123●12人の怒れる男
オリジナルの『十二人の怒れる男』。これほど途方もない大傑作は他になかなか見つからないだろう。映画史上燦然と輝く、金字塔的映画だと思う。
自分にとって、初見は原作の方が先。レジナルド・ローズの同名脚本だった。これを読んで、こんなに素晴らしい舞台劇があるなんて!と、感激に打ちひしがれた。
戯作を自分が読んだのは、19歳の時だった。それも大学生の時、授業で使う題材だったので、イヤイヤ読み始めた。だけど、あまりに面白くて・・・。夢中になってページをめくる自分が居た。
映画化作品があることは後で知ったのだけれど、映画より元々本が好きだった文学少女の私には、原作を読んでしまうと、最早、映画は見ない、ということの方が多いタイプだった(今は違うけど)。
だが、当時の彼氏に、この本の素晴らしさを何とか教えたくて、ビデオを、何とはなしに借りることにした。自分も一緒に見て、二度驚愕!こんなに出来のいい映画だなんて知っていたら、もっと前に見ていたのに!と後悔した。
それ以来、このシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』は、私の尊敬する、神がかり的作品だ。
もし、「映画は脚本が全てだ」という人が居るとすれば、その人は、シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』のことが頭にあるに違いない。
こうした優れた脚本こそ、舞台劇の真骨頂だ、と思う私だ。
ちなみに、三谷幸喜&トヨエツの『十二人の優しい日本人』も大好きでっす♪
ストーリー・・・
ロシアでチェチェンの少年がロシア軍将校だった養父を殺害するという事件が起きた。少年は第一級殺人の罪に問われ、検察は最高刑を求刑。有罪となれば一生刑務所に拘束される運命だ。審議が終了し、市民から選ばれた12人の陪審員は、改装中の陪審員室の代わりに学校の体育館に通された。携帯電話も没収され、全員一致の評決が出るまで幽閉されることに。12人の長い長い審議が始まった・・・
’57年のシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』、これをちょうど半世紀後の、’07年に、現代ロシアにリメイクし、この傑作に命を吹き込んだのは、ロシアのニキータ・ミハルコフ監督だ。脚本、製作ばかりでなく、陪審員2番として出演もしてしまっている。
ちなみに、10月11日(2008年現在)、昨日のニュースで知ったのだけれど、この作品は、ニキータ・ミハイルコフ監督を、今年・2008年のTIFFの、黒澤明賞に輝かせた。
この作品は、オリジナルの『十二人の怒れる男』と比べながら見ると、さらに面白いことになってくる!
映画好きにはたまらない一作だった。
ついでに言わせてもらえるなら、ドストエフスキーが好きな人には、ドストエフスキーの手法と、時に似たテイストを感じさせるため、さらに面白く感じれるだろう。
・・・これこそ、ロシアの大地を感じさせる、重厚な作品だ、と。
オリジナルとどう違うか。
この点は、一言で言うなら、「オリジナルと比べられない価値がある」、これに尽きる。
オリジナルでは、颯爽とした姿の陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)を中心に、彼がキーパーソンとなって、ストーリーは展開する。
そのため、自分は、この8番に当たるのはコイツだろうか、などと同じくシドニー・ルメット作品を見た友人に耳打ちしながら、鑑賞した。
・・・だが、その目論見は、全て外れた。
当たる訳がなかった。なぜなら、8番は存在しないのだ。
オリジナルでは、陪審員それぞれがこの事件を考える内に、いつしか自分の物語を語り出し、彼らそれぞれの持つバックボーンや、トラウマ、考え方の癖、それぞれの気質がだんだん浮き彫りになってくる。ここが面白いポイントだった。
私が「これほど面白い心理劇はない!」と熱狂したのも、この描き方があまりに見事で、舌を巻く作品だったから。
ところが、一人ひとりの持つトラウマというものは、その人間の人となりの、卑小さ、矮小さ、というものも同時に感じさせる。そうした物ごとが、その人の“個性化の過程”(ユングに言わせれば)に至るとは言え、だ。
だが、この作品では違った。
ただ一人だけ、理知的で冷静、物ごとを見通す正義漢的な陪審員8番がいる代わりに、
それぞれ全ての陪審員の中に8番が存在するのだ。それに気づいた時、この会話劇がよりヒューマニズムに満ちたものに感じ始め、より強く心を打った。
各々の人が、各々の物語を語る中に、その人間の持つ悲しさ、今まで生きて来た人生の深み、そうしたものを堂々と表現することになった。
その目線には、冷静な批評家眼的視線はない。
彼らの話す物語は、その一人ひとりの男たちを、愛を持って描くものだった。その男たちそれぞれの、“私の系譜”。
彼らの人生を、その重みを、ドッシリと感じさせ、共感させる力。その場にいる誰かと、共に悲しみを味わい、その人生の辛酸を、舐めあう。
人一人の人生は、重い。そして、愛おしい。
受けた傷によって、ただ単に人間性は歪められるだけではない。むしろ、そこからが始まりなのだ。
男であるが故に、その受けた傷に対してどう立ち向かうか。それがその人の人生なのだ、と。
また、チェチェン人である若者が起こした事件である、この事もまた最重要ポイントだ。
現代ロシアを考える上で、それぞれ12人の陪審員たちが、どう考えているか、そうした彼らそれぞれの立場や、基本的な思考を浮き彫りにさせることとなっている。まるで、ロシア全土を母集団として、サンプリングを取り、統計的調査をするかのように。
物語がどこに帰着するか、最後に至っては、自分はオリジナルの手法の方が明快で、好きではあったけれど、このやり方もまた一つのとある視点であり、可能性でもある。
そういうことを最後まで感じさせてくれた、大いに意味のあるリメイクだった。
2008/10/13 | 映画, :とらねこ’s favorite, :裁判
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コメント(23件)
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『12人の怒れる男』
来年5月に裁判員制度が始まる国の皆さん、必見。
ハラショー、芸術系社会派娯楽作。ミハルコフに惚れなおす。
チェチェン人少年が元ロシア軍将校の養父を殺害した事件を12人の陪審員が審議する。法廷劇の傑作、シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』(57)がロシアを…
オリジナルのようなものを期待して、やや物足りなかったという感想をもった人もいたようですが、とらねこさんには、ミハルコフ版ならではのよさを感じていただけて嬉しいですー。
なるほど、ドストエフスキー的なのですね。
みんなの中に8番が存在するってよいなー
かえるさんへ★
おはようございます♪コメントありがとうございます。
古典の大傑作を、丸ごと作り変えて、これだけ違うものにしたなんて、まさに驚きでした!
また別の視点を違った角度から描いて、他の手法を呈示していることにも満足でした♪
なるほどこれって、オリジナル好きにはピンと来ないことが多いのですか。
私はむしろ比較するのが面白かったです。
とらねこが感激するの?
とらねこは感激しました。
式神くんがコメント書くのは久しぶりだなあ。
12人の怒れる男 ふと、裁判員制度のことを考えた。
少年の運命は12人の陪審員に委ねられた。
来年から始まる裁判員制度と同じだ。人の運命を左右する大事なことをもしかしたら、自分が決めることになるかもしれない。それって何かお、恐ろしいものがあるよね。ましてや無罪なのか?有罪なのか?審判するなんて、やっぱ…
こんばんは。
しっかり見てました。
『12人の優しい日本人』しか知らずに観たのですが、こんなにも奥深い心理描写の映画だとは思いもしませんでした。
微妙に人種が違ったり、仕事や生い立ちはみな違うのに、誰もが皆ロシア人してるんですよね。
そこの描写が素晴しかったです。
独白シーンでは正直「だから何? 何を云いたいの?」的な描写もありましたが、最後まで見るとどれも意味のあるシーンで、まるで人間そのものを描いているようでした。
『12人の怒れる男』 2008年88本目
『12人の怒れる男』 2008年88本目 10/13(月)仙台フォーラム
『12人の怒れる男』は元々はアメリカの映画で、製作されてから既に半世紀が経ちますが法廷ドラマの最高傑作として知られています。
日本でも三谷監督が『12人の怒れる日本人』とか撮ってませんでしたっけ?…
健太郎さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
そうですね、なかなかに心理描写の見ごたえのある今作でしたね。
一人ひとりの独白シーン、それぞれが本当よく喋るんですけど、この辺りが面白かったですね。
それぞれの人生観、考え方の違いが垣間見えましたが、
誰も排斥されることなく、批判されないところが、この作品の特徴でしたね。
こんばんは。遅くなりましたが又来ました。
TB&コメントありがとうございます。
脚本なのでしょうか。
一人一人の台詞が重要、と云うか、何気ない台詞でも最後まで聞くと何故か納得してしまう、妙な説得力がありましたね。
最後の最後に満場一致となり、更に少年の将来を皆で真剣に語り合う様は、民族や職業や思想は関係ない、皆同じ人間なんだ。
そんなメッセージに感じました。
健太郎さんへ
こんにちは〜♪こちらこそ、TBコメントありがとうございました。
そうですね、一人ひとりの男達が、一つの問題に答えを出すときに、自分の中の気持ちとまっすぐに真正面から向き合うところが、
ズッシリ来る作品でした。
おっしゃる通り、最後の決断を下すところは、「皆同じ人間なんだ」、そういう「人ひとりの人間の重さ」を感じましたね。
「12人の怒れる男」あるいは裁判員制度(陪審員ではなく)
「面白い‥‥‥」監督:ニキータ・ミハルコフ出演:セルゲイ・マコヴェツキイ、ニキータ・ミハルコフ、セルゲイ・ガルマッシュ、ヴァレンティン・ガフト、アレクセイ・ペトレンコ、ユーリ・ストヤノフ、セルゲイ・ガザロフヘンリーフォン主演のアメリカの民主主義を謳った…
12人の怒れる男
12人の怒れる男’07:ロシア
◆原題:12◆監督:ニキータ・ミハルコフ「シベリアの理髪師」、「ウルガ」、「太陽に灼かれて」◆出演:セルゲイ・マコヴェツキイ、ニキータ・ミハルコフ、セルゲイ・ガルマッシュ、ヴァレンティン・ガフト、アレクセイ・ペトレンコ、ユ….
とらねこさーん,観ましたよ〜
DVDリリースされました!
私もルメット監督のオリジナル初めて観たときの感動と衝撃は今でも覚えてます!
でもこのリメイクもまた素晴らしかったです。
確かにオリジナルとは比べられないよさがありますね!
そうそう,8番は存在しませんね。
それぞれのトラウマをかたるシーンは
各人が主役になっていて,その濃い演技と話の内容に圧倒されましたよ!
100点満点の作品です!
昨年内に観ていたらベスト3に入れてたわ!
ななさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、もうDVDリリース始まってるんですね。意外に早かったような?
ななさんもこちら、オリジナルをご覧になったことがあるんですね。
100点満点ですか!それを聞いて、とっても嬉しいです。
こちら、ベスト10に入れている人どころか、見ている人も結構少なかった印象があるんですよ。
はじめまして。
すごいリメイクに圧倒された感じでした。
陪審員それぞれの自分の経験から出てくる感情が迫ってくるものがありました。
しゃべり方や動きが激しいし。その個人の気持ちで、無罪を結論づけていくところもすごくいいなぁと思いましたし、同時に、ロシアへの不満、現状への気持ちも表現されてて、すごく意義のあるリメイク作品に感激しました。
12人の怒れる男〈2007年ロシアリメイク版〉
監督シドニー・ルメット『十二人の怒れる男』のロシアリメイク版。
オリジナルは、気に入って何回も観てる作品です。
今回の陪審員が…
kinoさんへ
こんばんは!初めまして、コメントありがとうございました。
そうですね、すごく面白いやり方をしているリメイクでしたね。
オリジナルとはいろんな意味で違っているのですが、これぞまさしくロシア、と言えるような感じがまた良かったですね。
それぞれの思いの中で、人を裁くという行為というより、理解を近づけていく、というやり方だったというか。
おっしゃる通り、ロシア全体について大きく議論しているような面もありましたね。
「12人の怒れる男」
オリジナルは大好きで何度か見ましたが、この映画のラストには唸りました・・・
12人の怒れる男
『少年の運命は、 12人の陪審員に委ねられた』
コチラの「12人の怒れる男」は、1957年に製作されたシドニー・ルメット監督の不朽の名作「十二人の怒れる男」のロシア版リメイクで、2007年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた社会派サスペンスです。ちなみ….
mini review 09393「12人の怒れる男」★★★★★★★★★☆
シドニー・ルメットの名作『十二人の怒れる男』を、巨匠ニキータ・ミハルコフが舞台を現代のロシアに置き換えてリメイクした社会派ドラマ。ヴェネチア国際映画祭で特別獅子賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされている。継父殺しの殺人容疑がかかっ…
【DVD】12人の怒れる男
▼状況
レンタルDVDにて
▼動機
三谷版をみてからいつかは見ようと
▼感想
あんまりすきじゃない
▼満足度
★★★☆☆☆☆ あんまり
▼あらすじ
ロシア人将校である継父を殺害した容疑にかけられたチェチェン人少年の裁判が開始。隣人の目撃証言や物的証拠などか…
「12人の怒れる男」 社会問題を考えたい時に
「12人の怒れる男」 ロシア版リメイク
【原題】12
【公開年】2007年 【制作国】露 【時間】160分 【監督】ニキータ・…