エレジー ▲9
大人のラブストーリー。とっても素敵だった。
’08年、アメリカ
監督: イザベル・コイシェ(『死ぬまでにしたい10のこと』)
原作: フィリップ・ロス 『ダイング・アニマル』
アメリカ文学の巨匠、フィリップ・ロス原作の映画。作品自体に文学の香りが高く、とても満足出来た。大人のラブストーリー。
老いてなお盛んな肉欲を誇る、ギラギラしたオヤジ、歴史学教授のデヴィッド・ケペシュ(ベン・キングスレー)。TV番組やラジオなど、レギュラー枠も持っていて、有名人でもある。
自分が老いたことに対して、頭のどこかで納得しきれず、いつまでも若やいだ気持ちを持ち続けている、この人の気持ちがなんだかよく分かってしまった。丁寧に人の気持ちを追う映し方によって、彼の心情が痛いほど良く分かり、彼の気持ちになって見れてしまった。
一度離婚した独身貴族で、結婚に対しては「間違いだらけの制度」と手厳しい。女にはセックスを求め、肉欲にこだわる。でも、こんな男性の方が魅力的、と思えてしまう女の気持ちは分かるかも。
男性ホルモンが活性化し、余計魅力的に映るのかもしれない。フェロモンが枯れてしまっている人より、人間として、動物として、きっと魅力を発っしているように思えるのなのかもしれない。
そういえば、私もオジサンにナンパされたことがあって、それを思い出した。『モーツァルトとクジラ』を見るために、銀座で友達と喫茶店で待ち合わせをした時、友達が来るまでの間のこと。
喫茶店のレジに並んでいる時に、英語の本を読んでいる外国人の初老の男性が居たのね。街や電車の中で見かけた人が何か本を持っていたりすると、私はいつも、その本のタイトルを、それとなくチェックしてしまう癖がある。
その時は、レジで自分の前に並んで居たその人が、並びながら本を読んでいたので、何の本なのか、そーっと覗き込んだら、目が合ってしまって。
そしたら、「これはフィリップ・ロスというアメリカの作家のエッセイで、今一番自分はこの作家が好きなんだ、」とか自然に話し始めた。
映画化されたこともあるんだよ、タイトルは思い出せないけど・・・なんだったかな・・・と言うので、それは『Human Stain』という映画でしょう、日本のタイトルは『白いカラス』というけれど・・
などという話になって、友達が来るまでの間、とても楽しい時間を過ごせた。
名刺をもらったけれど、弁護士さんで、自分の事務所も持っていた人だった。
私は連絡をすることはなかったので、この映画とは違って、それっきりだったけれど。
この作品に戻って。著名な大学教授のケペシュは、自分より30歳も下の、とても美しいコンスエラに、パーティの際に話しかける。「君は人を礼儀正しくさせる何かがあるね」というケペシュ。素敵な一言だなあ、と私は思った。確かに、息を呑むような美しさを持った人に向かって、何故か人は緊張するし、威圧されてしまう。えーと、それを素敵な言葉で表現してたんだけど、何て言ったかな。「威圧するような厳粛さを感じさせる」、とか何とか。いーや、そんな怖い感じじゃなかったっけ。もっとロマンチックに感じる、ああ、なんだか素敵な文章表現力だったんだけど。
その後、着衣のマハを見せながら、君に似ていないか?と階段の段上で座って話しかけるんだけど、その時にコンスエラは、彼のこれまでの気持ちにピンと来るのよね。一瞬のタメの後に、「目の辺りかしら」、と言う台詞があるのだけれど、この少し緊張した、だが気持ちを抑えた喋り方で、「ああ、彼の気持ちが彼女に読めたのだ」、と伝わった、そしてそれが見ている観客にも伝わる。一瞬の台詞の呼吸で、心理を覗かせる表現をしている、ここが好き。
見事な1シーンだった。
彼女を本気で愛し始め、どんどん辛くなってしまう。自分の恋愛観はとうの昔に築き上げたはずだったのに、それが彼女に出会って、変わっていくことを恐れ、自分を変えてしまうのを恐れ、だが止められなくなってしまう・・・。
見事な表現の連続で、久しぶりに本格的にノメりこめる、素敵な恋愛映画だった。
だけど、本来はその年で自分を変えるのは、彼にとってありえないことだったのだろう。誰より美に関する知識は深く、賢く、上手に生きて来たはずのケペシュ。
彼女を愛しているのも、見た目だけだったのか、美術品を愛でるかのように彼女の肉体と美を崇める。
でも、彼女の気持ちも良く分かった。自分は昔、それほどの美人だったことは一度もないけれど。この人は自分の内面をちゃんと見てくれているのだろうか、自分の為になかなか変わろうとしない、この人は、と。彼との年の差も、彼女だって本当は感じていたと思う。だがそれにも関わらず、彼女は本気で彼を愛していたと思うし、彼女が望んだのは未来だったのだと、その気持ちもすごく良く分かる気がした。
現実には、人間はなかなか変われる生き物ではなくて、そのチャンスが訪れることは奇跡みたいなものだろうと思う。
本気でコンスエラを愛しながらも、彼が自分の“居場所”として取っておいた、キャロライン(パトリシア・クラークソン)との長年に渡る肉体関係(二十年!)。不思議なことに、この関係が描かれることで余計に、この作品を奥深いものに感じさせた。
彼は、キャロラインに、かつての自分の姿を重ね見る。これまでの孤独を支えてくれた、戦友であった彼女。自分に瓜二つの異性。自分にそっくりの自信家でもある。面倒なことは言わずに、自分を愛しはするが、所有しようとはしない人。きっと、彼女も本当に彼にとって大事な人だったのだ。
ピューリッツァー作家の、朋友ジョージ(デニス・ホッパー)との関係も、見ていてとても心が軽くなった。こんな男同士の友情って、なんて素晴らしいんだろうって。
不思議なことに、この作品で一番泣けてしまったのは、彼を亡くした時だったな。
人間一人が本当に変わることが出来るなんて、奇跡みたいなもので・・
最後、ようやく彼女が“完璧な美”を失って初めて、“その一歩”を踏み出すことが出来た・・・。
どこか哀しくて、だけど味わい深いラスト。
素敵な作品だった。
2009/02/20 | 映画, :とらねこ’s favorite, :ラブストーリー
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エレジー
『からだから、こころから、あなたを消せない。 もう一度、愛したい。』
コチラの「エレジー」は、ピューリッツァー賞作家のフィリップ・ロスの短編小説「ダイング・アニマル」を「あなたになら言える秘密のこと」のイザベル・コイシェ監督が映画化した1/24公開のラ….
>現実には、人間はなかなか変われる生き物ではなくて、そのチャンスが訪れることは奇跡みたいなものだろうと思う。
哀生龍にとって自分を変える事は、チャンスではなく試練のようなイメージ。
そんな部分で、ケペシュの感情や行動が理解しやすかったような気がします。
>彼女が望んだのは未来だったのだ
30歳の年齢差って、やっぱり大きい。
2人で過ごす時には全く気にならなくても、平均寿命を考えると・・・
“これから先の人生”に対する考え方の違いが出ても仕方がない、と思ってしまう。 その時彼女が未来を見ていたとしたら、彼は死を見ていたのかも。
同年代の朋友の死、30歳も若い彼女の身に起こった事、それが彼を変える大きな要因になったんですよね。
恋愛映画としてではなく、人生を誰とどう生きるかの映画として見てしまいました。
これもまた、とらねこさんと哀生龍との年齢差によるのかも?(笑)
「エレジー」
悲しい気持ちは、ひとである証。エレジーは「哀歌」と訳されることが多い。大学教授のデヴィッドは、既に社会的地位と名声は得ているものの、異性に関しては、結婚生活を早々に放棄し、以後教え子を含めた不特定多数の女性との関係を続けていた。老いてますます盛んな彼を…
エレジー
(原題:ELEGY)
【2008年・アメリカ】試写で鑑賞(★★★★☆)
フィリップ・ロス原作の小説「ダイング・アニマル」を映像化。
若い頃から自由で気ままな恋愛を信条としてきた初老の大学教授が、30歳も年下の教え子に溺れて葛藤する様を描いた大人の恋愛映画。
デヴィッド…
こんにちは、とらねこさん♪
恋愛映画は苦手なともやですが、これはすごい好っきな作品です♪
ま、恋愛映画というよりは、ある人間の生き方を描いた作品だったからっていうのが大きいと思いますけどね♪
人はなかな変われないけど、変わろうとするタイミングは何度か訪れ、変わろうと努力していくんですよね。
ともやもおじいちゃんになっても、あれぐらいのアクティヴさを持ち続けたいですわん。
哀生龍さんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、ケペシュは、自分の一番の親友の死、彼女に起こったこと・・彼女が去って後、思ったよりずっと強く彼女を好きで居たこと、に気づいたこと・・
いろいろな要因から、ようやくあの最後の一言が言えたのかな、と思えました。
本当は私としては、彼女が「自分が手術をしても自分を好きでいられる?」と質問したその時に、抱きしめはするけれど何も言えなかったこと、その時彼女が残念そうに、だが分かっていた、と言うかのように首を振るシーン・・
それらを見た時、やはり彼女を愛したその気持ちはその美が結局一番の要因なのかな、自己愛が一番大きい人なあ・・等思ったところだったんですよね。
もちろん自分が大きく離れた年上だから未来に対して不安に思うだろうところは分かるんですが。。
哀生龍さんは“恋愛を描いた映画”というと、“人生を描いた映画”とは別物と感じられるのでしょうか、
私は当然同時に描くことが出来ると思うのですが。。。
ともやさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、恋愛映画と言うと軽く思われてしまいがちだけれど、同時に人生の深みを描くことも出来るんですよね。
だからこそ私もハマれたのだと思います。
というか、アクション映画でも、その他何の映画でも、もっと奥が深い、と感じて入りきることが出来る映画ってすごくいいですよね。
人って本当は、なかなか変わることが出来ないし、何度も同じ過ちを繰り返してしまうんですけど、
自然と変わりたいと本気で思える、・・小説でも映画でも、カタルシスを描くことができると、レベル高いな、と思います。
エレジー を観ました。
なんとも切ない作品でした…。
『エレジー』
□作品オフィシャルサイト 「エレジー」□監督 イサベル・コイシェ □原作 フィリップ・ロス(「ダイング・アニマル」) □脚本 ニコラス・メイヤー □キャスト ペネロペ・クルス、ベン・キングズレー、デニス・ホッパー、パトリシア・クラークソン、ピータ…
「エレジー」
久しぶりに、“愛の物語”を見たかなぁ
「エレジー」(ELEGY)
「死ぬまでにしたい10のこと」や「あなたになら言える秘密のこと」などの作品で知られるスペイン出身の女流監督、イザベル・コイシエが2008年、米国の「さよならコロンバス」「白いカラス」の原作者である著名なピュリッツアー賞作家フィリップ・ロスの小説「ダイング…
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mini review 09407「エレジー」★★★★★★★★☆☆
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