失われた肌 ▲59
時々こういう作品を見て、“愛”について考えるっていうのは、私は好き。
その“重さ”に耐えられない人にはキツイことだと思うけど。

若き翻訳家リミニと妻のソフィアは、高校生からの恋人で結婚12年目。長い付き合いで互いを知り尽くすふたりに、別れが訪れた。別居後すぐに若いモデルのベラと付き合い始めるリミニとは対照的に、彼を忘れられないソフィア。ベラはソフィアが仕組んだ罠により、帰らぬ人となる。暫くしてリミニは新たな女性と結婚し子供をもうけるが、トラウマによる記憶喪失で失業。追い討ちをかけるようにソフィアの狂気が、リミニを妻と息子から引き離す。全てを失った彼に手を差し伸べたのは、ソフィアだった。かつては別の女性との人生を選ぼうとしたリミニ。彼を愛しすぎたソフィアとの、深い愛の行く末とは・・・
’07年、アルゼンチン・ブラジル
監督: ヘクトール・バベンコ (『蜘蛛女のキス』『黄昏に燃えて』)
原作: アラン・パウルスナ “El Pasado”
出演:
リミニ ガエル・ガルシア・ベルナル
ソフィア アナリア・コウセイロ
ベラ モロ・アンギレリ
カルメン アナ・セレンターノ
『ハプニング』の中のとある台詞を思い出した。若い夫婦を前に、老女が聞く。「どっちが追っているの?」
何のことやら、突如繰り出される質問を前に、答えあぐねていると、老女がこう続ける。
「愛し合っている二人と言えど、その愛の大きさは哀しいかな、同じではない。いつもどちらかがどちらかを追う形になっているのが常。
で、アナタたちはどっちがどっちを追っているの?」
そうなのよね、愛の大きさって、どちらかがどちらかより、より大きくて。それが悲劇でもあり、人の気持ちだけはどうにもならない。
この物語に戻ると、これは一言で言えば「愛されすぎてしまった男の悲劇」なのかもしれない。
そして女側から見れば、「愛しすぎてしまった女の業の物語」・・・かな。
別れた後もどうしてもリミニ(ガエル・ガルシア・ベルナル)を忘れられないソフィア(アナリア・コウセイロ)の姿が痛々しくて、見ていて辛い。
彼は12年暮らした女のことはすっかり忘れて、自分の生活にすんなり戻っていくのに、女の方は、まだ別れたとすら思えず、彼の姿を追い求める。
男は遊ぶことなく、若くして結婚したこともあり、ソフィアと別れた後、次々にいろいろな女と関係する。元々ラテンの男で女好きなのか、これが正常の男なのか、性欲旺盛でかなりの女好き、とは少なくても言えそう。
ソフィアの執念がとにかく強く、彼の生活に決定打とも言える邪魔をし、そのせいもあって、いつしか気付けば元サヤに戻ってしまったリミニ。要はぐるりと一通りいろいろなことを経験した後、家に帰るかのように、元の妻のもとに戻っていくのだ。
彼にとって、幸せな人生と言えるのか、大いなる疑問が残って、終幕を迎えていくラスト。
リミニは、自分の経験から少しも学ばない男で、幼稚なところがいつまでも残る男と言えるかもしれない。
ソフィアは、「彼をもう一度所有する」ことを強く望むせいか、愛しながらも、彼の気持ちがどこにあるのか、彼の本当の気持ちを省みようとはしていない様にも思える。
“愛”というものが、執念へと変形し、それでも女は愛するのをやめることが出来ず。
男は、そんなものに、いつしか絡み取られて、抜け殻のようになって戻ってくる。
愛という幻想について、考えさせられる物語。
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コメント(7件)
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>要はぐるりと一通りいろいろなことを経験した後、家に帰るかのように、元の妻のもとに戻っていくのだ
出会った頃〜結婚して12年間過ごしてきた時間は、2人はどんな関係だったのかとても気になりました。
なんだか、何も知らない少年が母が与える愛をそのまま享受して言うがままに暮らして来たのに、ある日自我に目覚め母の干渉が煩くなり独立してみたけれど、子離れできない母の元にいるほうが楽なんだと半分諦めまた自我を捨てて戻って行ったって感じに思えたんです。
自分の思う通りにしたい女と、自分で考えずに言われるままにしている方が楽ちんだと思っていた男。
どっちもどっちですよね。
>“愛”というものが、執念へと変形し、それでも女は愛するのをやめることが出来ず。
何処までを、“愛”と言うんでしょうね・・・
結局本人の感じ方次第?
哀生龍さんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
>出会った頃〜結婚して12年間過ごしてきた時間
そうなんですよね、この作品ではそれが語られていない部分で、こちらの想像に任せられた部分で。だけど何となく想像がつくような気がしてしまいますね。
>何も知らない少年が母が与える愛をそのまま享受して〜(以下略)
リミニとソフィアの精神年齢、だいぶ違ってそうでしたね。・・学生時代の同級生のカップルで、若くして結婚する人達って時々いるんですが、哀生龍さんの周りにもいらっしゃいますか?私の場合、彼ら・彼女たちと比べてしまいました。ダンナの方が成長しないまま、母親の延長線上のように、奥さんがなってしまうというか。
>自分の思う通りにしたい女と、自分で考えずに言われるままにしている方が楽ちんだと思っていた男。
>どっちもどっちですよね
おっしゃる通りですよね。リミニみたいなタイプこそ、女性からよくモテるのはすごく分かります。一見優しくて、実は何を考えているのかよく分からない男でした。。
>何処までを、“愛”と言うんでしょうね・・
これは難しいんですが、人間の感情ってその裏にいろいろなものと結びついてしまっているんですよね。
だから本当に難しくて。
『失われた肌』 El Pasado
ブエノスアイレスの蜘蛛女。
若き翻訳家リミニは結婚12年の妻のソフィアと別れたが・・・。ガエルくんは本当にチャーミングな俳優だなぁって思うの。名監督に愛されつつ多彩な役にチャレンジする俳優根性の座ったガエルくんの出演する映画というのは、毎度決まって味わい…
とらねこさん、おら。
遅くなりましたが、話題作でなかろうとも、これはやっぱりコメントさせていただきたくー。
「一人っ子」っていう結論、大いに納得。
それはサガなのか、ゴウなのか、シュクメイなのか、多様に考えることはできるんですが、とにかく一人っ子はコレだからなーってのは然り。
とらねこさんとヨゥ。さんの会話の一部始終を拝聴したかったですー。
とらねこさんは彼と彼女の恋愛感情の強弱・比重とバランスによる追い追われの関係に注目したんですね。
私はなんだろう?その他の仕事の順調度や健康状況などの影響、心の平穏度に着目したかも。
こういう状態でなかったら、彼は別の道を歩んでいったかもしれないのに、という可能性を意識しながら、でも、結局は何がどうなろうと彼女の元へ戻ったのかもしれんとも思ったり。
しつこい女は怖いけど、ある意味こういう執着も大事なのかもしれないなぁ?と面倒くさがりな私はふと思ってしまったり。
相手のことを顧みないものは”愛”とは呼べないと思うのだけど、ソフィア本人的にはそれはまぎれもない愛だったのかなぁ。
かえるさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
うん、そうですね!話題作でない作品こそ、たくさんお話したいですよねえ♪
ひ・・一人っこ。
確かに一人っ子って感じの甘ったれボーイでしたよね。
兄弟がいると、それなりに自分の役割分担とかありますけれど。
仕事の順調度や心の状態、そういうものも大いに関係していたでしょうね。
リミニってば、川の流れに身を任せ〜♪ってな具合に、流れるように物ごとに逆らわず。手に入るものを取りあえず手に入れ。・・・そんな状態でしたよね。
そういう生き方が彼のスタンスだったのかなあ、なんて思いました。
これまでの生き方に逆らうかのように、自分を見つける旅に出るように、ソフィアの元から飛び立っていったのに・・またぞろ蜘蛛の糸に絡まった蝶みたいに元サヤに戻っていきましたね。
その日に話していたのは、自分的には“愛の与える光と影”がテーマだったというか。
愛の形ってそれぞれだと思うんですが、愛には暗い翳りを差してしまうものもあるんですよね。
ソファアは、どんな形であれ、彼という実体を追い求めたわけですが、
愛というものの持つ暗い一面を表しているように自分には思えました。
彼の幸せを願うとか、与えるとか、そういうものではなく、奪う愛・・。愛が禍々しい形になってしまって、彼そのものを傷つけてしまったように自分には感じました。
私は、そういう愛では、誰も幸せになれないんじゃないかとか。
愛というものを、純粋な形に保たないと、それはいつしかスリ抜けて、別の反面を覗かせてしまう。
自分の心臓がたとえ傷ついて血が噴き出していても、愛だけは美しいものに保っておかないと、自分も相手も幸せに出来ないんじゃないか、と。
なんか長々と余計なことを話しましたー・・・。
失われた肌
公式サイト。原題El Pasado(過去)。「蜘蛛女のキス」のヘクトール・バベンコ監督、ガエル・ガルシア・ベルナル、アナリア・コーセイロ、アナ・セレンタノ、モロ・アンギレリ。最初にして最大の謎。なぜ2人は別れたのか。それが分からないままで映画がスタートする。
「失われた肌」
むき出しの愛・・かな〜・・