※3.『ぼっけえ、きょうてえ』
作者/岩井志麻子
“己、自ら地獄行きを選んだ、女”
第六回日本ホラー小説大賞と、山本周五郎賞を受賞。その他、『岡山女』が直木賞ノミネート・・・そして今年’06年に、映画『インプリント ぼっけえ、きょうてえ』が公開された。
映画の感想は、コチラで挙げたので、今日は、本の方の感想など。
※この先、映画『インプリント ぼっけえ、きょうてえ』に関する、重大なネタバレを含んでいます。 映画や本を鑑賞予定のある方は、観た、読んだ後にお読みください。
先ほど挙げた山本周五郎賞受賞等、ジャンルを超えた受賞であるので、この作者の才能は、ホラーという“キワモノ”ジャンルのみならず、正規の文壇レベルにまで評価がされているのだ、
・・・と、スティーブン・キングファンの私には、大変に感慨深い(処女作『キャリー』は文学的佳作だと思うし、『恐怖の四季』のうち、3作品が映画化され、うち2作品が大ヒット―『スタンド・バイ・ミー』、『ショーシャンクの空に{←塀の中のリタ・ヘイワース}』)
スティーブン・キングがどれだけ売れようとも、ベストセラー作家の位置にとどまり続けるのに、岩井はそれをあっさり乗り超えた・・・それがまた私には、痛快でならないのだ。
まず、岩井は、とにもかくにも、怖い話を書いてやろう、聞かせてやろう、としたんじゃないだろうか。
“・・・それ教えたら、旦那さんほんまに、よう寝られんようになる”。
この、才能に満ち、野心溢れる岩井が、本当に“きょうてえもの”として挙げたのが、人間、とりわけ女―どこまでも業の深い・・・女という生き物であった。
語り手の女郎は、話をする度、内容が少しづつ変わってゆく。何か、言ってないことがあるのではないか、もっと本当の事が聞きたい、と、“話の浅い層”からどんどん、深い層へと、だんだん、だんだん降りてゆき・・・深みにハマってゆく。
急激に怖い内容、衝撃的な内容を、いきなりバーン!と聞かせても、正直、その恐怖はたんなる衝撃であり、一瞬しか続かない。恐怖という感情の1状態ではなく、霧が次第に濃くなってゆき、暗雲立ち込め次第に闇が濃く、深くなってゆく・・・恐怖そのものに取り巻かれてゆく。
そんな、恐怖という“1形態”を造りださんとしている。
そして岩井は、地獄そのものを描かんとしたのだろうか。地獄はどこにあるか・・・そこへ連れてゆく手段として、日本語の、とりわけ“岡山弁”という、岡山以外の者にはちょっと耳慣れない言語でもって、連れて逝かれる・・・その先には、現代ではなく明治時代の日本を、何か秘境のように感じさせる、現代の我々が気付かなかった、思いも寄らないような、未分化の、原初の日本の姿・・・。
そんな物が突如として現われるのだ。
舞台は、岡山市がえらく都会に感じられる、中国山脈の北の端。(なのです、小説では。)
通り名は、強訴谷に、日照り村。
人口はものすごく少ない貧村なのに、考えられないほど貧しくて、“間引き”をしなければいけないほどだ。
間引きとは、人工中絶のことであるが、医者がこの村にいないので、医者が行うわけではなく、“産婆”が行う・・・主人公、女郎(名前がないので“女郎”と呼ばせていただきますが)の母親は、そんな“産婆”の“堕胎専門”といったところ。もちろん、そんな商売が人に好かれる訳はなく、この女郎の家は、貧村の中でもとりわけ貧しく、人に嫌われていて、この“間引き”を専門としているのであった。
母親は“子潰し婆”、“子刺し婆”と呼ばれている。女郎は子供の頃からその手伝いだ。
この物語の中で、最も陰惨で衝撃的な内容だったのが、この“間引き”である。
人口の少ない、貧しい農村で、飢饉や究極の飢餓のため、生まれてくる赤ん坊を葬り去らなければいけない・・・。そのような事が昔の日本で平気で行われていた、ということにただ呆然とする。
何か“フタをしなければいけない事実”のような、禁忌の領域。
その原始的なやり方もまた、衝撃的だ。・・・
母親が飢饉のさなかで“商売が忙しく”、自分自身の妊娠に気づかず、臨月を向かえ、望まれず生まれたこの主人公。
母親が殺そうとし、川の中に放置したが死なず、流れる川の浅瀬で、水子の死体の指をしゃぶって生きていたとか・・・
この女郎の顔がまた、世にも恐ろしい。顔の左半分が、吊り上げられている(映画とは逆だ)。
この顔の左半分には秘密があり・・・
双子の姉が、体のない状態で生まれ、人面痣のように女郎の頭の中で隠れている。そして本能そのままに、主人公をそそのかす、主人公の分身のような存在でありながら、同時に制御不可能な潜在意識・・・フロイトで言えば“es(あるいはid)”・・・「千と千尋の神隠し」で言えば“カオナシ”のような、本能で暴走する、原初の存在。
これはいったい、何者か・・・私は、この女郎の中にある、もっと拡げて言えば人間全体のもっとも悪魔的なものであったと思う。
女郎小屋にいる、別の女郎、小桃と言う存在。
女郎をしながらも、綺麗な心を持ち続け、この世の美しさを信じ、あの世では極楽に行くことを願っている(またまたうるさくて申し訳ありませんが、映画では“天国”。宗教違うからね)。また、主人公の女郎とも、分け隔てなく喋る。
“姉”が猛烈に暴れ、女郎部屋の女将の指輪を盗むが、それを疑われて、小桃は拷問にかけられてしまう。
この拷問も、映画・三池版、ギニーピッグ状態のそれとは内容が違う。
小説では、“丸裸にして、手拭いを口に噛ませ、梁で吊るされて松葉で燻される”。
この小説が、決してこの拷問ばかりを強調するものではないことが、分かってもらえるだろうか?
しかし小説と映画で同じなのは、指輪そのものを盗んだのが姉のしわざであっても、小桃のせいに仕立てたのが女郎その人であったと言うこと。
そしてその理由も・・・
この女郎が、唯一自分と仲良くしてくれた、女郎が指輪を盗んだことに気づきながらも、女郎の罪まで被ってくれた、この小桃を、自害に見せかけて殺した理由。・・・
“どこまでも罪深い、呪われながら生まれた自分と、仲がいいと、閻魔様が知ったら、極楽には行けないので”
“誰からも可哀想だと、同情心を抱かせる女を、閻魔様が地獄に行かせる訳がない。”
“だから自分は、小桃を好きだと思ってはいけないのだ”
“これが、お互いの望みをかなえる方法だ”
この内容は、普通に考えたら、おかしな理屈で、マトモとはかんがえられないかもしれないが。
でも、
“次にはもう、あたしは、嫌じゃな。
もう、生まれて来とう、ないで。”
・・・こんな風に思う、女郎の、呪われた生を考えたら。
“自分から、地獄に行くことを、閻魔さまが決めんでも、自分で決めた。”
“自分からは、何一つ決めることが出来なかった自分の、ただ一つの決断”
それが小桃を極楽に行かせてやることであり、自分は地獄に行くこと。
それだけは、信じてあげれる気がする。
では何故、女郎に、名前がないか。
それは、女全体のこ
2006/06/23 | 本
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コメント(16件)
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女郎の一人称の視点だった原作を、お客の視点に置き換えた映画の脚色は、面白いと思いました。
間引き、といえば、民俗学者の柳田国夫が訪れたある村では、どの家を訪れても全ての子供が男女一人ずつだったそうです。
そこまでいくと、貧しいからとか関係なく間引きがされていたわけで、それはそれで、きょうてえことですな(笑)。
にらさま
わざわざこちらにもコメントありがとうございましたー♪
おやっ、今回真面目なコメントですね★
柳田國男!!ご存知ですか!私は1冊しか読んだことないのですが、読まれるんですか。ほおお。
間引きってそんなにしょちゅう行われていた村があったんですね。
どの家の子もだなんて・・・それは壮絶な話ですね。人口を減らすための作戦だったわけですよね。
すごい。むちゃくちゃだ。・・・きょうてえことですね。
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とらねこさん、こんにちは!
この本、先日古本屋さんで300円で買いました!!
安くないですか〜?!どう見ても新品ぽかったので、何か秘密はないかと疑ったのですが、ピッカピカでした。
読むまで、とらねこさんの記事を読むのは我慢します(笑)
いつ読み終わるかわかりませんが、読了後にお邪魔しますね〜
由香さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます!
おおー☆由香さんも、とうとうこのディープな世界に足を踏み出されましたか!
結構、ズドーンと来るものがありますよぉ♪
300円は安かったですね
由香さんが読み終わるのを、楽しみにしております!
本人は、とても若く見える、綺麗な人なんですよ
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やっと感想をupしました。
と言っても、私の感想は4篇の紹介だけで、とっても簡単なので恥ずかしいなぁ。。。
だって、とらねこさんの感想が深い!!!
深くて深くてじっくりと読ませて頂きました。
私は、自分が単純バカなので、とらねこさんの物の見方が大好きですし、憧れています。
『トゥモローワールド』や『パプリカ』などの記事を読んだ時も、とらねこさんの感想で、その作品に魅力を感じて、どうしても作品に触れてみたくなったんですもの。。。ああ〜私、とらねこさんに感謝しています。
えっと〜何だか訳の分からない事を言ってゴメンナサイ・汗
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私はストーリーはモロ無視して、歌やパフォーマンスだけで楽しみました。あくまでも単純でゴメンナサイ!
由香さんへ
こんばんは〜☆コメント&TB,ありがとうございました!
それから、優しいコメントも、ありがとう・・・。
由香さんたら、私の方が年下なのに、そんなに腰を低くしていただいて・・・なんだか、かえって申し訳ないですよ〜(泣)
それに、由香さんは全然単純バカなんかじゃないですし。
たくさん本を読んでいらっしゃって、すごくUPも早くてすごいなーと思います。
私は最近、ついつい映画ばっかりになってしまって。
そういえば、由香さんが初めてコメント書いてくれたのって、『パプリカ』でしたっけ。
『トゥモローワールド』だったかな?
すごく嬉しかったの、覚えてますよー。
こちらの方こそ、いつもありがとうございます!