたワイヤーで綱渡りをする男が映し出された光景は、詩的でファンタジックで、なんて映画的なんだろう。そんな幻想的な光景が、フィクションとして作り出されたものではなくて…
私は『レスラー』と本作を同日に鑑賞したのですが、奇しくも共通のテーマが見えてきて味わい深いものがありました。
どちらもわが身の命をかけてまで、自分の肉体を武器に、チャレンジをする男でありました。
生きる姿勢は全然違うんですけどね。
>フランス人なら“セ・ラ・ヴィ”の一言で済む
納得の名言です!
これは、事実を記録したドキュメンタリー作品でありながら、イマジネーションいっぱいの感性にうったえるものであったのがとてもよかったです〜♪
かえるさんへ
こちらにもコメントありがとうございます〜♪
あ、レスラーと同じ日にご覧になったのですね!
確かに命をかけてまでオノレを貫く、そんな共通点があったのですね!方向性も意味も全然違うけれど、同じロープに上る男ですもんね!
あ、かえるさんが5つ★をつけられていらっしゃいますね!
>フランス人なら“セ・ラ・ヴィ”の一言で済む
あはは、こんな一言ありませんでしたよねえ?自分の中で勝手に創作して、出るだろう出るだろうと期待したのですが、出ずじまいだったような気がします(笑)
そうなんですそうなんです!イマジネーションいっぱいの感性に溢れた作品なんですよね!
「事実だから」凄いとか、そのレベルの感動ではなく。「映画が与える感動」というところで、ちゃんとクリアしている作品だと思います!
P.S.私『キング 罪の王』は見たんですが、実はそれほど感動できませんでした。もっと前の作品の方が面白いのでしょうか?今後見てみたいと思います。
P.S.Ⅱ・・「ジムノペティさん」というのはとらねこ的ジョークでした。変なセンスでごめんなさい。
とらねこさんはもうサーカスを見にいけないんじゃないですか?「そんな低い綱渡りあるかー!」って不満になってしまいそう。笑
フランスの人々はみんながみんな多少はプティの様にセ・ラ・ヴィな生き方をしているんでしょうかね?
アヤさんへ
こちらにもコメントありがとうございます♪
ハハハ・・サーカス、確かに今後見ても何とも思わない、カナ・・?
いや、そんなことはないでしょーよー(笑)
やっぱり、あんな高いところに人が!ってきっと怖くなりますw
プティのあの、物に取り憑かれたような、熱に浮かされたような喋り方が、思わず聞いたものを本気にさせる原動力なんでしょうね。
フランス人はみんなセ・ラ・ヴィな生き方をしているんでしょうか?(笑)
フランス男はパッションが激しくて、プライドが高くて、ワインが好き・・というイメージです(笑)アレクサンドル・デュマの描いた騎士はフランス人は皆そうだ、て言ってましたw
マン・オン・ワイヤー
映画「マン・オン・ワイヤー」観てきました。 今はなきニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワー(高さ528m・110階)に鋼鉄のワイヤー(綱)を渡して、その上を綱渡りで歩いた、フランスの大道芸人のドキュメンタリー映画でした。「史上、最も美しい犯罪」…
マン・オン・ワイヤー
本作をテアトルで見るために、10年振り?ぐらいで新宿へ。
東京といっても、渋谷や銀座、上野とは随分雰囲気が違います。
いやぁ〜、めちゃくちゃ変貌を遂げているやないか〜い。
駅前の網目の巨大な花瓶のようなビルにビックリするとともに、
「私はどこ?どっちに向かっ…
マン・オン・ワイヤー
7月5日(日) 16:50?? テアトルタイムズスクエア 料金:1000円(Club-C会員料金) パンフレット:未確認 『マン・オン・ワイヤー』公式サイト Man On Fire「燃える男」ではない。 Man On Wire「綱渡りの男」 今は無きワールドトレードセンターの間を綱渡りしたフィリッ…
マン・オン・ワイヤー
見上げたら、空を散歩する人がいた。1974年の夏のニューヨーク。
『マン・オン・ワイヤー』(ジェームズ・マーシュ監督・2008英)
1974年8月7日、23歳のフランス人フィリップ・プティは
建設されたばかりの、ニューヨークのワールドトレードセンターの屋上にいた。
…
『マン・オン・ワイヤー』@テアトルタイムズスクエア
1974年8月7日、フランスのある大道芸人がニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーを命綱なしで綱渡りしようとしていた。その男フィリップ・プティは世界中の有名な建物を制覇してきた、綱渡りでの逮捕歴500回以上になる伝説の人物。今回の挑戦は仲間たちと
MAN ON WIRE
不可能なことを可能にしたフィリップ・プティ・・・・・。
京都みなみ会館にて鑑賞。2008年度、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門受賞作品だったんだ。知らなかった・・・・。
オスカー像でパフォーマンス!
予告編を観て気になっていました。ワールドトレード・…
おはようござりまする
そういえば「わたしの辞書に不可能という文字はない」とおっしゃったあの人もおフランスの人でしたね
ただ軍事的英雄であるかの方よりは、いたずらで世間をあっと言わせようとするプティさんの方が、よほど好感が持てます。友達としてどうかとなると、また微妙なところですが(笑)
ある方は「スパイダーマンは実在した」と評してましたが、こちらとしては怪人二十面相を思い出したりして
この発想とか稚気に溢れたところなど、まるで乱歩の世界だなあ、と
プティさんがツインタワーの間を渡っている部分では、サティの曲が流れてましたよね。きっと下の観衆たちは驚きと感動のあまり声も出なかったと思うのですが、そんな静謐さというか荘厳さがよく表れていたと思います
天まであがる ジェームズ・マーシュ 『マン・オン・ワイヤー』
マン・オン・ワイヤー 終わりにしない 悲しいけれど きりがないのさ 1974年、
『マン・オン・ワイヤー』@テアトルタイムズスクエア
1974年8月7日、フランスのある大道芸人がニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーを命綱なしで綱渡りしようとしていた。その男フィリップ・プティは世界中の有名な建物を制覇してきた、綱渡りでの逮捕歴500回以上になる伝説の人物。今回の挑戦は仲間たちと
SGA屋伍一さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
わざわざSGAさんが東京まで来て、この作品をご覧になったの、すごく嬉しかったです♪
私はこちら、今年の上映作の中でもかなり気に入った映画でした。
あれ、SGAさんナポレオンのイメージ悪いですか?それはもしかして『動物農場』の影響ではないでしょうか?
私はあの豚の独裁者の名前をナポレオンにした事は、イギリス人らしい毒のある表現の一つで、必ずしもナポレオン・ボナパルトその人のことを表現しているとは思っていませんでしたよ。
「国をあげて英雄に奉られてはいるが、その後の行為で国を裏切った」そう思っているジョージ・オーウェルの・・・、つまりレーニンのことをこそ暗示しているのでは?
単なる深読みのしすぎだったらごめんなさい(SGAさんに対して・笑)
なるほど、怪人二十面相。うん、面白い連想ですね!
乱歩的世界観だと思うと楽しいですね♪
ま、プティさんの場合は、ただ登るだけですが・・
>サティの曲
その口ぶり・・・まさか、SGAさん元から知ってたように聞こえますが!?
なーんてごめんなさい。クラシックとSGAさん、うん、・・・似合う・・・(こごえ)
最高の選曲でしたよねえ。とても心が軽やかになりました。
「マン・オン・ワイヤー」
崇高な感じすらしたし、美しかった・・