#51.アルゼンチンババア
仲の良かった家族3人だったのに、母が死亡し、墓石の彫刻師だった父(役所広司)が行方をくらませてしまった。高校生のみつこ(堀北真希)はどうしたらいいか、困ってしまう。半年後、父は“アルゼンチンババア”(鈴木京香)という、町外れの洋館に住む、少し頭がおかしいとう噂の女性の家で、姿が発見された。・・・
父親をまともな世界に取り返すべく奮闘する、みつこが目にした屋敷の内部の光景は、温かな陽だまりのように気持ちよく、不思議にしあわせな空気が満ちていた。
悟は屋上で毎日こつこつと奇妙なものを制作しながら、少しずつ妻の死の痛手から回復しているようだった・・・。
緑の草萌ゆる風景の中で、洋館が佇む景色が素晴らしい。
遠くから見ると、まるで『ローズ・イン・タイドランド』の風景みたいで、どこかにありそうで、どこにもないような、そんな場所。
だけど、そこで不思議と心を落ち着かせることの出来るような、そんな場所だ。
そこで父親も、次第に自分を取り戻してゆく。
石でマンダラを描くことによって。
石でマンダラを描く、というのは、まるっきりユングの発想そのままだったりもする。
一度でもユングに触れたことのある人であれば、“マンダラ”を描くことによって、世界を描く、それは自己を取り戻す人の姿であるのは、有名な考え方だ。
この洋館も、ユングの有名な、「ボリンゲンの塔」にも似ている。
ユングは、母の死の二ヵ月後にこの塔の建築に携わり、石切場で、石の割り方を学び、れんが積み工のもとで、学校に通って技術の習得に努めた。
この父親は、墓石の彫刻を行う仕事についている人だったのに、自分のためでなく、いつも人のために墓石を彫っていた、ということになる。
そういった、人のために、彫ることが出来ても、自分の愛する者のためには出来なくなってしまう、彼の姿がそこにある。
そこでまず彼は、自分のため、自己を取り戻すために、自己の再生のために、マンダラを描くのだ。
世界の陽の当たり方というのも、少しづつ計算されている。
冒頭では、ずっと、周りの景色が、夜の闇に包まれている。
この洋館においても、包み込むような闇の中、ふわっと目に優しい、柔らかい、電燈の灯りが点る、屋上のシーンは、とても心和むものだ。
闇の暗さは、物語が進むにつれ、だんだんに薄闇になり、次第に、明るさを取り戻してゆく。
みつこの世界が、だんだんと明かりを取り戻してゆくかのようだ。
それは、“アルゼンチンババア”に接することによって、がっしりと抱きしめられ、存在をそのままに受け入れられることによって、みつこの心が明るさを取り戻してゆく姿と同じであったように思う。
でも、そうしたことが描きたい気持ちは分かるのだけれども、正直言って、この“アルゼンチンババア”役の鈴木京香が、綺麗すぎた!
“アルゼンチンババア”がお風呂に入らなくて、汚い姿、というのが、あまり伝わらなかった。
多少風変わりな化粧をしていても、とても綺麗に見えるだけだったし、・・・
髪も汚い設定、という割には、綺麗にセットしてある。少しジェルを部分的に付けて汚く見えようとしているだけだった。
家の内装も温かく、そこに居るだけで心地よいもの、という設定だったのだろうと思う。
だけど、ホコリ一つ、塵一つ落ちていないような感じで、いかにも小綺麗な内装では、どこか、嘘っぽい印象がしてしまうのだった。
そう考え出すと、この世界を包む、考慮された明かりの使い方も、どこにも無さそうな洋館の雰囲気も、全て、作り物のセットであるように思えてしまう。
いや、きっと、セットだったのだろうと思うのだけれど、どうも、そこに、リアリティのないそこに、この世界にはない心地の良さ、というものを感じることも、また逆に、出来なくなってしまった。
崩壊寸前な自己を取り戻す、という再生の物語は、基本的に、私は好きだ。
だけど、少し説得力を感じない物語だったのが、いかにももったいない気がした。
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コメント(35件)
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こんばんは! 体調、どうですか?
個人的には、結構好きなタイプの映画でした。
鈴木京香が綺麗過ぎるとか若すぎるとか、確かにそう思いましたけど、ストーリーと雰囲気と、どことなくユルイ感じと旧タイプの邦画の香りも少し香っていて、映画としては良心的な部類かな、と。
私も「断崖絶壁に追いつめられた人」が、どうにかして立ち直る、立ち直ろうとするお話は大好きです。それに、たとえ倫理に反するような言動があったとしても、こういう場合には許せてしまう。それって、きっと「傷ついた人」の気持ちを解りたいっていう自分の心のバランサーなんだって思うんです。私だって、この「お父さん」のような気持ちになることがあるかもしれない、そう思うので。
アルゼンチンババア(niftyの試写会にて)
くじ運も(他の運も)、決して良いとはいえないので、めったに応募しない試写会に気紛
感想/アルゼンチンババア(試写)
吉本ばなな原作(未読)。インパクトあるタイトルとは裏腹に瑞々しいファンタジーな『アルゼンチンババア』3月24日公開。大好きな母が死んだ。その日から父は失踪。半年後見つかった時、父は”アルゼンチンババア”と呼ばれる謎の女性の住む家にいた。みつこは父を取り戻しにい…
「アルゼンチンババア」
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映画「アルゼンチンババア」
映画「アルゼンチンババア」に関するトラックバックを募集しています。
あかん隊さんへ
こんばんは☆コメントありがとうございました。
体調は、もう大丈夫です。ありがとうございました。
あかん隊さんは、とても気に入られたようですねー☆
何よりです。
確かにこのユルイ空気は、“考える”より、“感じる”ものだったかなあ〜なんて思います。
だからこれが、理屈でなしに、あかん隊さんは気に入ってしまったのですね♪
>私だって、この「お父さん」のような気持ちになることがあるかもしれない、そう思うので。
そうですね、こういう気持ちになること・・・、きっと本当にその人の“危機”だったんじゃないか、ってなんて思います。
倫理感や道徳では考えられなくなってしまう、自分の“核”の危機をお父さんは、経験したのだと思います。
「アルゼンチンババア」レビュー
「アルゼンチンババア」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *出演:役所広司、鈴木京香、堀北真希、森下愛子、小林裕吉、手塚理美、田中直樹、きたろう、岸部一徳、他 *監督:長尾直樹 *原作:よしもとばなな 感想・評価・批評 等、レビューを含む記事・….
アルゼンチンババア
17歳の女子高生みつこは、病気で母を失ってしまうと同時に父もショックで失踪してしまい、独りぼっちになってしまう。それから半年後、アルバイトでなんとか生活していたみつこに父が見つかったという連絡が入る。彼が居た場所は、「アルゼンチンババア」と呼ばれる奇妙….
こんにちは!
アルゼンチンババアのお話だと思っていたら、実は親子の話だったのにはビックリしました。それでも鈴木京香の存在感は大きかったし、久しぶりに堀北真希が見られたので満足です(笑)。まぁ堀北真希だけで映画を評価する気はありませんが。
アルゼンチンババア
「アルゼンチンババア」製作:2006年、日本 112分 監督、脚本:長尾直樹 原
こんにちわ。TB&コメントありがとうございました。
うーん、本当、とらねこさんが感じたように、私も説得力が無さ過ぎて何を画がきたい作品なのか疑問符でしたよ。ダメダメではないんですけど、何とも中途半端な印象しか残らなかったので。多分、暫くしたら見た事を忘れてしまうと思います。何てったって、一杯見てるから。
京香さん素敵でしたよね。どこがババアじゃ!って感じ。と、同じように、役所さんもダメ親父にしては素敵すぎました。堀北真希ちゃんは魅力全開でしたがー
けなしたい訳ではないのですけど。公開前に見た私は、何を書いたらいいのか、かなり頭を抱えてしまったのであります。
「アルゼンチンババア」イベント&試写会
映画「アルゼンチンババア」の試写会に行ってきましたー!!
今回はイベント付き試写会ってことだったので、何があるのかと思ったら、映画が始まる前にアルゼンチンタンゴを見れました♪
ああゆうのができたら楽しいでしょうね〜…と、ダンス経験がないぼくは感心して見….
「アルゼンチンババア」試写会レビュー 生きることがおもしろいから
やはり、ちょっと「観たいな」なんて思って、ササっと劇場へ出向き、らく〜に観る映画はイイ映画。で、エンディングテーマを歌うタテタカコさんのライブもあるからもっとイイ映画(笑)イイ映画には、アルゼンチンババアという、良くわからないけど魅力ある婆さんがいた。
えめきんさんへ
こんばんは〜☆コメントTBありがとうございました!
そうですね、親子の絆の話でしたよね。
アルゼンチンババアのおかげで二人の関係が修復できるんですよね。
隣の評論家さんへ
こんばんは☆コメントありがとうございました。
そうなんですよねー。
ケナしたくはなくても、マイナス点がプラス点を上回ってしまう、って感じでしたね。
確かに、「見たことを忘れてしまいそうな映画」。
鈴木京香も綺麗すぎて罪でした。となひょうさんのおっしゃる通り、役所広司もカッコよすぎですしね。要するに、「綺麗に描こうとしすぎ」なんですよね。
観てる間中、みんなの頭に疑問がずーっと浮かんでしまうんであれば、それは、明らかに「配役ミス」でありますね。
映画「アルゼンチンババア」
原作:よしもとばなな「アルゼンチンババア」
主題歌を歌うタテタカコ(バップ)の「ワスレナグサ」が印象的・・二人の母親の不幸な死と父親の突然の失踪が描かれているのにファンタジーな幸せに浸れる・・
涌井みつこ(堀北真希)は、墓石を手彫りする石…
アルゼンチンババア 07071
アルゼンチンババア
2007年 長尾直樹 監督 よしもとばなな 原作堀北真希 役所広司 鈴木京香 森下愛子 小林裕吉 岸部一徳 きたろう 田中直樹 手塚理美
YAHOO JAPAN オンライン試写会 おうちで上映会ペパーミントの魔術師 Ageha さまのところで、教え….
『アルゼンチンババア』
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『アルゼンチンババア』
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・・・いや、意味は無い。何となく書いてみたかったから書いただけ。
因みにアルゼンチンバックブリーカーとはプロレスの技の名前でして、同じようなネーミングの技にカナディアンバックブリーカーというもの….
アルゼンチンババア
堀北真希の怪力、役所広司のコントロールのよさに驚いた。
アルゼンチンババア
本年度劇場観賞70本目です。
いやぁ、なんとも言いがたい感想を持たせる素敵な映画でした。お涙モノでも感動モノでもありません。松竹メジャー系とは思えない作りの映画です。
『アルゼンチンババア』
感動度[:ハート:] 2007/03/24公開 (公式サイト)
幻想度[:きのこグリーン:][:きのこグリーン:][:きのこグリーン:]
映像美[:かわいい:][:かわいい:][:かわいい:][:かわいい:]
満足度[:星:][:星:][:星:]
【監督】長尾直樹
【脚本】長尾直樹…
アルゼンチンババア-(映画:2007年45本目)-
監督:長尾直樹
出演:役所広司、鈴木京香、堀北真希、森下愛子、小林裕吉、手塚理美、田中直樹、きたろう、岸部一徳
評価:70点
公式サイト
(ネタバレあります)
何が起こるんだろう、これからいったいどうなるんだろう、と思っているうちに映画が終わってし….
アルゼンチンババア
よしもとばななの同名小説を映画化した作品です。
両親と幸せに生活していた女子高生のみつこですが、母が病死し、それと同時に父が失踪し、突然、独りになります。そして、半年後、父は、町外れの草原に建つ洋館にいることがつきとめられます。そこは、異国情緒を漂わせ…
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こんにちはTBお邪魔しました。
原作は読んでいませんが、なんとなく雰囲気は伝わってきました。死で始まり死で終わるのは吉本ばななのテーマですよね。
今回の役所広司は、ちょっと好きになれない存在でした。鈴木京香は、怪しい美しさを発揮していましたね。でも一番は堀北真希ちゃんの清楚でありながら逞しく生きる少女の姿でした。
ケントさんへ
こんばんは〜。お久しぶりです。コメントTB、ありがとうございます!
私も、これは、原作は未読でした。
吉本ばななは、初期の5作品くらいは、リアルタイムで読んでたんですが、ここ最近はあまり読んでなかったりします。
役所広司は、ダメオヤジ役をやっても、なんだかカッコ良く見えてしまいましたね。
『アルゼンチンババア』イベント付きプレミア試写会@中野サンプラザ
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[ アルゼンチンババア ]生命力が父娘の再生へと導く
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【2007-43】アルゼンチンババア
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そこで一緒に暮らしていたのは、
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三人家族の中心だった母が死に、
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アルゼンチンババア
アルゼンチンババア公開中ストーリー ☆☆☆☆映画の作り方☆☆☆☆総合評価 ☆☆
アルゼンチンババア
2007/03/24公開製作国:日本監督:長尾直樹原作:よしもとばなな 『アルゼンチンババア』(幻冬舎刊)出演:役所広司、堀北真希、鈴木京香、森下愛子、手塚理美高校生のみつこは両親との3人家族。ある日、その中心だった母が闘病の末に息を引き取る。墓石彫り職人の父・悟は…
『アルゼンチンババア』’07・日
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アルゼンチンババア DVD
一見変な映画でいて、綺麗事に見えてしまうという、わたしには一番合い難いタイプの映画でした。良く分かる良く分からないというより、変な設定の割りに説明的な感じで、映画の本質的な見せ方というところが既に砕けていて。
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