エル・スール ▲27
“ヴィクトル・エリセニュープリント上映”の特集にて見て来た。
なんでも、「ぴあで満足度ランキング(単館系)一位を獲得」、と堂々と書いてあった、ここユーロスペース。
私もシネマヴェーラ&ユーロスペース(系列一緒)が一番好きな映画館だったりする。
ああ、こんな素晴らしい映画を、DVDでなく、映画館で見ることの出来る幸せったら!

エル・スールは、父アグスティン(オメロ・アントヌッティ)が若い日を過ごし、そこを捨てた故郷。そして、娘エステレリャ(ソンソレス・アラングーレン、8歳)を通してみた父親の肖像にスペインの内戦の影が浮かび上がっている。回想を間に挟みながら、ヒロインの成長と父親の苦悩を美しい映像で綴る・・・
’83年、スペイン
ヴィクトル・エリセ監督
物語は限りなく静謐に進むのに、だんだんその美しさにのめり込んで、私は胸が苦しくなってしまった。
物語の中に入り込んでいたというより、自分自身の父親のことばかり思いだしていたけれど・・・。
主人公の少女の日の思い出は、まるで自分の分身かのように感じるような、すぐそばまで来て手に取って眺められるような、そんな手ごたえがある。
「10年に一度の作品にハズレなし」と言われるヴィクトル・エリセの珠玉の作品は、私にとってまだ『ミツバチのささやき』と今作で2つ目。
それなのに、こんなに込み上げて来る思いでいっぱいになるなんて。
『ミツバチのささやき』で感じたことのような、死の匂い、夜の匂いのする映像。
思い出という心の中の蓋を開けるかのような、不思議にシュールな空気感が流れるこの映像美は、一体どこから来るのだろう。
映像は丁寧に目の前の画を切り取り、私はそこにある映像を心に刻みつけようと夢中になって見る。
思い出という、近くて遠い存在へ向かっていくかのように感じるから、こんなに胸が苦しいんだ。
かつては何の疑問もなく、身近に感じていた、不思議な能力を持った父の存在。
初めて知る父の“エル・スール”-故郷との決別。
父を自殺で亡くした主人公には、目の前の映像は“本物”でありながら“回想”のようだ。
それがどうしてこんなに伝わってくるのだろう。
画を見ているだけで、すごく悲しくなって、父を思って涙が溢れてしまった。
不思議に場面が切り替わり、時間が経ち少女が少し大人になる。
そんな映像の美しさもさることながら、ラスト、別れの予感に溢れたレストランの映像は、なんだかずっとずっと忘れられないものとして、自分には残ってしまいそうだ。
隣の部屋で流れる『エン・エル・ムンド』の音楽に合わせ、人差し指を天井に向かって立てる、父役のオメロ・アントヌッティの目の演技。これは、素晴らしかった。
きっと、エステレリャはこの後、この時の会話を、何度も何度も思い出し、全てを思い返してみたのだろう。
もったいぶったようにゆっくりと流れる、予感と霊感に満ちた、忘れがたいラストシーン。
それはエストレリャの思い出なのだ。それなのに、こうした映像によって、観客全ての思い出に変わっていくことだろうとすら、私には思えるのだった。
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コメント(7件)
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「エル・スール」ビクトル・エリセ
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1983スペイン/フランス
監督・脚本:ビクトル・エリセ
原案:アデライダ・ガルシア=モラレス
撮影:ホセ=ルイス・アルカイネ
出演:オメロ・アントヌッティ、ソンソレス・アラングーレン、イシアル・…
こんにちは
ワタシこの映画大好きです。大大大好きです。
>映像は丁寧に目の前の画を切り取り、私はそこにある映像を心に刻みつけようと夢中になって見る。
そんな感じですよね。レストランのシーンもラストのカバンに荷物を詰めるシーンの光も、しっかり覚えてます。
昔々劇場で観たときのことも覚えています。
小説も出るんですよね。もうでてるのかな。
今回のニュープリントにはいけませんでしたが、劇場で寝ちゃうワタシにはDVDが最適?
manimaniさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
これはいい映画、忘れられない映画ですよね。
どのシーンも本当に印象深くて、忘れた頃にまた見たくなってたまらなくなるタイプの映画ですね。
そうですね、manimaniさんはDVDが良いかも・・って、これもう買われてませんでしたっけ?
はいはい。買いました。
BOX買ってDVDで観たけど、劇場でもみたくて『ミツバチ〜』は観に行ったんですよ〜例によってちょっと寝ましたが^^;
そうそう、スペイン語ではvとbは発音が同じで、それも破裂音バビブベボのほうに寄るそうですよ。なのでエリセさんの表記は「ビクトル」が適当かと思います。
外国語の発音と表記にはうるさいんですよワタシ(笑)
ところでとらねこさんのところはコメントもTBもいっぱいで対応が大変そうだなあといつも思っています。でもきっちりコメ返しとかされるので、感心してます〜^^
manimaniさんへ
おっ、『ミツバチ〜』DVDでなく、映画でも見たんですね♪
日本語のカタカナって、便利なようで不便なんですよね。発音通りに表記されるわけじゃないから・・
例えば、アップルなんて、アップルとは英語では言わないじゃないですか、だけどアポーコンピュータとは表記しないですよね。同じように、マイコーともカタカナでは表記しない。
表記は発音通りじゃないですから・・
vでもbの発音が本当だとしても、普通に表記されるのが「ヴィクトル」だとしたら、自分はそちらに合わせます。
他の人の名前でも、「クリスティーナ・リッチ」とそのまま発音したら、「は?誰?」って英語圏の人に言われたことあるんですが、そんな感じですかね・・。
私のところはそんなにたくさんコメントは来ないんですが、最近ちょっと目が痒くて、夜はすぐ眠くなってしまって、ちょっと目を使うのが最近、辛かったりします・・
〜『エル・スール』〜 ※ネタバレ有
1983年:スペイン映画、ビクトル・エリセ監督、オメロ・アントヌッティ主演。 ≪【ビクトル・エリセ ニュープリント上映】にて鑑賞≫
自分に喝を入れたい時に 13 「エル・スール」
「エル・スール」 追懐する少女
【原作】EL SUR
【公開年】1982年 【制作国】西 【時間】95分 【監督】ヴィクトル・??.