174●チェチェンへ アレクサンドラの旅
静かに、映像が心に沁み入る。
残酷な戦争シーンを一切描くことなく、一滴の血も流さないこの作品は、
立ち上がり、声高に叫ぶことをせずに、私達の心に訴えかけてきた。
ストーリー・・・
80歳のアレクサンドラ(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)は、チェチェンのロシア軍基地にいる孫に会いに来た。7年ぶりに再会した孫は、将校だというのに汚れた軍服を身にまとっていた。アレクサンドラはじっとしていられず、市場に行ってみる。そこでロシア語の上手なチェチェン人の女性と出会う。招かれた自宅は、戦火で崩れかけたアパートだった。アレクサンドラは、長引く戦争に疲れたチェチェン人の姿を目の当たりにするのだった・・・。
’07年、ロシア・フランス。
アレクサンドル・ソクーロフ監督
主演は、’07年に亡くなった、故ロストロポーヴィチ夫人、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ。80歳のオペラ歌手である彼女にとって、映画初出演で主演でもある。
自分にはチェチェン問題に関しての知識はそれほどなく、簡単に新聞などで知りえた知識ぐらいしか持っていなかった。だから逆に、ここで見た映像の背景がもっと知りたくなってしまう。そんなやり方をして魅せてくれた映像に、感謝したい気持ちにさえなった。
声高に感情を昂ぶらせてチェチェン問題、戦争について声を上げるではなく、静かに語りかけるこの映像。アレクサンドラの目線を通して、語りかけることで、静かに心に沁み入る映像を堪能する事が出来た。
ロシアでは、この作品で描かれたように、戦争のために駐在している駐屯地に、家族が兵士を訪ねてくることがあるそうだ。
印象的なのは、彼女を見る兵士たちの目線と、アレクサンドラ彼女の目線だ。
それらは映像上で交差することはない。だが別々に、それぞれを映し出している。そのおかげで自分は、彼らが見ているものは一体何だったのだろう、そして、まっすぐな、だが柔らかな彼女の目線は、一体何を映し出していたのだろう。そう思いながらの鑑賞となった。
そう、彼らたちは、それぞれ違うものを見ていたのだから。
兵士たちの目はどんな風に彼女を見ていたのだろう。
兵士たちは、厳しい戦いの最中にある中、全然違う世界に住んでいると言えるのかもしれない。彼らはそこに居ても、思いはそこになかったかもしれない。
明日からの戦いに思いを馳せ、懐かしい、待っている家族のことを潜在意識のどこかで振り切り、出来る限り思い出さないようにしていたのかもしれない。
だが、目の前に突如現れた、柔らかな大地のような、自然そのままの姿の彼女を見て、一体何を思い出しただろうか。
自分を生んでくれた母親を思い出しただろうか。祖母を思い出しただろうか。
一方で、アレクサンドラは、何を見ていたのだろう。
「破壊ばかりで、建設はいつ学ぶの?」と問いかける。
市場のチェチェン人の女性と、「ただ女性である」、というだけで、心を通わすシーンは印象深い。
ロシアも、チェチェンも、女である彼女にとっては、ただ人間であるという、そして女性同士である、というだけで、友人になれるのだった。
彼女の孫であるデニスは、最後に、しっかりアレクサンドラと抱き合い、彼女の顔を覗き込むシーンが印象深い。
彼は出かけて行くけれど、「戻ってくるべき場所」、「帰って来るべき大地」にキスをしたのだ。
「きっと帰って来る」事を心に誓ったことだろうと、見ている自分は想像をした。
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「チェチェンへ アレクサンドラの旅」アレクサンドル・ソクーロフ
2007ロシア/フランス
脚本・監督:アレクサンドル・ソクーロフ
撮影監督:アレクサンドル・ブーロフ
音楽:アンドレイ・シグレ
出演:ガリーナ・ヴィシネフスカヤ、ヴァシリー・シェフツォフ
観てきました。
途中例によってウトウトしてしまったので、それほど語る…
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』 Александра
グランドマザー、サン.
80才のアレクサンドラは軍人の孫のデニスに会うためにチェチェン共和国のグロズヌイににあるロシア軍駐屯地を訪れる。アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画にはいつも圧倒的に魅了されるのだけど、毎回その感銘を言葉で表現できなくて。どんな言葉…
チェチェンへ アレクサンドラの旅
製作年:2007年 製作国:ロシア/フランス 監 督:アレク
アレクサンドル・ソクーロフ監督・脚本「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(★★★★)
監督・脚本 アレクサンドル・ソクーロフ 出演 ガリーナ・ビシネフスカヤ、ワリシー・シェフツォフ
不思議な映画である。老いた女性がロシア軍基地にいる孫を訪ねる。そういうことが可能なのかどうかわからないが、その女性が基地のなかを見て回る。軍のトラック(?)…