134.Lunacy ルナシー
私にとっては初のヤン・シュバンクマイエル監督作品だった。
そもそも、初めに自分でテーマを述べられてしまうと、それをどこをどう裏切るか、と期待してしまうのだが、あまりストレートにそのままだと、落胆してしまったりするのだがこれはいかがなものか、と思いつつ見ていった。
“これはホラーである”、エドガー・A・ポー、マルキ・ド・サドへのオマージュを堂々と語ったり、“この作品に芸術を期待してはいけない”との警告のような一言。・・・
“芸術は死に、商業主義的なものが生き残る”。このセリフにあるように、ホラーの持つチープな凡庸さ、それを目指した作品なのかもしれない、と思った。
常に新しい、人より一歩も二歩も先を行く人にとっては、もはや芸術のもどかしさよりも、一般に迎合した商業主義である、ホラーのチープなドギツさが、逆に羨ましかったりもするのかもしれない。
人に衝撃を容易に与える、ホラーの安易な過激さ。その方が今のこの監督にとっては心を捉えるものであり、
そう、高々と宣言することで、芸術の死を宣言し、且つホラーの悪趣味な凡庸さをそれと掲げることで、その対比性を謳っている、というのが、本来はこの作品の狙いとするところなのだろう。
それから、“精神病院における、管理者側に対する、観念的な挑戦”と冒頭で言っていたが。
このベースとなるストーリーは、もうすでに、キューブリックが『時計じかけのオレンジ』でしたことと、同じであって、そこから特に進歩や目新しさは感じないものだった。
マルキ・ド・サドそのもののような教義を実行して、アンチ宗教的な反骨精神を持った伯爵の儀式は、現代ではそれほどの衝撃は感じられず、むしろブラックジョークのように映るが、これは意図してのものなのだろう。
そして、何度も出てくる、音楽に合わせて楽しげに踊る人間の器官たち。尺取虫のような、這いつくばる舌は、映像で見るとなかなか楽しいと言える。
では、これらはどこから来たのか?
そして、どこへ向かうのか?
この器官の行進や狂騒的なダンスは、みな一様にどこかへ向かってゆく。
この館の舌を切り取られた小間使いが、内緒でカードゲームに耽るシーンがある。このカードゲームでは、ピカソをもじった絵の数々が出てくる。
ご存知、近代芸術の革命家にして功労者のピカソだ。ここでは、ピカソが“器官”それぞれの持つ魅力を表現しようとしたあの印象的なキュビズム、それを“切り取る”姿としてパロディにされている絵画のカードゲームで出て来ていた。
その絵の肌の色はピカソが描いた美しい肌の生々しさではなく、恐怖に彩られた青白い肌となっている。で、この絵のパロディでは、それら器官を鋏などで切り取る姿であったりする。
自分には、分かりやすすぎると言える、このストーリーそのものよりも、ここがとても面白く感じた。
近代芸術でみずみずしく描かれた器官が、現代においてはホラー映画でグッチョグッチョと切ったりされている。それを端的に表現しているようでもある。
心理学はここ10年で目まぐるしく発展した学問と言われているが、この時代にあって異常犯罪も激化していると言える。
そして、時代精神において、芸術よりむしろ異常犯罪がそのアート性を代弁していると言いたいのであれば、マルキ・ド・サドもしくはポーの世界観を如実に表現しているのはむしろ、世界中で起こっているその異常犯罪、言い換えればホラーな世界であると。
肉骨片たちは、まるで悪魔教に掲げられたかのような、あるいは生贄のような、牡牛の骨へとその身を納めていく。
そして、キリストの臓物からは肉が噴出して操り人形のダンスを繰り広げるのだ。
初めは、この分かりやすいストーリーがどうも陳腐に思えて、今一つ、と思った。だが、ホラーに関する断り書きの意図、これを考えると、そこには芸術が死んだ、ということに対するアンチテーゼとして持ち出されているように思えて、俄然面白く思えてきた。
2006/12/04 | 映画, :アート・哲学, :カルト・アバンギャルド
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ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史
ヤン・シュヴァンクマイエルの作品は、短編が多いということもあって、初期の作品から順番に日本公開されたというわけではないのですが、ここで、一度、シュヴァンクマイエル作品を頭の中で整理する意味も込めて、日本での公開史をまとめておきたいと思います。
必然的…
ルナシー(2005/チェコ/ヤン・シュヴァンクマイエル)
【シアター・イメージフォーラム@渋谷】
精神病院で母親を亡くし、悪夢にうなされるベルロ(パヴェル・リシュカ)。同じ宿に居合わせた侯爵(ヤン・トジースカ)は、そんなベルロを自分の城へと招待する。そこでは、完全な自由主義を唱える侯爵による禁断の儀式が繰り広…
ルナシー
「ルナシー」LUNACY/製作:2005年、チェコ 123分 R-15指定 監督
こんにちわ。
へっぽこ記事にコメントありがとうございました。
素晴らしい〜 ここまで書けるなんて羨ましい限りです。
この作品、ダメではないのですが、超ノリノリではなかったです。
ヤン・シュバンクマイエル監督の作品は全て見れていないのですが。短編集が面白かったですー。
好きだと言ってる人が多い『アリス』を見てみようかな。『オテサーネク』は、レンタル店で置いてなかったんですがー 劇場ではDVD発売してたな。あ、でも買ってないです。
ルナシー / LUNACY/ SILENI
11月に観たいリストに入れ忘れていた、チェコの鬼才監督
ヤンシュヴァンク・マイエルの最新作{/kaminari/}
シュヴァンクマイエルというと、シュルレアリスト。
彼ならではのその独特な映像世界が炸裂する作品は観るものを圧倒させるパワーがある。
『アリス』や『ファウス…
シュバンクマイエル監督の映画は、以前テレビで「悦楽共犯者」「ファウスト」を観て、面白く感じ、また観てみたいと思う作品ですね。
これにも興味をもっていますが、他の映画に行っちゃって、なかなか観られません…。困ったもんです。
ルナシー
【映画的カリスマ指数】★★★★☆
この世界に侵される・・・
隣の評論家さんへ
こんばんは♪
となひょうさんと同じように、私も・・・あんまりノリノリでない気持ちでしたよん。
思ったほど変態じゃなかったな、って、変態度もいまいち低いのがいけなかったように思ったりして
『アリス』『オテサーネク』、となひょうさんと、その下のボーBJジングルズさんが書いていただいた『悦楽共犯者』も要チェックですね♪
ボーBJジングルズさんへ
こんばんは♪コメントありがとうございます!
ボーさんも、この作品、鑑賞予定ではあるのですね。
さすがボーさんは、シュヴァンクマイエルご存知だったのですね。自分は初めてでしたよ。
今って、東京はシュヴァンクマイエルが次々にかけられてますよね。『キメラ的世界』なんかもやってるみたいですし。
自分は、古い作品の方を見たいな、って感じです、ボーさんが挙げられたような。
やー、知らないことがいっぱいです★
こんにちわ。
さっき、お知らせという記事にコメントいただきましたが、なぜか記事自体が消えてしまいました。せっかくコメントくださったのにすみません。
私、バカなので、とらねこさんのように深いとこまではよく分かりませんが。
個人的にはとても好きな作品です。
実写で直接的に描写できない部分を、アニメを用いて表現してしまうあたりは秀逸だと思いました。
あのアニメどもは、登場人物たちの思考や心のベクトルを表しているのかもとも感じました。
Lunacy ルナシー
お気に入り度 ★★★☆☆ こんな話 精神病院の職員に拘束されるという悪夢をみたジャン・ベルロは、暴れて宿の部屋を滅茶苦茶にしてしまった。居合わせた侯爵が代わりに弁償し、ジャン・ベルロを自分の城へと招待
Lunacy ルナシー
お気に入り度 ★★★☆☆ こんな話 精神病院の職員に拘束されるという悪夢をみたジャン・ベルロは、暴れて宿の部屋を滅茶苦茶にしてしまった。居合わせた侯爵が代わりに弁償し、ジャン・ベルロを自分の城へと招待
睦月さんへ
こんばんは♪
ライブドア、本当に調子が悪いですね、この数日間。
なんだかイライラしてしまいますね。
>私バカなので
いえいえ、睦月ングは、バカじゃないですよー、全然。
よく「自分はバカだ」って睦月さん言ってますけど、私は睦月さんをバカだと思ったことはないですからね!
私は、謙遜するのってあんまり好きじゃないですが、自分はバカでもいいやとは思います。
だから、どーした、ってむしろフンゾリ返ったりします。
で、あのアニメは、そうですね、思考やベクトル、そうかもしれませんね。
手作り感が感じられますよね。この時代にあって。
『Lunacy ルナシー』
悪夢慣れし過ぎたかな。
精神病院の拘束服を着せられる悪夢にうなされていたベルロは、公爵に導かれて・・・。LUNA SEA ぢゃないよ。
チェコの鬼才、ヤン・シュヴァイクマイエルの新作だっ。
ベルロ役はパヴェル・リシュカ。チェコの俳優さんのことなんてほとんど知ら…
こばはー。
シュバンクマイエルは大好きなんですが、ティム・バートンを好きっていう感覚と近い感じ。
ブラックなビジュアルありきなんです。
あんまりテーマなどを追究したことはありませんでしたー。
冒頭の監督の言葉が余計だったと私も感じてしまいました・・・。
長編では『アリス』、『ファウスト』が好きかな。
かえるさんへ
こんばんは〜☆
なるほど!“ティム・バートンを好き、っていうのと近い感覚”。
これって、すっごく分かりやすいです。
私にとっては、スコンと納得のいく表現でした。
ティム・バートンて、闇の方面に向かったファンタジーなテイストだったりして、感覚的に自分に近しい感じを覚えるキュートな感じと言いますか・・・。
確かにそれはビジュアルありきですね。
かえるさんのオススメの『アリス』と『ファウスト』見てみたいです!
ルナシー
ルナシー (2005) ヤン・シュヴァンクマイエル監督
チェコの鬼才、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の新作長編映画。
グロテスクも美。
シュヴァンクマイエル、劇場初体験。長編は観たことない、素人です。
グロは不得意なんですが、この監督のグロは大丈夫。
…
こんばんは、ごぶさたしております。
TB&コメントありがとうございました(^^)
>常に新しい、人より一歩も二歩も先を行く人にとっては、もはや芸術のもどかしさよりも、一般に迎合した商業主義である、ホラーのチープなドギツさが、逆に羨ましかったりもするのかもしれない。
ああ、この感じ、わかる気がします。
私は最近台湾のツァイ・ミンリャン監督にハマっているのですが、この”ホラー”を”AV”に変えて、ツァイ監督の「西瓜」を考えると、ほぼ同じ感覚な気がします。
つまり、えげつなさやあざとさが、芸術に勝ってしまうんじゃないかっていう不安感みたいなものですよね。敏感な人ほど、そういう壁を壊してみたくなるのかもしれないと思います。
私は、もっとただビジュアル世界にひたる感じのみで観てしまったのですが、色々掘り下げると面白いですね。
わかばさんへ
こんばんは♪
『西瓜』がそうなんですかー、表現としてのAV・・・。
エロを表現するのに芸術とギリギリのところ、っていう感じなんでしょうか。へえ〜。
なんだか興味沸きますね、そこら辺は。
で、この作品、ビジュアルに浸ってしまったのですね。
あとで見たらわかばさんの感想が聞きたいなー、なんて思います。
1/2
感心しながら読んでしまいました。
ちなみに俺は英語はカタコトです♪
俺はシュヴァンクマイエル好きなんで、
この映画も一応肯定したんですけど、
でもコレといい前作 『オテサーネク』 といい、
なんか最近の作品はやや説教臭いんですよね。
俺はシュヴァンクマイエルの何が好きかって、
テーマがないとこなんですよ。
テーマって“括り”を設けちゃうと、
それでもう自由じゃなくなるじゃないですか。
そこを壊すとこにこそこの作家の真価があるのに、
御大、歳を喰ったのかどーも最近・・・。
と、それを踏まえて 『悦楽共犯者』 を観れば、
とらねこさんのシュヴァンクマイエル観も、
きっと変わると俺は思うんだけどなぁ。
シュヴァンクマイエルのキメラ(幻想)的世界 『ルナシー』
“精神病院”が舞台の、“自由”をテーマにした映画―。
と聞いて思い出すのはアメリカン・ニュー・シネマの名作、
名匠ミロシュ・フォアマンの 『カッコーの巣の上で』(1975)。
そう、フォアマンもシュヴァンクマイエルと同じくチェコの映画作家だ。
ボクがチェコとい…
栗本東樹さんへ
こんばんは☆
そうですね、自分も『悦楽共犯者』見てみたいな、と思います!みんなの意見を聞いて、この監督をこの作品で評価するのは、早計だ、と分かりました。
>御大、歳を喰ったのかどーも最近・・
正直言いまして、自由を表現するのに、マルキ・ド・サド・・・それだけ考えると、どーにも年寄りに思えて仕方がありませんでした。
自分は、正直“テーマがない”ってのは好きじゃないかもしれません。
ただ何となくイカレてる、だからカッコいいって、よくわかりません。アホじゃないですか(笑)
「ルナシー」
文字色
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今年の1本目は「ルナシー」。最近は1年の初めに観る映画は、なるべく映画館で、と考えて実行している。
「ルナシー」というタイトルを聞いたときに思い出したのが、音楽のほうのグループだっ??\nFroI
やっとこさ感想書きました。
以前見た作品のイメージと比べてしまったのか、ちょっと物足りなかったですね。
まあ、自分が好きなように映画を作れて幸せな監督ではないかと思います。
ボーBJジングルズさんへ
おはようございます。コメント&TB,ありがとうございます。
そうですか、やはり、この作品は少し落ちるのですね。
勢いというのはあまり感じない作品でしたよね。
ルナシー:正気、狂気、そして自由
★監督:ヤン・シュヴァンクマイエル(2005年 チェコ作品) 名古屋シネマテークにて鑑賞。 ★あらす…
こんばんは、こちらにもトラックバックさせていただきました。
>芸術が死んだ、ということに対するアンチテーゼ
なるほど。もしかすると「芸術が死んだのなら、私がその芸術とやらをもう一度組み立て直してみようじゃないか」と作者は考えたのかも知れませんね。引用されていたピカソやドラクロワの絵を思い返すとそのように感じられます。
おっしゃるように、フィクションよりも現実に起こる犯罪のほうが、よりホラー的でアートなのかも知れません。だとすれば、そんな世界に住む私たちにとってこの映画のアート性がどれだけの意味を持つのか、私には測りかねるところであります。
TBありがとうございます。
それから、記事に即した丁寧なコメントも、本当にありがとうございます。
とても嬉しくなってしまいました。
>芸術を自分で立て直す
なるほど・・ピカソに自分のテーゼを重ね合わせてみる、そうした意図も感じ取れそうですね。
>フィクションよりも現実に起こる犯罪のほうが、よりホラー的でアートなのかも
現実の犯罪がホラー的なこの世界、というのは恐ろしいですね。
ちょっと思い出したのですが、乱歩が「少し前は犯罪にもスタイル性やらを感じることが出来た時代」と言うセリフがあったのですが、それを考えると、猟奇性ばかりが先行して、人間が本来感じ取る何かの“器官”が、ロボトミー手術的に失われたこの時代なのか・・・そんなことをもしやこの映画で内包していたような気がいたしました。
ルナシー
「自由」に基づいたグロテスク
★★★★☆
監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
原題:Lunacy
脚本:ヤン・シュヴァンクマイエル
製作年と国:2005/チェコ
鑑賞日:2009.3.17(レンタルDVD)
キャスト:パヴェル・リシュカ アンナ・ガイスレロヴァー ヤン・トシー…