46●ジェリーフィッシュ
自分の肌の内側にジワリと侵食されたような感覚を味わった。
そして、忘れていた様々なことを思い出した。
そんな映画は久しぶり。
決して多くの人にススメることは出来ないけれど・・・
ストーリー・・・
美しい海辺の街テレアビブ。結婚式場で働く若い女性バティア(サラ・アドラー)は、どこからともなく現れた不思議な女の子(ニコール・レイドマン)に海辺で出会う。浮輪をつけ、一言も話をしない少女はなぜかバティアについてくる。警察に迷子の届け出はなく、週末だけバティアが預かることになる。花嫁のケレン(ノア・クノラー)はバティアが働く式場で披露宴の最中に骨折し、新婚旅行を諦める。代わりに近くの海が見えるホテルに泊まるが、そこで花婿は謎めいた女性に出会う。・・・
’07年、イスラエル、フランス。
エドガー・ケレット、シーラ・ゲフェン監督。
彼らは共に、イスラエル国内外で活躍する作家の二人だという。
特に、エドガー・ケレットは、イスラエルアカデミー賞を受賞したこともある映像作家であったり、全世界30ヶ国でその著作が翻訳されたり、となかなか才能豊かな人とのこと。( → 公式HPより)
エドガー・ケレットの書いた“Kneller’s Happy Campus(原題)”は、“Wristcutters: A Love Story(原題)”というタイトルで、ゴラン・デュヴィック監督により長編映画化されたとのこと。パトリック・フュジット、トム・ウェイツ出演作。こちらも日本公開になったら是非とも見てみようと思う
この映画は、イスラエルらしい政治紛争など、そうしたイメージとはかけ離れていて、映像を見ていても全く出て来ない。その代わりに、私が感じたのはまるで吉本ばななの『白河夜船』のような、澄んで研ぎ澄まされた、感覚的なものを刺激する映像表現だった。
なんだかまるで、自分の様々な思念に、直に触れられたような感覚。
幻想と現実が不思議に交錯している物語で、どこまでが幻想でどこまでが現実なのか、すぐに判別がつかなくなっていて、
そのために多くの人には、「なんだかよく分からない」と言われてしまいそうな本作ではあるけれど。
私には、思いもかけず、心の深くにまで浸透する物語となった。
物事が全てうまくいかないバティアは、その対話から、最近恋人と別れたか何かで失っていて、喪失感を抱えているのだけれど、クリアに描かれているわけではなく、その対話からそれらしきことがおぼろげながら分かる程度。
そのバティアが出会う、いつも裸で腰に浮き輪をくっつけた少女。
彼女の存在も、まるで本物の人間とは思えないような描写。現実の少女なのか、(そしてフィリピン女性ジョイの娘なのか?)、はたまたバティアの心の中に居るのか・・・
もしかしたら、バティアの過去の幻影なのか?全く分からずに、物語は進んでいく。
新婚なのに足を怪我した花嫁のケレンが出会う、スイートに独り泊まっている女性。彼女もどこか摑みどころのない、何か喪失感を漠然と抱えた女性だったりする。
ジェリーフィッシュ、クラゲは、アイデンティティの不確かさ、というべき、不安定な何かを表しているらしい。監督の二人が言っていたので、それは間違いないはず(笑)
移民をたくさん抱えた、イスラエル国内の政治的な話は、ほとんど描かれているわけではないので、そういったことは会話の端々から感じるしかない。
むしろ私にとっては、ほとんど自分のパーソナルな感情に、訴えられた。
どう生きるべきか、まだ迷いを抱えている、モラトリアムな人達。
コミュニケーション不全。人と人の行き違い・・・
それらがカチっとうまくハマることが無いままに、物事がふわふわと漂っていく。
私が忘れていたのは、自分が少女だった時のことだ。
その時何を抱えていたのか、今の自分は忘れてしまった。
その少女が見たら、今の自分はどう映るだろう。
私の少女時代は、私が失ってしまった自分の半身なんだろうか?
それとも、どこか知らない海に沈んでしまった、
いつの日か別れを告げたもう一人の自分なんだろうか?
私にとって、吉本ばななの『白河夜船』が好きだった少女は、
まるで今の自分とはかけ離れてしまっているように思える。
ネタバレありで進みます。
鑑賞予定の人は、読まないでください:::::::::::::
最後に漂着するラストは、なんだか悲しさが満ちていた。
抱きしめ合う、フィリピンのお手伝いの女性ジョイと、夫人マルカ(ザハリラ・ハリファイ)。どこかで繋がりを求めようとする女たちの姿が心に沁みる。
それから、少しだけ未来の見えたバティア。
部屋を取り替えた女性の死体は、まるでいつか死のうとしていた自分のようだった。
自分が死んだら、それは漂う波の狭間に、
放り出され沖に投げ出された姿なのかもしれない。
生きていくということは、時に、何かを喪失していくことのように思える。
今生きる自分は、きっと何かを失っているんだと・・・。
まるでこの映画は、感受性が豊かで、そのために生きていくのが辛かった、少女だった自分の半身のよう。
私はいつしか鈍感になって、生きていくのがより楽になったけれど。
この映画を見て、生きるのが今より大変だったあの頃の自分を思い出した。
2008/03/23 | :アート・哲学
関連記事
-
-
『レッドタートル ある島の物語』 戻ってこないリアリティライン
心の繊細な部分にそっと触れるような、みずみずしさ。 この作品について語...
記事を読む
-
-
『ホース・マネー』 深い哀しみの中で封印された記憶
私がこの作品を見たのは、もう東京では終了間際だった。フリーパスポート期...
記事を読む
-
-
『LOVE 【3D】』 問題作にして、センチメンタルな“愛の定義“
3D技術が出来た時に、映画監督なら誰しも思いつくようなアイディア。 い...
記事を読む
-
-
『アンジェリカの微笑み』 オリヴェイラの美意識に酔う
マノエル・ド・オリヴェイラがとうとう亡くなってしまったのは去年(201...
記事を読む
-
-
ホセ・ルイス・ゲリン 『ミューズ・アカデミー』
幻惑する映像美を封じ込めての審美的議論。 能動的な誇大妄想狂の美という...
記事を読む
コメント(28件)
前の記事: 45●魔法にかけられて
次の記事: 47●コントロール
この作品…映画館でポスターを観て、気になってました。
イスラエル映画だったんですね。
僕は今年『迷子の警察音楽隊』を観たんですが、静かな中にも確実にしみじみと伝わってくるものがあって感動したばかりです。
とらねこさんのレビューを読ませて貰って、ますます気になってきました。
あ!ネタバレ部分は読んでないです。笑
この作品、あまり感想を見かけなかったので淋しく思っていたら、とらねこさんの記事を拝見できたのでとても嬉しいです!!
ある一瞬に、自分自身の投影のようじゃないの!!と感じた途端に一気に一編の詩を読んでいたようだったのが時空を越えて自分の身に置き換わり・・・辛いような、切ないような・・・色んな感情がないまぜになってどっと押しよせてきたような感覚に陥ってしまってました。
>吉本ばななの『白河夜船』
読んだことがないので、読みたくなりました。
浮き輪の少女の面立ちって、実に何というか、忘れられないですよね。
ジェリーフィッシュ
*公式サイト
2007年/イスラエル=フランス/78分
原題:Meduzot
監督:エドガー・ケレット、シーラ・ゲフェン
出演:サラ・アドラー、ニコル・ライドマン、ゲラ・サンドラー、ノア・ノラー
不思議で、同時に奇妙でもあるふわふわ感に彩られた…
Elijahさんへ
こちらにもありがとうございます♪
Elijahさん、これね、すっごく難しい映画でしたよ。
とても変わっていて・・・
私も『迷子の警察音楽隊』は大好きでしたが、あれはずっと分かりやすかったです。
この手の映画は、ほぼ半数の人に分かってもらえないタイプの映画かもしれません。
rubiconeさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
私も、rubiconeさんがこれをご覧になったと知って、とても嬉しいですよ!
いやあ、これは、さすがに難解でしたね。
しかし、いつもrubiconeさんにいただくコメントって、本当お世辞抜きで、自分と同じように感じられているようで・・・
いつも、嬉しくなってしまいます。
正直、この映画は、驚きでいっぱいでした。
とらねこさん、すご〜くお久しぶりです。
あとからジワジワと良さが盛り上がってくるいい映画でしたね。
切ないような、もどかしい気持ちが私も心の奥深く二浸み込んでいきました。
「ジェリーフィッシュ」試写こんな映画観たことないっ!
イスラエル映画を始めて観た。
しかしイスラエル映画だからなのではない。始めて観るタイプの映画。
すごい・・・・・すごい映画だった。
完璧に練り上げられた、寸分の隙もない映画。
波間にゆらゆらと身を任せるクラゲのように、ゆるゆると穏やかに話は進むのに、ひと…
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
本当に、お久しぶりでございました!とっても嬉しいです。
この作品、あまり見ている人は少ないのでしょうか?
上手に言葉で表現できないようなことを、映画として描かれているようで、エグられるものがありました。
何となく、この作品の感想を言い合うのって、嬉しいですね・・不思議ですが、通じ合うような気がする、というか。
ジェリーフィッシュ/サラ・アドラー
この映画についてはほとんど何も知らなくて、映画紹介記事でイスラエルを舞台にした群像劇風の作品でカンヌでカメラドールを受賞したという程度の情報だけで観に行ってちゃいました。最近の中東を舞台にした作品は好印象なのが多いので何気に期待してみました。
出演はそ….
クラゲって私には癒しの存在で水族館でずっと眺めてるのが好きだったりします。なのでこのタイトルが不安定さを現すというのはピンとこなかったのですが、本編を観ると脆く崩れやすい人の心を比喩してたのかなって思いました。
この物語の鬱に感じるところって、出来れば人生の中で避けて通りたいって気持ちが無意識に反応しちゃてるのかもしれません。
かのんさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
おっ!かのんさんも、クラゲ好きですか★
私もクラゲを水族館で見るの、大好きです!実は高校の頃くらいから、水族館が好きになって、今でも時々行きたくなります。
うん、そうですね!この物語で、避けて通りたいところが描かれているから、そういう反応をしてしまう、そんなタイプの映画だと思います。
私、こういうタイプの映画って昔は、割と苦手でした・・。
『ジェリーフィッシュ』 (2007) / イスラエル・フランス
原題:MEDUZOT/JELLYFISH監督:エトガー・ケレット、シーラ・ゲフェン脚本:シーラ・ゲフェン出演:サラ・アドラー、ニコル・ライドマン、ゲラ・サンドラー、ノア・クノラー、マネニータ・デ・ラトーレ鑑賞劇場 : シネ・アミューズイースト/ウエスト公式サイトはこちら…
『ジェリーフィッシュ』
ふわふわラブリー。
イスラエルの都市、海辺のテルアビブに、結婚式場で働く若い女性バティア、花嫁のケレン、フィリピンから出稼ぎに来た介護の仕事をするジョイがいた。ふわふわユラユラものが大好きな私はクラゲの存在もとても好きで。水族館で見入ってしまうものTOP3…
とらねこさん、こんにちは。
最近は行ってないけど私も水族館好きでかなりのクラゲ好きのでした。
浸食されるような心に染み渡るものがありましたよね。
吉本ばななんは1冊しか読んでないけど通じるものはあるかも。
とらねこさんは少女自体の自分と決別したのね。
私は一度は過去に押しやったのに近年また身近に感じてポッカリ
かえるさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございます!
クラゲ私も好きでした!(『スフィア』のおかげですっかりクラゲが怖くなるまで・・・ですがw←ご存知でしょうか?)
そうですね、少女時代の自分はいつしか海に沈んでいったのかなあ、と私も考えたんですよ。
心の中に、いう事を決して聞かない裸の少女が居て、いつまでも大人になれないと、あの階上の女性のように転覆してしまうのかなあ、とか。
かえるさんの少女時代の話も聞いて見たい気がします。
「JELLYFish(ジェリーフィッシュ)」
予告で見た少女の笑顔に惚れ込み、絶対見たい!と思ったらイスラエル映画だった。
「迷子の警察音楽隊」(レビューはこちら)に続き、またま…
こんにちわ。トラバさせて頂きました。
『迷子の警察音楽隊』の時にもトラバさせてもらったんですが、イスラエル映画いいですよね〜。プチマイブームです(^^)
>この映画を見て、生きるのが今より大変だったあの頃の自分を思い出した。
私も同じような事を感じました。あの頃の私ってなんであんなに繊細で脆かったんだろう…と。当時、この映画を見たらまた感じ方も違ったかもしれないですね。
mariさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
以前、一度お話しさせていただいたことありますよね?
もちろんこちらは、覚えていますよ〜!
『迷子〜』の時も、TBありがとうございました。
こちらこそ、挨拶せずに申し訳アリマセン★
イスラエル映画、私はよく知らなかったのですが、こんな映画が突然出てくるんですね。驚きました。
この映画は自分の内面の深いところを撫でられたように、ヒリヒリしましたよ・・・。
ジェリーフィッシュ
ビンの中の船は沈まない・・・
こんにちは。
なんか不思議な映画でした。
でも監督さんの目線は感受性豊か…って感じがしますね。カメラドールも納得。
あのアイスおじさんも浮き輪少女もラブリーでございました。
・・・そっか、とらねこさんもやっぱり感受性豊なお嬢さんだったのですねっ。私もよ(?殴)
お部屋は水漏れしてましたか?笑
今は、気持ちは楽になったのですねー。酸素ボンベはいつもたくさん用意しておきませう。息苦しく酸素足りなくなったら…私もお持ちしますからw
シャーロットさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
本当、不思議な映画でしたよね!
浮き輪少女も、アイスのオジサンも、本当に不思議で、あの風景は忘れられないです。
サイレンみたいな叫び声。それも素敵な言い方でした。
(防犯ブザーでしたっけ?)
シャーロットさんも、感受性豊かな少女だったんですね!うん、そう思います。私は、リアルで見るとそうは決して見えないかもしれませんけど(泣)
(殴)←この表記が、シャーロットさんならではでですねw
酸素ボンベ・・・そうですね、私はお笑い好きゆえ、酸素ボンベより、窒素入りボンベの方が似合うかもです。
私が苦しくて仕方がない時も、自分を笑える自分で居たいです・・・
ジェリーフィッシュ
監督:エトガー・ケレット
2007年 イスラエル/フランス
【物語のはじまり】
恋人と別れたバティア(サラ・アドラー)は結婚式場でウエイト…
【2008-164】ジェリーフィッシュ
人気ブログランキングの順位は?
愛されたいのに、口では言えない。
しあわせなのに、笑顔が苦手。
瓶の中の船は沈まない
帆が風に揺れることもない
船底にふわふわクラゲが揺れるだけ
ひとりひとりに、天使がいる。
ジェリー・フィッシュ ふわふわ〜〜くらげのように生きる人たち
なんともいえない不思議な作品「ジェリー・フィッシュ」を7月25日、京都シネマにて鑑賞しました。バディアと浮き輪少女のお話を軸に3つのお話が展開されます。
テルアビブ市内の結婚式場で働くバティアは、恋人と別れたばかり。おまけに職場では失敗…
ジェリーフィッシュ
2007 イスラエル, フランス 洋画 ドラマ
作品のイメージ:ほのぼの、切ない、萌え、ためになる
出演:サラ・アドラー、ニコール・レイドマン、ノア・クノラー、ゲラ・サンドラー
美しくも哀しい詩のような作品。初見では、それこそクラゲ(jellyfish)のようにフワフワ…
『ジェリーフィッシュ』’07・イスラエル・仏
あらすじ結婚式場で働く若い女性バティアは、海辺で不思議な少女に出会う。浮輪をつけ、一言も話をしない少女は、何故かバティアについてくる。警察に迷子の届け出はなく、週末だけバティアが預かることになる。花嫁のケレンはバティアが働く式場で披露宴の最中に骨折し、…
アイスキャンディー
試写会に当選して虎の門に。ニッショーホールにて「ジェリーフィッシュ」を観た。 云いたいことを口にせず…
mini review 09402「ジェリーフィッシュ 」★★★★★★★★☆☆
2007年カンヌ国際映画祭最優秀新人監督賞を受賞した感動の人間ドラマ。美しい海辺の街テルアビブを舞台に、三者三様のちょっと不幸な主人公たちの日常を温かく見つめる。監督はイスラエルの人気作家エトガー・ケレットと、詩人で劇作家でもあるシーラ・ゲフェン。出演者には…