10●ヒトラーの贋札
ベルンハルト作戦、ナチスによる贋札製造事件を描いた重厚なドラマ。
だけど、想像するよりずっと爽やかな後味の良い佳作だ。
ストーリー・・・
第二次世界大戦中のドイツ。ユダヤ人強制収容所の一画に、各地から集められた職人たちが働く秘密工場があった。パスポートや紙幣の偽造で逮捕されたサリー(カール・マルコヴィクス)は、そこでかつて自分を逮捕したヘルツォーク(デーヴィト・シュトリーゾフ)が、大量の贋ポンド紙幣をばら撒き、イギリス経済を混乱させる目的の「ベルンハイト作戦」の指揮を執っていることを知る。作戦が成功すれば家族や同胞への裏切りになる。しかし完成できなければ、死が彼らを待っているのだった。・・・
’07年、ドイツ、オーストリア。
監督:脚本、ステファン・ルツォヴィッキー
原作:アドルフ・ブルガー 『ヒトラーの贋札 悪魔の仕事場(仮題)』
(↑印刷技師のブルガー、ここではアウグスト・ディールが役を演じている)
ベルンハルト作戦。贋札でもって、世界の各国の経済を脅かそうという、経済テロをナチスは計画していたのだ。
もともと贋札造りのプロだった、サリーこと、サロモン・ソロヴィッテ、この主人公がこの計画に入れられるところから始まる。
手始めにポンド紙幣、そしてそれが成功すれば、ドル。ザクセンハウゼン強制収容所の一画にこの贋札製造工場があった。つまり、隣では、ユダヤ人が、日々収容され、殺されている、その隣で。
’44年から始まったこのベルンハルト作戦、その144人のうちほとんどがユダヤ人だったという。同胞が隣で人間性を剥奪され、生命さえ奪われている最中に、自分たちだけがシーツを敷いたベッドで眠ることが出来る・・・そんなの、喜べるはずがなかっただろう。
だが、主人公サリーは、もともとコワモテの贋札造りのプロ。アウシュヴィッツに収容された経歴もあるが、SSの似顔絵を描き、その腕で生きながらえている。
どこか人間離れしたほどに冷たい、生命力のあるユダヤ人。
世事に長け、絵の才能も秀でている。だが、その才能を使うのはもっぱら、自分一人が生きるためだ。
この冷徹なサリーが、感情を押し殺し、賢く生きようとする中で、次第に責任感が芽生えてくる。
その一本芯の通った考え方は、人の上に立つに相応しい人物に自らなってゆく有り様が描かれる。
サリーが、感情を押し殺す中、その表情の裏で、無言で語る。押し黙ったその表情で訴えかけてくる、ここが素晴らしかった。
本来は、主役、というような顔つきの人でないのかもしれない?
だがここでは、カール・マルコヴィクスの無骨な表情、これがたまらなくイイ。
これだけのヘヴィーなドラマでありながら、少しも観客の気持ちを逸らすことなく描ききって、全く退屈しないドラマだった。
96分という短い尺の中、凝縮されていて無駄がない。
そして、これだけの物語なのに、けして重苦しいばかりでない、見所十分な見事な出来だった。面白かった。
ちなみに、ナチスSSのヘルツォークを演じたのは、『厨房で逢いましょう』で憎々しげなエデンのダンナを演じた、デーヴィト・シュトリーゾフ。この人のこの存在感、凄いものがあるなあと思ったら、’07年の、ドイツ・アカデミー助演男優賞を取った人だそうだ。ふむふむ。
クライマックス、強制収容所が爆破され、ユダヤ人による襲撃がなされると、
この作戦に参加していたユダヤ人たちの存在は、まるで敵としか同胞には思われない。
だが、それを証明する、あのおぞましい番号。アウシュヴィッツのあの忌まわしき過去が、同胞であることを証明する。悲しい皮肉なのだ。
2008/01/26 | 映画, :ドキュメンタリー・実在人物, :ヒューマンドラマ
関連記事
-
-
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ
結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む
-
-
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義
80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む
-
-
『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む
-
-
『ジャクソン・ハイツ』 ワイズマン流“街と人”社会学研究
去年の東京国際映画祭でも評判の高かった、フレデリック・ワイズマンの3時...
記事を読む
-
-
『レッドタートル ある島の物語』 戻ってこないリアリティライン
心の繊細な部分にそっと触れるような、みずみずしさ。 この作品について語...
記事を読む
コメント(55件)
前の記事: 9●スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
次の記事: 11●セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ
映画「ヒトラーの贋札」
原題:Die Falscher
原作は「THE DEVIL`S WORKSHOP(ヒトラーの贋札 悪魔の工房)」、悪魔のワークショップというのが、なんだか的を得ているようで、主人公も善人じゃない??
実際にオーストリア・トプリッツ湖から大量のポンド紙幣が見つかったという。それが1959年…
『ヒトラーの贋札』を観たぞ〜!
『ヒトラーの贋札』を観ました国家による史上最大の贋札(がんさつ)事件と言われる、“ベルンハルト作戦”を題材にしたヒューマンドラマです>>『ヒトラーの贋札』関連原題: DIEFALSCHER THECOUNTERFEITERジャンル: ドラマ/サスペンス/戦争上映時間: 96分…
『ヒトラーの贋札』を観たぞ〜!
『ヒトラーの贋札』を観ました国家による史上最大の贋札(がんさつ)事件と言われる、“ベルンハルト作戦”を題材にしたヒューマンドラマです>>『ヒトラーの贋札』関連原題: DIEFALSCHER THECOUNTERFEITERジャンル: ドラマ/サスペンス/戦争上映時間: 96分…
『ヒトラーの贋札』を観たぞ〜!
『ヒトラーの贋札』を観ました国家による史上最大の贋札(がんさつ)事件と言われる、“ベルンハルト作戦”を題材にしたヒューマンドラマです>>『ヒトラーの贋札』関連原題: DIEFALSCHER THECOUNTERFEITERジャンル: ドラマ/サスペンス/戦争上映時間: 96分…
「ヒトラーの贋札」ゆかりの地をたずねて
ゆかりの地・・・・・と言うには抵抗のある場所、アウシュビッツ。
本当は「シンドラーのリスト」を見てから、旅に出たかったんだけど、手元にDVDがなく、今回は「ヒトラーの贋札」をチョイス。
正義と命の狭間で揺れる、極限状態の男たちの生き様を見た。