94.奇々怪々 俺は誰だ?!
邦画史上に残る最高傑作のコメディ
★★★★★★★★★★
’69年、坪島孝監督作品。
誰も知らなくたって・・・私はこの作品を、絶対忘れない!!!
ストーリー・・・
その日は、鈴木太郎さん(谷啓)の、いつも通りの平凡な一日、のはずだった。
小言の多い妻(横山道代)に無気力に耳栓を塞ぎ、生返事でその場をしのいで、会社へと通常通り向かう。
だが、会社に行ってみたら、全く平凡とはかけ離れた出来事が。
自分が“鈴木太郎”ではなく、誰か別人が“鈴木太郎”(鈴木太郎A:犬塚弘)だったのだ。
鈴木太郎の働く会社の同僚も、役員も、労働組合の組合部長も、誰一人自分を知らないのだ。
と、言う訳で、精神病院に入れられてしまう。
そこで知ったことは、自分は“太郎”ではなく精神病院に入れられた“次郎”だった・・・?!
線路に横たわって自殺を図ろうとすると、隣に見知らぬ女性がやはり自殺を図ろうとしていた。女性の自殺を押しとどめ、自分が誰だか分からぬまま、打ち解け合う二人。
だが、その後知ったことは、自分は実は次郎の振りをさせられていた、殺し屋の三郎だった。・・・?!
このストーリー。
聞いててなんだか良く分かりませんよね。
自分も言っててよく分かりません(笑)
いやいや、これが、実に素晴らしい内容なのです。
コメディとして、とても良く出来た作品。とっても奇妙でアイディアが実に斬新で、ただこれが笑えるというだけでなく、きちんとした言いたいことも持っているために、このコメディの価値が非常に高いものとなっているのです。
内容的にはよく分からない世界でありながら、ただ面白可笑しく笑えるだけではなくて、テーマとして扱っているものは、“アイデンティティの喪失”だとか、本当に自分らしく生きることであるとか、“名前”というものの実体の無さだとか。・・・
“名は体を表わす”なんて言いますが、自分らしく生きないうちに、自分を無くした人の話である、という。・・・そう言っては平凡過ぎて、当たり前過ぎるでしょうか?この映画はいやいやその逆説であって、名前がないから“個”という自分すらなくなってしまう、という??
で、それがなんとも奇妙に、次から次へと様々不可解なことが起こり、“四郎”が出て来た時に、主人公は欲をかき、自分らしからぬ“個”に変わって行ったところから、少し話が変わってくるのです。
だが、“四郎”は本来、太郎が太郎だった時から、会社の跡を継ぐ息子、として名前が挙がって来ていた、最初から存在していたのですよ。行き当たりバッタリでない、大変優れた脚本です。ここが特に自分は気にいりました。
そして、何と言っても、このなんとも不可思議な脚本でありながら、底抜けに面白い、心から笑えるストーリーにスッポリ包まれているのです。なので、深く考えなくても楽しめる。腹抱えて笑える。
随所随所に含まれる、コメディテイストが、本当に堪能出来る優れたものです!
摩訶不思議で、「訳が分からん!」と、言われてしまいそうなこのお話を、なんとも上手に演出しているところが、また、とっても気に入りました。
実に、画像処理に無駄が全然ない!
ストーリーを軽妙に進めるように、一枚の画の中に、必要不可分だけの情報量が、詰め込まれているシーンがいくつかあり、あれは本当に舌を巻きました。
コメディらしさを堪能できるカメラも、本当に最高!
そういう上手なところがまた、たっくさんあるのです。アクションシーンなんかも、大変面白く撮れています。
この監督は、本当に凄い!!!!
谷啓も本当に凄いコメディ俳優だったのですね。
東北出身(たぶん、岩手)の、純真無垢なヒロイン役(百合子)を演じた吉田日出子も、すごくかわいくていい女優さん♪
牛印乳業の、牛乳がとにかく飛び散ったり、殺し屋が牛乳アレルギーだったり、牛が出てきたり・・・この“牛乳”っていうネタだけでかなり笑えるのは、なぜでしょう♪
ネタバレは避けますが・・・ラストも、また、とにかく素晴らしい!
コメディという、笑えるだけで価値があるものに、プラス、別に芸術表現として象徴されているものがある。これはとてつもなく凄いことだと思う。
昨日の記事の『マタンゴ』もそうなのですが、映画は本当に、こうあって欲しい!と思いますし、こうあってくれると、本当に最高だ!・・・と、思います。
2006/09/23 | 映画, :とらねこ’s favorite, :カルト・アバンギャルド
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コメント(3件)
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坪島孝監督はクレイジーキャッツの映画が多く知られていますが「国際秘密警察 火薬の樽」や「 ルパン三世 念力珍作戦」等も忘れられません。
「クレクレタコラ」の監督でもありますし。
谷啓主演作品では「クレージーだよ奇想天外」が大傑作ですが自分ははこの「奇々怪々 俺は誰だ?! 」も好きですねェ
arudenteな米さまへ
こんばんは!コメントありがとうございます。
『ルパン3世 念力珍作戦』は田中邦衛が次元で目黒勇樹がルパンの映画でしたっけ?
伊東四朗の銭型が良かったで〜す♪
でも、いろいろいい作品を撮っている監督なのですね。
教えてくださり、ありがとうございます♪
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