※11.『トゥモロー・ワールド』
作者/P.D.ジェイムズ。
去年公開された映画、『トゥモロー・ワールド』はご覧になっただろうか?
去年の映画の中でも、出色の出来の傑作だった。
作品の完成度ではなくて、ただ単純に自分の嗜好性で選んでしまったマイ・フェイバリット・ベストから、辛くも次点になり、選び損なってしまったのが、『ホテル・ルワンダ』と、この作品だった。
でも、時間が経ってから、つくづく思い出すに、やはり途方もない作品だったと私は思うし、あの世界観をもう一度体験したくなって、この映画の原作だった、この作品に手を出したのでした。
こちらの本の方は、’93年にハヤカワから『人類の子供たち』というタイトルで刊行され、去年の映画に合わせて、元々の本のタイトルが変わってしまった、というものだったのでした。
ちなみに、作家のP.D.ジェイムズは、英国推理作家協会のダイアモンド・ダガー賞、アメリカ探偵作家クラブ(NWA)賞の巨匠賞を、さらにジェイムズ女男爵の称号を得てもいるという・・・
イギリスのミステリ界の新・女王の名を欲しいままにしている人だとか。
さて、本の方はというと、いつも私ときたら、映画と本がどこがどう違うとか、比べて楽しむのが好きなのだけれど・・・。
この作品については、結論から言うと、この本を原作にしてはいても、監督曰く、全くの別物、とのことなのだ。
「映画と原作は全く違うし、監督自身、原作を読んでもいない」とのことなので、あまり比べても意味がない。
何しろ、全く違う設定になっていると言えるから。
映画の内容は、この原作をベースにして作られているし、世界観もやはりこの世界観を構築している。
だけど、基本となる人物設定が、全く本と違っていて。映画では、何とも上手に映画的に上手〜く、まとめられているなあ、と。
つまり、この原作を傷つけることなく、返って素晴らしいものを創り出している。映画の演出は本当に素晴らしいものだった、と再認識した。
さて、こちらの本の方では、二部に分かれていて、一章がオメガ、二章がアルファ。
ギリシャのアルファベットの、最後であるオメガと、最初であるアルファ、このタイトルを冠している。
第一章、オメガの方は、この地球の終末的様相を、とことん描き出している。
映画でも気になっていた、人類滅亡の要因。
こちらが描かれていなかったので、それは一体、どうしてだったのだろうと、本を読みたくなったのは、その理由もあった。
この映画がとても気に入り、これを傑作と思う、私たちのような人達より、もっと気の短い人達は、ここの、人類滅亡の要因が描かれていない、ということに、「SFとして」疑問を呈した人も、中には居た。
だが、そもそも、映画でも、この小説でも、「SFの世界としての完成度」ではなくて、人物を描いた作品だったのだ。そうした終末的世界に生きる私達人類自身の姿、思想、仮定した世界で作者が描いているのは、人間そのもの、だったのだ。・・・
そして、こちらの本でも、やはり、人類滅亡の原因は、分からないものとなっている。
>われわれは目前に迫った人類の滅亡そのものよりも、あるいは滅亡を阻止できないことよりも、滅亡の原因を突き止められないことに憤慨し、落胆した。西洋科学、西洋医学の決定的敗北。その打撃、屈辱感はわれわれにとって、青天の霹靂だった。
そして、人類は、やはり、映画でそうだったように、殺し合いを続け、政治のメカニズムは暴走をし、圧制を続ける。
一章における、終末的世界観の、絶望と陰鬱な重苦しい雰囲気・・・
人間の悪の部分や、心底落胆させかねない、人間への嫌悪感にまみれた“オメガ”最終段階。
ここにある地球での我々は、滅亡することこそ、人類にもっともふさわしい末路であるかのようにすら思えるのだ。
この作者の辛辣な筆に、その絶望的なまでの暗さに、中には、根を挙げる人もいるかと思う。
それでも、これを何とか読み進めてきた人には、第二章のアルファで、曲りなりとも少しは、前身しようとする姿の人間を垣間見ることが出来る。
出産のシーンは本当に感動的だし、そこで初めて人間らしくなっていく、主人公セオの姿を見る。
とは言え、生まれてくる子供を巡っての人間関係や、国守、国家評議会など、映画と全く違う部分があり、映画での改変の方が、自分はずっと好きだった。
映画において、子供を、誰の子供か分からない、(キーの相手が不明とされている)というものの方がより優れたものだと思う。
さらに、“キー”(クレア=ホープ・アシティ)は、本には出て来ないんですね・・・。
とにかく、本の優れた部分を美味しく調理できた、映画が本当に素晴らしかった!
2007/07/25 | 本
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コメント(9件)
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こんにちは!
とらねこさん、お読みになられたんですね^^・
私もとらねこさんと同じような感想を持ったと思います。
本では、新しい命が生まれなくなったことに対する人間の絶望感や焦燥感が描かれており、その部分がとても印象的でした。
それ以後のお話の展開は、本ではエラク狭い範囲で狭い人間関係の争いが目立ちましたので、映画の世界観の方が好きでした。
私はズルイので、本と映画のいいとこどりをして、自分の中で『トゥモローワールド』が好きな作品になっています。
PS.『刑務所のリタ・ヘイワ―ス』読了しました。感想はいつになるか分かりませんが・・・(汗)
感動しました。ススメテ下さってありがとうございました。
由香さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます。
こちらこそ、この本をおススメくださり、ありがとうございました!
>それ以後のお話の展開は、本ではエラク狭い範囲で狭い人間関係・・
そうなんですよね。国守とセオの関係というのが、密であるから、本では関係性が限定されてしまいますが、映画は一切国守が出てこなかったんですよね。
由香さんのおっしゃりたいこと、何となく分かる気がします。
私も重さが嫌いな人では決してないんですが、何より人の残酷さとかが気が滅入ってしまったかな・・・。ジャスパーの死も、その奥さんの死も、映画とは違って本当に辛かったなあ・・・
『刑務所の中のリタ・ヘイワース』、面白かったでしょ♪気軽に書いちゃってくださいな〜^^
待ってま〜す!
またのコメント失礼しま〜す。
この映画やはり面白かったのですね!
いやいや昨年気にはなってたんですが、いつの間にやら終了してもーてたんですよ〜(悔)。
この映画が気になった理由は私の好きなピンク・フロイドのアルバム「ANIMALS」のジャケットになっているバターシー発電所が劇中に出てきて、しかもピンクの豚が上空を飛んでるとかいないとかでフロイドファンの間でちょっと話題になってたからなんですよ〜。飛んでました?
で、とらねこ様のこの記事に触発されて思わず「ANIMALS」につてマイブログで語ってしまいました。
とらねこ様はフロイドはどうですか?
あ、それと私ドラムたいしたことないです。スティック回しだけは上手い!と先輩に賞賛されてましたけど・・・。
アニマルズ
羊が1匹、羊が2匹、執事が3匹・・・
アカン!全然眠れません。
つーか暑すぎるんですわ。
こんな寝苦しい真夏の夜にはやはりPINK FLOYDの『ANIMALS』でも聴いて、夢心地になるしかないですね。
『原子心母』『狂気』『炎』などの名作群の影に隠れがちなこのフロイドの’77…
あましんさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございます!
ピンク・フロイドのアルバムジャケに似せて、ブタが宙に浮かんでいる画があったのは、映画ブログの中でも、話題にする人が多かったですが、
バターシー発電所とまで言ってる人はあまり居なかったです!
そうだったんですか、フロイドファンの間で話題になってたのですね〜。
あの映画はといいますと、フロイドだけじゃなく、『クリムゾン・キングの宮殿』が、まるでSFとは思えない瞬間で、かつピッタリな凄いタイミングで流れて、自分には衝撃でした!
http://www.rezavoircats.com/archives/50877704.html
ピンク・フロイドは、『Delicate sound of Thunder』しか持ってないんです。せっかくだから、今聞きながらコメント書いてます♪
こんばんは。『トゥモロー・ワールド』は映画は観たものの原作は読んでおりません
>「映画と原作は全く違うし、監督自身、原作を読んでもいない」
あちゃちゃ・・・ そういうことはなるべく外に漏らさないようにしないと(笑)
『ディパーテッド』でも「本当はあんまりやりたくなかったんだけど」発言がありましたが、最近の業界にはうっかり屋さんが多いのでしょうか
映画のほうは半年ほど前に一回観ただけだったんですが、けっこう印象に残ってるシーンありますねえ
セオと奥さんがピンポン球で遊んでたところとか。他にもいろいろ
ということは、いい映画だったのだと思います
ちなみにわたしの昨年ベストは『のび太の恐竜2006』『トンマッコルへようこそ』『キングコング』『デスノート』二部作・・・あたり。おこちゃまですね
トゥモロー・ワールド
『唯一の希望を失えば、人類に明日はない』
コチラの「トゥモロー・ワールド」は、11/18公開の人類に子供が生まれなくなってしまった近未来を描くSFサスペンスなんですが、観て来ちゃいましたぁ〜♪
監督は、「大いなる遺産」、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚…
SGA屋伍一さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
ハハハ、この映画を見て原作を読んだ人が、あるところで、怒ってた人が居たんですよ。
「映画が面白かったから原作を読んだけれど、ガッカリだ!」とか。
何となく、そう言いたくなる気持ちが分かる気がするんですよ。
ちょっと作者は皮肉屋というか、残酷だったり、人間に対して痛烈だったりして、「ウツが進んだ」という人もいましたよ
なので、原作のいいところを、上手に料理した、と言える作品かな
監督、「原作は、読んでもいいけど、全然違うよ」なんて言ったらしいです。そこには、いろんな意味が含まれていたんですね。
えと、楽しいコメント嬉しいですが、『のび太〜』に『トンマッコル〜』『デスノート』・・・全然見ていません・・ごめんなさーい
しかし、『キングコング』は、明らかに去年じゃないですよね?えー?
☆ナナイロノコイ☆
【著者】 江国香織 【内容情報】(「BOOK」データベースより)愛をおしえてください。恋の予感、別れの兆し、はじめての朝、最後の夜…。恋愛にセオリーはなく、お手本もない。だから恋に落ちるたびにとまどい悩み、ときに大きな痛手を負うけれど、またいつか私たちは新しい…