rss twitter fb hatena gplus

*

125●クロイツェル・ソナタ

クロイツェル・ソナタ’87年、ロシア
監督:ミハイル・シュヴェイツェル
出演:オレグ・ヤンコフスキー、イリーナ・セレズニョーワ、アレクサンドル・トロフィーモフ、ドミトリー・ポクロフスキー


これぞまさしく、ロシアだ!
と叫びたくなるほど、自分好みの作品に出会えた。
喝采を上げたいくらいの素晴らしい作品。


文豪トルストイが、ベートーべンの『クロイツェル・ソナタ』に触発されて、書いたというこの原作。
ロシア文学に慣れ親しんでいない人には、重苦しく感じてしまうかもしれない。
だが、たかだが2時間半という短い時間の中に、人生の重みも、愛と性の相克が全て描き尽くされているのだ。重くないわけがない。
この凝縮されたエッセンスを一度でも飲み干せば、クセになり、やみつきになること間違いなし。


私は原作を読んでいないのだけれど、これ、原作そのままを忠実に再現しようとしたかのよう。まさに文学を“読む”感覚、だがそこにあるのは、素晴らしい脚本と、構成と、役者の演技。
揃いも揃った素晴らしい傑作だった。ロシア、やっぱすげー!


冒頭に描かれたのは、まず、列車の中だ。
そこで、結婚という制度について、誰かがたわいもなく話を始める。
山高帽の男の話には、まるきり女性蔑視が感じられる。それに反論するのは、富裕な装いの、中年の女性だ。成熟しきってはいる、だがまだまだ美しい。
彼女は、結婚には愛が備わってこそ、本来の結婚である、と言い出す。
彼女の話から描かれるのは、愛という名の一面的な姿。彼女の一番近くにいた、隣の男はすぐにそれに感化され、賛同し始める。それは人々の信じたい、理想に近い姿の愛だったからだ。


だがそこへ、話を割って入る男がいる。愛というものは、誰かと長い間暮らすということは、そんなものではない、と語り始める。
愛の本当の姿が、一体どんなものか、だって・・・?
男は、そこで眉根をギュッと寄せ、一瞬怖ろしいほどの大写しになる。男の意識に何かが浮かび上がってきたのだろうか、一瞬見ているこちらはギョッとするほどの不機嫌そうな、怪訝な表情だ。


この表情、主演のオレグ・ヤンコフスキー(『ノスタルジア』にも主演)の素晴らしい一瞬の演技によって、私は、これから語られる物語に、心底話が聞きたい!と惹かれると同時に、怖ろしい予感がした。
眉根の寄せたその瞬間こそ、彼の語る愛が一体どこへ終着するのか、不安が浮かぶその瞬間なのだった。上手い演出だ!
役者の演技も最高だ。何て人を惹きつける、素晴らしい表情の役者さんなんだろう!私は、この作品の流れに、その舵取りに、十分乗ることが出来るだろう。そう思うと、武者奮いすらした。


その後男は、口を重くして、自分は妻を殺したと皆に告白する。
列車に同乗した、その場に居る人々は驚愕する。

物語は、ある一人の乗客(アレクサンドル・トロフィーモフ)に向かって語られた。
純粋な愛を信じた、一人の男(オレグ・ヤンコフスキー)が、一人の女性、リーザ(イリーナ・セレズニョーワ)と出会って、結婚をする。

朝までの列車の中で語られるその物語。
語られる相手の乗客は、見知らぬ観客の私たち自身であるかのよう。
退屈な長い列車の旅だ。いっそ長い話だとしても、する時間は十分にある。
では、聞こうじゃないか。
・・・こんな風に、ただ一時を共有する、物語の話し手と、聞き手である私達。
こうした舞台設定がまた、グットくる。自分好みだった。

旺盛な性欲が描かれるセックスシーンでは、そのものの描写が映る代わりに、列車と列車の連結部分の、上下運動だったりして、思わず笑みがこぼれてしまう。人が夢中になる、夜も日も明けず明け暮れる、あの性欲というものの、一大モーターのような姿だ。何となく可笑しい。だが、的を得ているとも言える。


彼の感じた愛、信じたかった愛。それから漸く感じるようになった愛の倦怠。そこに流れる空気の冷たさ、重さ。リアルに映し出される愛の物語。
さらに、だんだん冷え切った仲になってしまった妻のリーザが、ヴァイオリニストのトルハチェフスキー(ドミトリー・ポクロフスキー)に出会う。その先の嫉妬に取り憑かれる様は、怖ろしいほど、真に迫っている。
嫉妬の苦しさは、まるで自分も一時期に感じたことのある苦しさのよう。見ている方は苦しくてエグられそうだ。


この物語が終着するのは、愛の狂気だった。
狂気の末に引き裂かれた、破綻した男の人生。


まさに悪い夢を見たかのような、二時間半。
汽笛の音、蒸気の吹き上げる音、列車・・・
全て、象徴的に描かれていて、見ごたえは十分だった。

私達の人生は、“列車”は、まだ終着駅に着いてはいない。
観客は、列車から降ろされることのないようにしなければ、と、自分の人生について思いを廻らせるだろう。
まさにレールを踏み外してしまった主人公とは違うのだと、言い聞かせながら。
だが、誰もが思い当たるような感情が描かれていて、そこが心底怖ろしいのだ。

クロイツェル・ソナタ@映画生活

 

関連記事

『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ

結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む

『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義

80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む

『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの

一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む

『ジャクソン・ハイツ』 ワイズマン流“街と人”社会学研究

去年の東京国際映画祭でも評判の高かった、フレデリック・ワイズマンの3時...
記事を読む

『レッドタートル ある島の物語』 戻ってこないリアリティライン

心の繊細な部分にそっと触れるような、みずみずしさ。 この作品について語...
記事を読む

1,872

コメント




管理人にのみ公開されます

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)


スパム対策をしています。コメント出来ない方は、こちらよりお知らせください。
Google
WWW を検索
このブログ内を検索
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ

結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...

【シリーズ秘湯】乳頭温泉郷 鶴の湯温泉に泊まってきた【混浴】

数ある名湯の中でも、特別エロい名前の温泉と言えばこれでしょう。 乳頭温...

2016年12月の評価別INDEX

年始に久しぶりに実家に帰ったんですが、やはり自分の家族は気を使わなくて...

とらねこのオレアカデミー賞 2016

10執念…ならぬ10周年を迎えて、さすがに息切れしてきました。 まあ今...

2016年11月の評価別INDEX & 【石巻ラプラスレポート】

仕事が忙しくなったためもあり、ブログを書く気力が若干減ってきたせいもあ...

→もっと見る

【あ行】【か行】【さ行】【た行】 【な行】
【は行】【ま行】【や行】 【ら行】【わ行】
【英数字】


  • ピエル(P)・パオロ(P)・パゾリーニ(P)ってどんだけPやねん

PAGE TOP ↑