#180.ある愛の風景
『しあわせな孤独』、『アフター・ウェディング』のスザンネ・ビア監督、’04年デンマーク映画。
発表された順番で言うと、この間にあたる。
’05年、サンダンス映画祭観客賞受賞他、いくつかの賞を受賞している。でも、「観客賞」というのがいいじゃないですか。
ストーリー・・・
美しい妻サラ(コニー・ニールセン)と二人の可愛い娘と幸せな日々を送るエリート兵士ミカエル(ウルリッヒ・トムセン)に、戦禍のアフガンへの派遣が命じられる。刑務所帰りの弟ヤニック(ニコライ・リー・コス)は、兄とは対照的に定職もなく独身で家族からも孤立していた。突然サラの元にミカエルの訃報が届く。その喪失感をサラと共有することで、初めて他人と心を通わすヤニック。そしてある日別人のようになって帰国するミカエルだった。・・・
丁寧に描かれるキャラクターの心理。これから起こることを予感させつつも、物語が進んでゆく・・・、この手腕は、高い評価に値するものだと思う。
その後の『アフター・ウェディング』と同じ、人間の奥深いところをしっかり描き、人間にとって一番大切な、人生の命題というべきテーマを力強く描いている作品だった。
この作品のコピーに描かれる、「その幸せに自信がありますか?」。
しっかりテーマを汲み取った言葉だと思う。
そうなのだ。美しい妻に、かわいい娘たち。なんの不満もない生活、自信たっぷりに幸福な家庭を築いていたはずの、冒頭のミカエルの人生だったはず。
不慮に起こる出来事によって、否がおうにも変わってゆく。
戦禍のアフガンに派遣され、撃墜される、ということが、’04年のデンマーク映画で描かれていた、ということにも注目に値する。ハリウッドは、ようやくこの辺りを着手し始めたばかりだというのに。
さらにここでは、誰にでも起こりうる出来事として、人生の中に戦争が描かれている。
しかもアフガンが直接的に描かれているというこれは、この頃には特に意味があることのように思う私だ。
しかし、戦争そのものでなく、テーマとしてあるのは、人の絆、家族に対する思い、夫婦の愛情、兄弟間の葛藤、親子の葛藤・・・
全ての人物の価値観や考え方が、それぞれのダイアローグに含まれていて、それが全て自然なこととして流れるように物語が進んでゆく。
そして何より、人々の微妙な心理描写が巧みに描かれ、その全てが繋がってゆくために、一つもわざとらしさというものがない。
主人公、ミカエルが戦争に出発する前にあった、幸せというものは、その完璧さを失い、ヒビが入って壊れてしまったかのようだ。元には決して戻らない。
だが最後に、この監督の描く、それらを超えたところにある何かには、決して“絶望”はない。それが救いだ。
予定調和はまるでないのに、この強さは一体何だろう?と私は思う。
「人生は矛盾に満ちているけれど、この愛は変わらない。」
彼の中で何かが壊れてしまった後に、やはり残るのがその思いだったのだろうと。
それから、酒飲みのダメ男に思えたヤニックも、実は初めのディナーのシーンで、「悪い人をやっつけに行くの」と言った子供に向かって、「悪い人となぜ分かる?」と言う一つの台詞があり、彼が本当は戦争に反対しているのだと分かる。
それから、ミカエルが帰って来た後の、子供が何気なしに口にする台詞、これらの変化にも、実はヤニックの影響があったのだろうと想像される。
とは言ってもこれらは大筋とは関係ない話だけれど。
それから、弟ヤニック役のニコライ・リー・コスは、『しあわせな孤独』でこの監督さんと組んでいたよ。ちなみに、『アフター・ウェディング』でこの監督さんと組んだマッツ・ミケルセンも、『しあわせな孤独』でそれぞれ、タッグを組んでいたのでした。
今までのところ、この3作は全て見たけど、私は『しあわせな孤独』だけ、メロドラマ風に感じてしまい、それほど好きではなかった。
ただ、いずれにせよ、どの作品も、一筋縄ではいかないというのは、この人の特徴かもしれない。今後も注目したい人になりました。
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コメント(24件)
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まだ見に行っていないのですが、“第一印象”を大切にしたいので、最初にDVDで見たときの感想をTBさせて頂きました。
英語字幕の意味を取り違えている部分や、全く理解していない部分もあるかとは思いますが・・・
>しかし、戦争そのものでなく、テーマとしてあるのは〜
戦争その物の是非についてくどくど語るのではなく、“一個人の物語”として描かれているところが好きな部分です。
変わってしまったモノと変わらないモノ、人間の脆さと強さ、色んな部分に共感する事が出来ました。
スザンネ監督の作品をリメイクした「ラブ・ファクトリー」と言う、ロマンティック・コメディはご存知ですか?
かなり大好きな作品なので、何時かはオリジナルを見てみたいと思っています。
オリジナルでは「アフター・ウェディング」のクヌッセンが主役の1人なんですよ。
哀生龍さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
戦争に対する思い、というのはおそらく強くあったと思いますが、おっしゃる通り、それを一人の個人的な話に消化していましたよね。
そうですね、変わった部分と、変わらない部分・・・
すごく人生そのものの大きさを感じました。
>『ラブ・ファクトリー』
これ、知らないです★教えていただき、ありがとうございます。
ロマンチック・コメディということは、スザンネ・ビア監督のテイストとは結構違っているのでしょうか。
で、これもやはり、オリジナルがまだ日本語のものが入手不可能なんですね〜。なるほど・・・。
『アフター・ウェディング』のクヌッセンが主役ですか。同じ人を使う好んで使う監督さんなんですね。
アフター・ウェディングも
是非観てみたい作品ですねえ
この監督の丁寧な描写は気に入りました
きっかけは戦争じゃなくとも ひとつの
出来事が人間帰ることもあるですねえ
とても ココロに残りました
ある愛の風景
2004年制作/デンマーク 117分
デンマーク・アカデミー賞で最優秀主演女優賞を獲得し、ハリウッドでのリメイク企画も進行しているデンマーク映画。生存が絶望的になった夫の戦死を告げられた家族と、別人のようになって奇跡の生還を果たした夫のドラマが展開する。監督は最…
感想/ある愛の風景(試写)
すげえところを衝いてくる。『ある愛の風景』12月1日公開。弟のヤニックが出所した日、ミカエルはアフガニスタンの復興支援へ。その地でミカエルの乗ったヘリが撃墜されたという報せが届き、遺された妻・サラと2人の娘、そしてミカエルの家族は哀しみに暮れる。しかし、死ん…
HARさんへ
初めまして!コメント&TB,ありがとうございます!
『アフター・ウェディング』は今も上映中ですよ★
こちらの方が実は先だったんですよ!
この監督さんの人物描写は、ものすごいものがありますよね。
人と人の関係は、本当に難しいですよね。
彼はずっと暗闇の中で戦ってたんですよね、きっと。
心を開いて耳を傾けてくれる人がいるのって、なんて素晴らしいんでしょう。・・・
ある愛の風景
「ある愛の風景」の試写会に行って来ました。
以前に観た「アフターウエディング」が、なかなか良い映画だったので、期待して観に行きました。
けして悪い作品ではないのですが、「アフターウエディング」に比べると、物足りなさを感じてしまいました。
こんにちは。
子供達の描写も何気に鋭くなかったですか?
お姉ちゃんなどは難しい年頃の女の子の繊細さを感じたんですが。ただ無邪気な子供達っていう感じでもなく。
私も3作品を見ましたよ。私はアフター…が好きかも。公開の順番が違うので戸惑いますけど、段々とパワーアップしてる感じですかね〜
ある愛の風景
自然でリアルな映像と静かな音楽。そして痛々しくも心をつかんで離さない繊細な心理描写。
シャーロットさんへ
こんばんは〜♪コメントTBありがとうございました。
子供の描写ですか、確かに、「普通のかわいらしい女の子」としては、全く描かれていなかったですよね。母が心配に思ったり、変わってしまった父親に、すぐに反応してたのも子供でしたよね。
私も、『アフター〜』が一番好きなんです!
おっしゃる通り、私も逆の順番で見たんですよ〜。
レヴューはまだなんだけど・・
これ、公開一週目なのに、小さい方の劇場でしたね。
ハンガリーのやつより、映画としては断然、感慨深いのにー。
またしても、あらすじだけ見るとメロドラマになりかねないようなお話なのに、見事に深いテーマの作品に仕上げていましたね。
アフガンや捕虜の場面は、個人的にはしっくりこなかったものの、2004年作品でそんなエピソードを入れちゃうところはすばらしいですよね。
私は「しあわせな孤独」もすんごく好きですー。
かえるさんへ
こちらにもコメントありがとうございました!
ん〜・・・捕虜の部分がしっくりこなかったのは、なぜでしょう?戦争が全体的には描かれていないから・・・ということじゃないですよね。w
ではその辺りは、記事のUPを楽しみに待っております〜。
確かに、これを’04年の時点で描こうとしたなんて、題材的にも志の高さを感じますね。
骨太なイメージを私は持っています。
私は、他の人がいうほど、女性らしさをこの監督に感じないんですよ・・・。そんなに女性らしいでしょうかね?
『ある愛の風景』 BRODRE
心揺さぶる危うさの向こうの確かなる愛の物語。
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『ある愛の風景』
スサンネ・ビア監督の作品で、『アフター・ウェディング』に続いての鑑賞です。
お世話になっていますw。
仕事の関係でブログも疎かになっている此の頃ですが、良い作品については前向きに記事にしたいものです。
キャラクターの心理の部分…連鎖的副作用みたいで触るものが皆悪く転じていく感じも絶望的。子供が「ヤニックのほうがいい…」となればもうどうしようもない状況で、この辺までは凄い持って行きかたでしたね。最後までミカエルを信じようとする妻や弟の気持ちが、逆に素晴らしさにも映ったものでした。
スザンネ・ビア監督…人間の素晴らしい部分を如何に表現するか…みたいなテーマを持っている人のようですね。
yanksさんへ
こんばんは☆コメントありがとうございました!
そうですね、今の時期は、特に皆さん、せわしない時期なのでしょうね。
お仕事は、冬休みまで、もうちょっとのふんばりですね〜。
この連鎖反応。作用・反作用というか、人の気持ちって、いちいち言葉にせずとも、多くのことを語ってしまっていて、いかにその齟齬で関係性がバランスを失うか、まざまざと思わされました。
おっしゃる通り、人間の素晴らしい部分をいかに表現するか。・・
この言葉、とてもいいですね。確かに、この監督さんの描く人間には、絶望が訪れても、どこか凛とした清々しさを感じるのは、そのためなのでしょうね。
納得させられる言葉です。ありがとうございます!
ある愛の風景
監督:スザンネ・ビア
(2004年 デンマーク)
原題:BRODRE/BROTHERS
【物語のはじまり】
美しい妻サラ(コニー・ニールセン)、可愛い2人の娘と幸せな家庭をもつ
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うちへ帰ろう〜『ある愛の風景』
BRODRE
「人生はいつだって矛盾に満ちている。けれど、この愛は変わらない」
職業軍人のミカエル(ウルリク・トムセン)は美しい妻…
とらねこさま、こんにちは。
ヤニックの台詞について「大筋とは関係ない話」ですが、とっても大切な場面だと思います。
ああいうさり気ない台詞や情景に、監督がテーマを忍び込ませているってこと、あると思うんです。
『しあわせな孤独』もそうでしたけれど、最後にかすかな希望を残して終わってくれるところが、この監督さんいいですね。
壊れてしまったものは元には戻らないけれど、それでも人は生きて行く、という・・・。
考えさせられる映画でした。ではでは、また来ます〜。
真紅さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
そうですよね、ヤニックの台詞には、おっしゃる通り、さりげない主張があったと思います。彼は戦争には反対の意見を持っていたのだと思いますね。
もしかしたら、それは監督自身の意見でありうるかもしれませんよね。
この監督さん、本当に・・・これだけのことを、腹臓をカッと開き割るかのように余すところなく描き出し、かつ、最後には希望の光をどこか見出すところで終わる。
とってもカッコいい監督さんですよね!
私もこの終わり方、シビレちゃったんですw。
真・映画日記『ある愛の風景』
JUGEMテーマ:映画
12月7日(金)◆647日目◆
終業後、「シネカノン有楽町二丁目」へ。
『ある愛の風景』を見る。
監督は『アフター・ウェディング』のスサンネ・ビア。
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ある愛の風景
デンマークからハリウッドへ! 世界へ羽ばたく女性監督。
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こんばんは
この監督さんの人間理解の深さと描写の細やかさには
いつも唸らされますね。
揺るがない幸せなんて,実は存在しないんだ,という
残酷な真実を描きながらも,たしかにどの作品も
ラストには希望の光明が見えますね。
この監督さん,人生をリアルにシビアにとらえつつも
きっと「人間賛歌」というか,人間の持つ希望や愛情にも
信頼を置いているんだな〜という気がします。
両方きっちり描いてくれるからこそ,どちらの面も際立って響いてくるような・・・
アフターウェディングもとっても好きです。
ななさんへ
こんばんは〜♪お久しぶりです!
コメントありがとうございました〜。
そうですね、この監督さん、去年から今年にかけて、作品が日本公開されましたね。
こうして、時差があってまたお話ししてくださると、記憶を思い出してすごく嬉しいです♪
この作品、物ごとを見る目がすごく厳しいというか、少しの心の揺るぎも逃さないというタッチで、自分は結構好きです。
なるほど、“どこか人間に信頼を置いている”人間の描き方・・
この言葉、すごく同感します!
私もそんな風に思います。そうですね、だからこそ、人間を厳しく見る目と、温かく見る目の両方が、際立ってくるのですよね。
とても言い得ていると思います!