#90.蛇イチゴ
去年、’06年の『ゆれる』の成功がまだ記憶に新しい、西川美和監督、’03年の作品。
脚本・監督と兼ねており、当時若干28歳にして、この偉業を成し遂げた才女の、コアな一本。
ネタバレ気味です。
ストーリー・・・
どこにでもいるごく平凡な家族、明智一家。しかし、この一見何の変哲もない家族にも小さな秘密があった。父は、リストラの憂き目に遭ったことを家族に内緒にし、元同僚にお金をせびる始末。母は介護に疲れ、もはやその我慢も限界まできていた。そして、お祖父ちゃんの葬式で、不肖の息子・兄周二(宮迫博之)がひょっこり顔を出した。・・・
初めは長回し、しかもカメラが固定して、同じ角度から映したシーンというのが、印象に残り、退屈さを増して感じられる冒頭から、
この一見、何の変哲もない、普通の“円満そのものの家庭”が、根底からガラガラと崩れ去ってゆくストーリーに、途中から変貌してゆく。
「嘘は、一旦つき始めれば、次から次へとつき始めることになる」
という、いつか誰もが小学生の時に聞いたような金言を、自分の信条とする、学校教師の倫子(つみきみほ)。
信じてきた理想像が崩れ去る様子を描いた、この物語は、一種、底意地が悪いとすら言えるほどに毒気をたっぷりと含んだ、ファミリー崩壊物語だ。
実は香典ドロの、“口からでまかせ”人生を送る兄(宮迫博之)と、嘘の大嫌いなマジメな妹(つみきみほ)、この正反対な二人の兄弟を一本の柱として、
父と母、この家族のエピソードがこれに絡んでくる。
見た目はマジメ一筋の、一昔前の日本男児的なオジサンである、父(平泉成)。だが本当は、仕事をクビになり、借金まみれで首が回らなくなっていた。
それから、寝たきりのお祖父ちゃん(笑福亭松之介)の世話を、日々嫌な顔せずこなす母親(大谷直子)。
だが実は、ある日、お祖父ちゃんの突然の発作を、シャワーの音で聞こえない振りをする、そして祖父はそのまま亡くなってしまう。
この葬式から、以降、崩壊の物語が徐々に加速してゆく。
家族の見た目の幸せが全て崩れ去り、それは幻想だったと知って後の展開がまた、一ひねりを加えたものとなっている。
嘘つきの兄がこの家族の危機を、口八丁で切り抜けるが、マジメ一筋の妹は、そうした崩壊の全て終わった後も、やはり嘘が許せないのだった。
時に家族は、こうした一人の堅物な人物の「正しい一言」によって、何かが覆い隠されてしまう。
世間の基盤となる、こうした、常識、生真面目さ。
そうした人物の取る行動は、時に不可解ですらある。
家族のためであれば嘘も必要な、その時期においてすら、誰のためか分からない、その人がこれまでそれを頼りに生きてきたところの、世間的な、正義とされているもの。これに頼り続ける。
西川美和の問いかけは、世間の価値観にメスを入れてくるのだ。
そして、ラストがまたこれだ。
存在していたのか、していなかったのか分からない、蛇イチゴの映像。
映像はそこにあって、存在しているのだけれど、よく考えるとおかしいのね、この映像は。
お兄ちゃんを倫子が山に置いてけぼりにして、家に帰ってから、この蛇イチゴの映像がそこだけ浮いたように映像に“ある”。
足元にあったり、家の畳だとか、実在するその他のものと同じように画にされたわけではなくて、周りが白く、妙な映像だったりする。それだけ、違う映し方をしているのだ。
これは、そこにあった、と考えるよりは、つまり、そこに実際にあるものではなくて、存在しているかしていないか疑わしい観念的なものを映像化したラストと考えるべきだと私は思う。
この映像は、実際にあったものか、なかったものか?
『ゆれる』と同じで、その人の心の中にしか存在しない、信じるものの形を表現している、と思う。
そしてこれまた、どちらを取るかは、その人に委ねられている。
おそらく、これを最後まで見た人は、疑問に思ったはず。
「一体これはナンだ?」と。
心憎いまでに、知的なテクニックを駆使してくる。西川美和。
『ゆれる』に比べたら、未熟に思えるけれども、このコアさは一貫している。
冒頭とラストの、バンド“カリフラワー”による、ファンキーな音楽が最高。
少々映画のテイストと違うのだけれども、このドラムを中心にした、跳ねるリズムのギターファンクは、めったやたらとカッコいい。
ギターは、イコライザーを使わない、アンプそのものから出した音で、これまたツボった。
冒頭の音楽、『マゴゴロの手料理』、ラスト『溺れる月』。
歌メロのリフの乗せ方でシビレさせられた。コアなファンク。
関連記事
-
-
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ
結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む
-
-
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義
80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む
-
-
『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む
-
-
『ジャクソン・ハイツ』 ワイズマン流“街と人”社会学研究
去年の東京国際映画祭でも評判の高かった、フレデリック・ワイズマンの3時...
記事を読む
-
-
『レッドタートル ある島の物語』 戻ってこないリアリティライン
心の繊細な部分にそっと触れるような、みずみずしさ。 この作品について語...
記事を読む
コメント(19件)
前の記事: #89.あるスキャンダルの覚え書き
次の記事: #91.ザ・シューター 極大射程
世の中のありとあらゆる悪事に比べたら、こんなの大した事ないんだからねぇ・・・〜西川 美和「蛇イチゴ」
こんにちは。
曇り空の木曜日です。
今日はDVDで観た映画について。
『 蛇イチゴ 』 ( ‘03年 日本 )
「 映画は自分が育った家庭そのものでは全然ないですが、両親の夫婦仲も良い方じゃなかったし、特に敏感な思春期の頃には、なんの幸せがあって一緒にいるんだろう…
この作品、今ちょうど予約中なんです!
なかなか借りられなくって。。。
「ゆれる」の世界に衝撃を受けましたが、
大注目の監督さんですね〜。
最近日本人監督さんの描く世界にも
ぐわっと揺さぶられることが増えてすごく嬉しいです。
これまたいいラスト!?
あー楽しみ♪
sum-vaさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
sum-vaさんも、結構、硬派なものがお好きなんですね!
嬉しいです☆
私も、実はずっと前からこの映画を見たくて、ずっと予約していたんですが、なかなか手に入らなかったのですよ。
やっぱり、『ゆれる』の効果で、見たいという人が、かなり多いのかもしれませんよね。
この映画、ちょっと伊丹十三の『お葬式』を思い出してしまいました。
なかなか変わったラストでしたよ。
見たら感想聞かせてくださ〜い♪楽しみです☆
『蛇イチゴ』
早川兄弟と一緒にゆれるその前に、明智家訪問。
いやー、痛快でした。物語は不幸なのになぜか痛快。だって、登場する人々の人物造形が完璧で、彼らの言動・挙動の一つ一つがリアルなんだもん。巻き起こる事件そのものはTVの2時間ドラマみたいに衝撃的にドラマチックなんだ…
こにちは。
私は『ゆれる』を観に行くちょっと前に観たのでした。
安直な泣ける映画・笑える映画があふれかえるにぽーんゆえ、
美和っちの斬り口にはヒザをうちました。痛快。
細かい部分は忘れたけれど、私はラストのヘビイチゴちゃんは
フツーに実在していると思って見ていたような・・・。兄はウワテだと。
なので、そういう見方があったとは知らなかったー
かえるさんへ
こんばんは☆コメントありがとうございました!
イヤ〜、一筋縄ではいかない、って感じが、すごく骨太ですよね、西川美和。
この作品自体の完成度は『ゆれる』に比べたら全然落ちるかもしれないけど、でも本当、将来性が楽しみですよね♪
ラストの蛇イチゴ・・変な映し方してませんでした?
「本当はあったかもしれない、あるいは、目にみえないけれども信じる何か」というか・・・
嘘とまこと、そうしたことを超えた存在のように描かれていた、というか。
言ってみれば、この映画の“テーマを分かりやすく映した表現”のように思えてしまったのですよ・・・。
蛇イチゴ
「ゆれる」で渓谷を見に行くのに対して、こちらは「蛇イチゴ」見に行くの…そういうの好きなんだな。
蛇イチゴposted with amazlet on 07.05.04バンダイビジュアル (2004/04/23)売り上げランキング: 5118おすすめ度の平均:
こんばんは♪
崩壊家族再生ものと言えば一も二もなく『ビジターQ』(笑)をオススメするわたくしですがこの美和っちデビュー作もなかなかに滋味深い良作でしたね
キャラ当ての配役に非凡なセンスを感じますわ
つか、デビュー作にしてこの完成度!で長編2作目が『ゆれる』ですからね〜
才能あるひとはまわりがほっとかないものですな…
『蛇イチゴ』ってタイトルは宮原晃一郎作の児童文学が元ネタかと思ってたんでラストは「そして蛇イチゴだけが残る…」オチなんだと解釈してましたわ
とらねこさまの解釈、深いですね
そか、観念オチって線もアリですね〜
>カリフラワーズ
『ゆれる』効果でもうちょい知名度あがるかと思てたけど美和っちだけがずいぶんと有名に(笑)
「うちへ帰ろう」とか名曲だと思うんすけどね〜
黒めの曲もなかなか!そそ、歌メロ乗せがなんだかトリッキーで癖になるんですよね(笑)
みさま
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
アハハ☆『ビジターQ』は、確かに“崩壊家族再生モノ”として、嫌と言うほど極みに到着してしまってますよね!なだらかなカーブを描いて、いつの間にか再生しているところも本当ビックリで!(笑)
とは言え、このコアな美和っちのデビュー作に、男前さを感じてしまう作品でした!
>宮原晃一郎
知らなかったので、調べてみたのですが、『児童文学体系』の中に入ってるんでしょうか?^^
今度図書館行ったら調べてみたいです♪
あ、そうか、あれは実存したのかなあ・・・
私、美和っちは、“崩壊家族”を再生させているかどうか、ちょっと疑問を残したラストが得意なのかな、って思ったんですよね。
『ゆれる』の方は再生してる可能性もありますが、こちらの方は家族の再生まで描き切っていないような・・?て思っちゃったんです。
>カリフラワーズ
あ☆『うちへ帰ろう』もカリフラワーズだったんですね!
ファンクばっかりの楽曲じゃないんだ〜♪音的には、『溺れる月』最高に好みでした。
めちゃカッケー!
>宮原晃一郎
唱歌「我は海の子」の作詞者ってのが一番通りが良いかも
「蛇いちご」は(↓)でタダ読みできますよん♪
http://www.aozora.gr.jp/index.html
ひとひとり消えてるのに村人淡々とし過ぎだから!(笑)
ココは太宰や竜之介とかも充実してるんで重宝してるんですよ
>“崩壊家族”を再生させているかどうか
なるほど、そっか!関係性が変わってしまうだけで確かに再生してるとは言えない微妙さで幕引きですよね…
明智兄妹も早川兄弟も…
て、美和っち、兄弟の関係性に何かトラウマでもあるんすかね〜、カインコンプレックス?(笑)
次作も兄弟相克ものなら「エデンの東」の住民に決定ですな(笑)
みさま私の専門じゃないですか!これは知らなかったです。グム〜
こんばんわん♪
青空文庫、早速読みました!ここ、すごく便利ですね。お気に入りに登録しました。
蛇イチゴというタイトルでこんな話があったのですね。神社そばに現れる蛇・・・ナヌっ
・・ですが、私の研究対象としたのは、特定の個人の作る話ではなくて、神話、昔話、そういった系の話で、グリム童話も古事記も柳田國男も入りますが、アンデルセンや日本書紀は入らないのです。聊斎志異も雨月物語も大好きなんだけどなあ★
美和っちは、兄弟葛藤好きですよね。カインコンプレックスですかね。
なるほど、『エデンの東』でジェームズ・ディーンが出ていたのに対して、『ゆれる』でオダジョーを宛てたのでしょうね。
美和っちって、実はもっと優秀な兄弟がいるのかな・・・
蛇イチゴ
{amazon}
雨上がり決死隊の宮迫主演の『蛇イチゴ』は、宮迫扮する放蕩息子が
平穏な家族に帰ってきた事により、まさにでたらめはちゃめちゃになる
映画である。放蕩息子は詐欺で、香典を巻き上げるなどでたらめな
生活を送っていた。彼は親に勘当
う〜ん、なるほどねぇ。
ラストの蛇イチゴの映像、
確かに浮いていましたものね。
どちらと取るか、ラストは観る人次第ってのは
いいですよね。好きなタイプだわ。
それにそのシーンの窓も、
ちゃんと伏線があったりして、うん。
こうゆうのはいいですよね。
蛇イチゴ
コチラの「蛇イチゴ」は、10年前に父親(平泉成)に「ドロボー」呼ばわりされ、家を出てそれきりになっていたいい加減で口八丁の兄の周治(宮迫博之)が図らずも家族と再会することになる様を、妹の倫子(つみきみほ)の目線で描いたシニカル・コメディです。
監督は….
miyuさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
いやー、miyuさんは本当良く毎日映画見てますね☆
これ、自分はなかなかレンタル中で借りられなかったのを覚えています。
最後、あのシーンがちょっと浮いているんですよね。
バックの映像が、それまでのシーンと明らかに違っていて。
自分の心の中にあるかもしれない、そんな蛇イチゴの姿でした☆
『蛇イチゴ』
渋谷の日、そしてシネマアンジェリカ2本目は未見の2003年作「蛇イチゴ」。「ゆれる」で一躍有名になった女性監督西川美和さんの作品。監督・脚本:西川美和 プロデュース:是枝裕和 出演:宮迫博之、つみきみほ、平泉成、大谷直子、手塚とおる、笑福亭松之助…
「蛇イチゴ」
家族が崩壊していく・・・でもやっぱり家族
蛇イチゴ
家がお終いになっちゃう前に、お兄ちゃんに出てってもらおうよ。
蛇イチゴ
家がお終いになっちゃう前に、お兄ちゃんに出てってもらおうよ。