※11.『薬指の標本』
作者/小川洋子
いつも映画より本の方が好きな私なのだけど(たぶん、自分の中で映像化する方が好きなんだと思う)、この作品は、映画を観て後に読んだ。
そしたら、この小説のもつ、一種独特な美しいテイストを、映画が十二分に表現していたことに、改めて気づかされた。
そして、映画を観終わった後より、映画の良いところに気づかされた。監督のこの作品への解釈も、とても面白いものだったと、理解するに到った。・・・
(映画『薬指の標本』の方に、内容については詳しく書きましたので、こちらを合わせて読んでくださると有難いです。)
以下、強烈にネタバレの感想:::::::::
ディアーヌ・ベルトラン監督が、この映画にした改変は、1つに、ルームシェアした男の存在。この男は、たった二人だけのこの閉じられた空間に、別に位置して、彼女と関わりあうかもしれなかった、そんな存在だったのだが、結局、この男とはスレ違うまま。
原作に出て来ないこの男の存在があることによって、彼女は、他の可能性があったにも関わらず、標本技師との、次の段階へと自分から歩みを進めていったのだ、ということが強調されて、良いサイドラインだったと思う。
生命の危険を感じさせる、標本技師との閉じられた空間。それを、彼女は自ら選んでいったのだ。
そして、次に、脱がれた靴。
これも、原作で主人公が選び、突き進んでいった、分かりやすい部分に、一種謎を投げかけるラストになっていて、とても興味深い。
靴を脱いだ、では、足は自由になることが出来たのか?靴は原作では脱がないのだ。その先の光こぼれる部屋、という演出も良かった。
また、映画で背景になっている、主人公の住む湖のほとり。ここから川の向こうへ行くと、彼女の働くところで、森の中のように森閑としてヒッソリとしたイメージの、古い洋館のアートワークも素敵だ。
まるで無意識に位置するかのように、“川”を越えて先に位置する場面設定が良い。この向こう側において、彼女と標本技師とが、廃墟のような閉じられた空間を過ごす、と言えるからだ。
とは言え、標本化されたキノコに特別な意味があることについては、映画では描かれていなかった。
二度現れる、標本の希望者で、火傷のある女性。火事で両親と兄弟1人を亡くし、火事跡に生えてきたキノコを、何か意味があるかのように標本化する、というエピソードが原作にあった。これは、加えてた方が良かったように思う。この女性が、自分の火傷を標本化する、というエピソードに深みを加えることになるはずなのだが。
主人公の心の動きも、映画でのイリスには、あまりその心情が読みづらくなっていて、その点残念ではある。
「楽譜を標本にするでなく、音を保管したい」と言われ、驚く主人公や、
靴を脱がされて足を触られ、戸惑う主人公。これらは、淡々と進むでなく、演技で観たかった部分であり、それがないと映画の印象もボヤけるように感じた。
スーパーモデルだから、演技が上手でなくても仕方が無いけど。ちょい残念。
でも、オルガは文句なく美しくはあった。
そして、一番不思議に感じたのは、壊れかけたマンションを改築した設定で、原作と違うのは、ここが以前女子寮であったということと、今生きている老婆たちが若い頃を、標本技師が知っているということ。
標本技師のその時の年齢というのを映画で明確にしていないので、子供であったか、大人であったか、今と同じくらいなのか、それすら分からない。
なので、もしこの当時から標本技師がこの仕事をしていたのであれば、標本技師は全く年を取らない、ということになってしまう。
だが、この標本技師が同じ年齢だったとも明確ではないので、そこら辺はわざとボカしているのかもしれない。
それから、この古ぼけた廃屋のマンション内をうろうろとする、よく分からない子供の存在。この子供は、途中で良く現れるのであるが、どこに住んでいるかは描かれていない。ただ、時折、とても大事なシーンでこの子供が見え隠れするだけだ。
なので、もしかしたら、この子供は、生きてすらいないのかもしれない、・・・幻想なのか、はたまた幽霊なのか。
こんな風に、原作には全く描かれていないちょっとしたトリックを、このディアーヌ・ベルトラン監督は用いている。そこが、面白いと思う。
何か不可解なものを提示して、腑に落ちない何かを付け加える・・・
これを、良く分からない、と片付けてしまう人の気持ちは良く分かる。
だが、この文章の持つ、一方での向こう側への希求・・・というものがある。
この辺り、完全ネタバレになりますが・・・
“囚われ”の感覚、・・・靴が皮膚に侵食すると、この男と離れられなくなるという運命。
薬指を標本にするために、自分でラベル作成をしてはいるが、標本にされる薬指でなく、“彼女そのもの”は、地下室に降りた後どうなってしまうのか、という疑問が持ち上がるのだ。
それを考えると、この映画のタイトルが恐ろしいものに感じてくるのだ。ここが、この作品の醍醐味だった。
そこら辺は原作ではストレートに、地下室へ自分から降りてゆくのだが、映画では、靴磨きの老人が言ったように、靴を脱ぐことにより、自分をそこから“解放”出来ている、ということになる。
なので、この女性は、大丈夫なのかもしれない。
薬指を標本にしただけで、この後“他の女性と同じようにいなくなる”ということは、ないのかもしれない、・・・という希望的観測が持ち上がる。
原作と違うように、ここら辺を曖昧に描いているところが、大変素晴らしい出来であるように思う。
小説を読んでみたら、この監督の付け加えたいくつかの手腕が、大変面白く感じられた。これは、この原作者も、この原作のファンも、おそらく納得するであろう、上質の演出だった。
大変に満足!
2006/10/11 | 本
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コメント(16件)
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こんにちはー。
おお、原作を読まれたのですね。
なんかとっても読みたくなりましたよ。
違った点を知ってより理解するって感じか。
やっぱり本を読む前に観たのが良かったのではないかな。
そうそう、あの男の子とっても不思議な感覚で捉えて観てました。何かの抽象的な表現かなと思っていたので、原作はどうなのか気になってました。
それと青年も。
男…が何かキーなの?なんてちょっと深読みしてたりなんかして。笑
映画 薬指の標本
映画『 薬指の標本 』 渋谷ユーロスペース どこまでが原作なのか既に忘れてるのに、この映画が描く世界観はまさに小川洋子さんの世界でした。 ↓ユーロスペース2の入口です↓ しかも、これ以上ないほどフィットしていました。 よくよく考えてみると、小川洋子さ….
こんばんわっ。
先日はコメントありがとうございました。^_^
私原作は未読なんですが、
映画と色々違う部分があるんですねー。
原作は短編でしたっけ?すぐに読めそうですので、
私も近々チャレンジしてみたいと思います。
この映画は雰囲気がすごくいいと思いました。♪
薬指の標本
「薬指の標本」を見る。 タイトルだけ聞くとなんだかホラーちっくだけど、 全然ホラーではありませんぞ。 とても美しい映画でした。 STORY:炭酸飲料工場で働いていた際に薬指の先を 切り落としてしまった21歳の少女イリス(オルガ・キュリレンコ)は、 この事故をきっかけ….
charlotteさんへ
こんばんは!
コメントありがとうございます!
そうですね、この映画の手法で、不思議な雰囲気を醸し出している部分を、原作と比べてみることにより、この映画の演出がより素晴らしいものに感じることが」できて、とっても満足しました♪
面白かったですよ。
原作では、割とシンプルでした。
なので、この監督の解釈だったんですよねー。
私、こうして、好きな映画を本で読むのが大好きなんです♪映画をより深く味わうことが出来て・・・
chocolateさんへ
こんばんは!
そうですよね、不思議で異世界のこの映画の感じは、原作に対するこの監督の、深い洞察力による解釈でした・・・
とても賢い、芸術的な手法だったと思います!
そうなんですよ、この本、とても短いものですので、すぐ読めるかと思います。
手元にあったのですが、なかなか読まずにいました。
映画見たら、一気に読む気になって、速攻読んでしまいました。オススメですよー★
ところで、禁煙のところにもコメントありがとうごじざいました。私もまた遊びに行かせて頂きますっ!
「薬指の標本」見てきました。
博士の愛した数式でおなじみの小川洋子さん原作の薬指の標本見てきました。
友達から紹介された時は、名前からしてホラーかサスペンスかと思ったのですが、小川洋子さん原作だから、そういう映画じゃないとは思いつつも。。。
「薬指の標本」
公式サイト
ユーロスペース、公開5日目初回です。
シアター2(145席)、20分前に着いて8番目。
入場者数は、2-3割程度でした。
今日の昼飯:「Yum! Chai」 Yum-3 680円 ホットコーヒー 100円
「Yum! Chai」 兀y
映画『薬指の標本』
映画『薬指の標本』を見てきました。
あまりにも美しい… 映画『薬指の標本』&オルガ・キュリレンコ
この映画に関しては、フランスの監督が日本の作家・小川洋子の同名小説を映画化したものというくらいの認識しかなくて、さほど期待してなかったんですが、思いがけずよかったですね、映画『薬指の標本』。小川洋子って、『博士の愛した数式』しか私は読んでいなかったんで…
「薬指の標本」:晴海三丁目バス停付近の会話
{/kaeru_en4/}しゃれたドラッグストアだな。
{/hiyo_en2/}ここにならあるかしら、薬指につける薬。
{/kaeru_en4/}けがでもしたのか?
{/hiyo_en2/}ちょっと料理しててね。
{/kaeru_en4/}へえ、お前でも料理すること、あるんだ。「平成の常識・やってTRY!」娘みたいな腕…
TBとコメント有難うございました。
私も監督の女子寮の設定、うまいなぁと感心した一人です。2人が結ばれてなお「寄り添わない」感じ、非現実的なエロスとでも言いましょうか、それが「昔いた女子生徒」と映像でオーバーラップされ、美しいイメージになっていました。
小説世界には必要なかった「そちら方面」の情感をたっぷりと盛り込みながら(^_^;)なお「隔たり」は保つ、うまい方法だなぁと感心した次第です。
contessaさんへ
こんばんは♪
そうですね、非現実的なエロス。
まさにその通りだと思います!
昔いた女子寮の生徒だとか、不思議な感覚を漂わせていましたね。
でも、説明しすぎないところがいいように思われたりして。
そういうものを、なんとなく感覚で受け止める作品でしたね♪
「薬指の標本」小説の雰囲気出てました☆
小川洋子さんの小説「薬指の標本」をフランスで映画化した作品。
この小説は、私の特にお気に入りの作品ということもあって、映画版と比較しながら、とても楽しく見れました。
全体的なムードは、小説のイメージを壊さずに??inI
とらねこさん、こんにちは☆
GWいかがお過ごしですか?^^
この映画やっと見ることができました。
私はとらねこさんと逆で、小説⇒映画という順番でした。
普段小説から先に読んで、後から映像版を見る時、不満たらたらになってしまうことが多いのですが、この作品は、映像版なかなか良く出来上がっていたな〜って思いました。
映画と小説と違う部分、色々ありましたが、そういう部分も楽しめました♪
latifaさんへ
こんばんは☆コメントTBありがとうございました。
そうですか、latifaさんは、先に小説の方をお読みになったのですね。
latifaさん、私ね、こうして、小説と映画を、異なる表現媒体として、違いを比べて見るのが大好きなんですよ。
この監督は、ここを強調して、ここをこんな風に映画へと対応した、とか、
そんなことを考えるのって、大好きです。
なんだか、小説と比べることで、また映画を堪能できるんですよね☆