※6.アフターダーク
作者/村上春樹
村上春樹は、間違いなく、別の高みに達した。
なんだかゾクゾクしてしまう。
やっぱ、スゲエ!
本の紹介にもあるように、「新しい小説世界に向かう、村上春樹」。
まず初めに、テイストが今までと、どこか違っているのに気づき、その後、これが何から来るのか、手探りしている私がいた。
ストーリー・・・
時計の針が深夜零時を指す、ほんの少し前、都会にあるファミレスで熱心に本を読んでいる女性がいた。フード付きパーカにブルージーンズという姿の彼女のもとに、ひとりの男性が近づいて声をかける。
そして、同じ時刻、ある視線が、もう一人の若い女性をじっと捉える・・・。
この世界のどこか知らないところで起こっている出来事のような、
小説でしか、村上春樹的世界でしか出会えないような、そんな出来事の話ではなく、ファミレスであったり、コンビにであったり、デリヘル、ラブホ・・・という、
今までの村上春樹の描く世界とは違う単語が、設定が、なされていることに、少々戸惑うファンは多いと思う。
そして、そんな、生々しい世界の中で、時間軸に沿って、物語が進行する。
12時になる少し前。
この世界の時計の針が、明日に向かうその瞬間から、物語は始まり、そして、時計の針の進む、時間の進むに従って、進行してゆく、リアルタイムストーリーなのである。
章ごとに、時計の針は、絵でもって描かれている。これは、意図あってのものだと私は思う。
『24』で、CMが流れるその瞬間に、時計の針が少しづつ進んでゆく、その画ズラを思い出すかのような、リアルタイム進行型小説・・・。
時刻は刻・一刻と、その時を刻み、夜中が深夜に、夜がしんしんと更けてゆくその中で、物語も深みに落ち込んでゆく、この心地よさ。
村上春樹は、時間性を、この小説にまず、盛り込みたかったようだ。
それがまず、一つ。
そしてもう一つ、これは、まるで映画的な世界を切り取ろうとする小説だった。
とある若い男が、とある若い女に出会う。そこで出会って話をする。
別の場所では、カメラが切り替わると、とある別の事件が起こる。
この事件はもう一つの話とは極めて異世界のように思う。
更に、今度は、場面が変わって、“ある視点”である、カメラそのものが小説に、なんと、登場するのだ。
私は、仰天した。
少なくとも、小説の中に、映画的にただその映像を映し出す、“カメラ”が登場したことなんて、あっただろうか?
とあるビデオカメラでモニターを映し出すかのような、視点・・・
そして、こちら側の世界から、夜中のとある時刻になると(3時くらい)、その視点から見える映像に、先ほどまであった人物が、突如存在しなくなる。
その代わりに、その情景のすぐそこにあるモニター、そこに、カメラの向こう側の世界、先ほどまで存在した映像が、映し出されるという・・・。
このテイスト、まるで、映画の中に、“インナービジョン”が現れ出てくる、『隠された記憶』のようじゃないか?
ハネケのこの作品が、2005年の製作で、村上春樹のこの小説が2004年出版なのだから、ハネケを出すのはおかしいのかもしれない。
だけど、そこにある、不気味な存在の、インナービジョン、という点において、その正体が明かされず、物事も終焉を特に迎えずに、オチが来るところ、この点では共通するように私は感じた。
なんだか、妙にゾクゾクした。・・・
私は、『隠された記憶』も、見てすぐの時は、まるで、映画マニアたちや、マニアぶりたい人たちに分かったようなことを言わせ、議論を戦わせるのを目的としたような、そんなタイプの映画のように思え、「その割に何が言いたいんだ?」なんて思っていた。
だが、時間が経つに従って、映画そのものの中へ、カメラが登場し、その向こう側に位置する、不気味な存在を感じさせるという、そのアイディアが、だんだんと面白く思えていた。
見えているはずのそのこちら側の映像、そこに、なぜか存在するもう一つの第三者の目線。それがこちら側へ表出されて来ない・・・これがなんだか妙に面白く感じ始めていた。
“だが、私達はある種の直感を通して、そこに何かがあることを感じ取っている。
何かがそこにいるのだ。それは存在の気配を消して、水面下に身を潜めている。”
(本文中より引用)
村上春樹のこの小説では、もう少し説明されている。
それは、現実の世界の向こう側に位置する、あちら側の世界。
二元論だ。
時間の割れ目、というものがあり、そこに捕らわれるとその深淵より向こう側へと移行してゆく。それはリアルのこの圧倒的現実世界の間にすら、存在する。
そんな黒い割れ目、昼と夜のように対照的で、男と女のように正反対で、だが、これとこれがあって、その世界は背を向き合っている、
そんな二元論だ。
その時間のはざまで、とある見知らぬ存在に捕らわれる男がいる。
とある携帯に電話がかかってくる。相手は分からず、この携帯の持ち主は逃亡したようだ。
この電話は向こう側世界からかかって来ている。まるで、ミヒャエル・エンデの『モモ』に出て来る、黒い服と黒い帽子をかぶった(確かそうだったよね?)、時間男のような存在だ。
持ち主は、きっと逃げられないだろう・・・
そんな不気味さを予感させ、だが、終わりは描かれないまま、どうなったか詳細は分からずに、小説は終わる。(うーん、映画的だ!)
“いずれにせよ一夜のうちにその部屋の中で起こった一連の奇妙な出来事は、もう完全に終結してしまったように思える。ひととおりの循環が成し遂げられ、異変は残らず回収され、困惑には覆いがかけられ、ものごとは元通りの状態に復したように見える。
私たちのまわりで原因と結果は手を結び、総合と解体は均衡を保っている。結局のところ、すべては手の届かない、深い裂け目のような場所で繰り広げられていたことなのだ。
真夜中から空が白むまでの間、そのような場所がどこかにこっそりと暗黒の入り口を開く。そこは私達の原理が何ひとつ効力を持たない場所だ。いつどこでその深淵が人を呑み込んでいくのか、いつどこで吐き出してくれるのか、誰にも予見することはできない。”
だが、終わる前に、闇は再び閉じられてもいる。
その円環に捕らわれる人も居れば、エリのように闇から抜け出したように思える人も居る。光が差込み、小説が終わるのが救いでもある。
2007/04/07 | 本
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コメント(18件)
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こんばんは♪
村上春樹は「海辺のカフカ」あたりから、意識的に解決されないまま残されるなぞ、っていうのが出てきましたよね。「アフターダーク」ではそれこそなにも解決されずにでも終わりは来ますね。そこがこの小説のかろうじて立っている崖っぷちなんだという気がしました。
あと、あんな遅くまでやっているスタバのある地域と行ったらかなり限られる(笑)
二元的世界の感じは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思いだしましたね。あれももう一度読んでみないと・・・
『アフターダーク』 胎動のささやかな予兆の物語
著者:村上春樹
書名:アフタ??ダーク
発行:講談社(文庫)
表現力度:★★★★☆
(永遠の)ノーベル賞候補、村上氏2004年の作品。
<デニーズの店内で夜を明かそうとしていた浅井マリ。そこに姉のエリの友人高橋が通りがかって声をかける。彼の知り合いのカオ…
TBありがとうございました。
単純な私にとっては、この終わり方はちょっと辛かったです。
確かに、>映画的 ではありますね。
アフターダーク 村上春樹
京都へ行き、京都から戻ってきた。その間に一冊の本を読んだ。村上春樹のアフターダー…
manimaniさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
manimaniさんも、この作品、読まれましたか!嬉しいです。
そうですよね、意識的未解決部分、次の展開をサラリと匂わせて終わるやり方をするんですよね☆
ふむふむ、そうですね、ここが“崖っぷち”。
嫌いな方は、この作品、全然ダメみたいですもんね。特に、ハルキファンに評判がメチャメチャ悪いみたいで、TBを探しにいろいろ読んだら、ビックリしてしまいましたよ。
あ、ちなみに、スタバじゃなくて、デニーズでした。二度目にマリと高橋が会ったのは、すかいらーくでしたが。
私は勝手に、千歳船橋なんじゃないか、なんて考えたりしました♪
『世界の終わりと〜』この作品、大好きでしたねえ!manimaniさんもお好きなのかしら?
嬉しいですね♪
bibiophageさんへ
初めまして、こんばんは♪
コメントご丁寧にありがとうございました!
あ、bibiophageさんは、このラスト、お嫌いでしたか。
私は、闇の連環が終わって、光の膨らみを増すラストは、クールだったな、なんて・・・。
でも、確かに、解決はしていませんでしたよね。
とらねこさま☆
私、仕事を休んで村上春樹読みふけったというファンで(笑)なんだか同好の士がいるとうれしいですね♪
で、スタバ、一回だけほんのちょっとでてくるんですよ。夜中にエスプレッソだかを飲んだ、みたいな記述が。スタバフリークな私はぐっとそこにひっかかった次第で・・・もう一回読んで確認してみます。
「村上春樹」の感想
「村上春樹(むらかみはるき)」著作品についての感想をトラックバックで募集しています。 *主な作品:ノルウェイの森、風の歌を聴け、羊をめぐる冒険、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド、ねじまき鳥クロニクル、海辺のカフカ、意味がなければスイングはない、東….
△「アフターダーク」 村上春樹 講談社 1470円 2004/9
”ああ、やっぱり!俺って最初からそうじゃないかと思っていたんだ!”というような自慢話は、結局中々相手にされず、フ??ン、って、ただそれだけで終わってしまうので、今から評者が自慢する話も、まあその程度で聞いて(読んで)くださいな。大体、そんな結果が出てしまっ…
アフターダーク (村上春樹)
既に『東京奇譚集』が刊行されましたが、今さらながら『アフターダーク』を読みました。
《作品について》
二十歳前後の一組の姉妹エリとマリが主役で、とある一夜(夜更け〜明け方までの7時間)の出来事が描かれていま??????
manimaniさんへ
こんばんは☆
そうですか、仕事を休んでハルキを読まれていたり、なさるのですか。
少し心配ですね・・・何せ、ハルキ本は、ひたすら感覚力のUPする、自分に向き合うための書物ですからね。
で、リアルからどんどん遠ざかってゆくのですよね
そこがとっても気持ちいいのですけど。
スタバ、今見たんですが、やっぱり見つからないです・・・。
「アフターダーク」 村上春樹
アフターダーク
村上 春樹
時計の針は深夜零時少し前を指している。章が変わるごとにアナログ時計の針は闇に深く分け入り、闇を貫いて始まりの時へと刻々と針を進めていく。
“真夜中から空が白むまでのあいだ、どこかでひっそりと深淵が口を開ける。”
深夜零時から明…
とらねこさま
たびたびのコメントですみません。
そうそう、リアルから遠ざかってしまうので、読んでいると仕事に行けなくなってしまうのですよ〜〜困ったもんです。
スタバは7章の、白川が妻と電話で会話するなかに出てきました。これは会話全体が嘘の場面なので、スタバの営業時間までは配慮できなかったという嘘のほころびの要素なのかなあとか思っていました。私のはハードカバー版なので、ことによると文庫版では改訂されているのかもしれませんね(笑)
ではでは
村上春樹【アフターダーク】
村上春樹がノーベル文学賞の候補に挙がっているらしい――と、しばらく前から言われている。
最近は「ノーベル文学賞の有力候補らしい」という話も聞こえてきて、とりあえず村上春樹作品は意識的に読んでおいたほうがいい
manimaniさんへ
こんばんは〜☆
イエイエ、そんな、謝らないで下さいまし。
私も、この話、誰もしてくれないので、manimaniさんがお話してくださり、とっても喜んでいるんです。
ところで、そうですね、村上春樹に手が出るのは、もしかしたら無意識に、リアルから遠ざかりたいのかもしれませんね。
そこが最初かもしれませんが、でもソコが心地良くて、ファンタアジェンから抜け出したくなくなってしまう気持ち・・・分かります。
私も、ソコはすごく・・心地いいです。
うーん、こんな話はなかなか出来ませんね。
これぞ、まさにPCならではというか。
manimaniさんが初めにおっしゃって下さったように、好みの合う人に出会えて本当に嬉しいです。
特に私にとっては、村上春樹というのがポイントなんですよね。
「村上春樹の本に出て来るような、こんな人が居たらいいのに」、なんて、・・・本当に私ってば、夢見がち
manimaniさんへ(つづき)
で、そうですね!今、7章読みました。
確かに、白川が、アリバイのために言うシーンで、スタバ、と言ってますね。
確かに、夜の11時過ぎに、スタバが開いてるなんて、あまりないことですよね。そもそも、スタバって、夜の11時過ぎまでやってるところなんて、ありましたっけ?
これって、確かに、嘘の供述がバレバレ、というシーンなんでしょうね。
アフターダーク 村上春樹
アフターダーク
■やぎっちょ書評
今年の後半になってはじめて村上春樹さんを読んでのですが、そして結構読んだのだけど、よく考えてみると全部80年代を中心時期に書かれていたものです。21世紀になってから書かれた本を読むのはこの本がはじめて。
全然違う感じがしまし….
vol.22「 アフターダーク 」村上 春樹
電源の切れたテレビ画面に現れる映像、その中の世界。
眠り続けるマリの姉、エリはその不可思議な世界の中ではっきりと描かれます。
ラストのほうで姉妹が一緒に眠る場面は、美しい。
…