26.ブロークバック・マウンテン
アカデミー監督賞その他、全3部門受賞等、評判の高いこの作品が、好き嫌いがはっきりと分かれてしまうのは、同性愛を扱っているからだろう。
加えて、ラブシーンの描写もある。
60年代のアメリカの、中西部の田舎町を舞台にした、カウボーイ二人の純愛物語。
だが、それだけの理由で、この美しい情景と、愛に出会わないのは、あまりにも狭量だ。
私には、この山が、しっかりと心に焼き付いてしまった。
話相手はお互いしかいない、そんな山での生活の中で、イニスとジャックは、少しづつ心を開き、深い友愛の気持ちから、いつしか肉体関係へと発展してしまう。
だが、当時の事情では、理解されるはずもなく、決して知られてはならない、禁断の愛だった。
山での生活が終わると、イニスは以前から将来を約束していた女性と結婚し、子を設け、彼女との義務を果たす生活へと戻ってゆく。
一方、ジャックは、ロデオでその日暮らしの毎日を続けるも、美人で金持ちの娘と出会い、結婚する。
だが、四年後に二人が再会すると・・・。
二人は、周囲の目をはばかり、欺いて、だが関係を続けてゆく。
釣り仲間と称して、年に数回だけ2週間ほど会う関係。それは、主に、イニスの仕事が忙しい理由もある。
結婚を解消し、男二人で牧場を経営しよう、と提案するジャックは、周囲を押し切って、関係を進めようと、真っ直ぐにイニスに対する愛を表現する。
一方、イニスは、超えてはいけない線を、ジャックに諭し、関係が知られるとどうなるか、理解しているがために、一生隠し通して関係を続けようと、牧場経営を断る・・。
それは、同性愛の男が、自分の父親に“処刑”された、無惨な姿が、当時9歳のイニスの心にくっきりと焼き付いているためだ。
だが最後、ジャックの深い愛を知ることとなる・・・。
私の心を砕いたのは、ジャックの訃報を聞いて、イニスの心象風景に映った、人々に殴り殺されるジャックの姿だ。
イニスには、とうとう自分達の罪が露見し、ジャック一人がその業を受け、無惨な死を遂げたように、感じていたのだ。
イニスが一番恐れていた、二人の悲劇の結末・・・。
イニスは、決して、優柔不断でどっちつかずの性格だったから、妻との生活を守りつつ、ジャックとの愛を貫いたわけではない。
ジャックを愛するがゆえに、こうなる事を恐れて、“牧場経営をする”という理想に、突き進むことが出来なかったのだ。
イニスは、何にもひるまない人間だ。厳しい仕事、辛い状況に愚痴を言う事は決してない。
本音を吐く事がないため、恋人にも愛想をつかされ、娘にも愛を上手に表現ができない。
口数は少なく、ぶっきらぼうに話すが、障害を恐れるあまり、愛を忘れようとはしないのだ。
私は、イニスのような人になりたい。
イニスの優しさと強さ、運命に負けず、もくもくと自分のすべきことをこなすイニス。
“愛すべき価値”を見誤ることのない、“愛される価値のある人”イニス。こんな人に私はなりたい・・・!
イニスが、ジャックとの口論の中で、自分を“負け犬”と呼ぶ様は、心を打ち抜かれた。
“この人に出会わなければ”イニスの人生は、これ程までに、大きく歯車が噛み合わなくなることなど、なかったはずだ。
そうと知りつつも、歪んだ形の愛かもしれなくても、愛と向き合おうとするイニス 。
・・・ いや、それは、ジャックも同じ。 ジャックも、イニスの意見を無視しようとはしない、いや出来ない。イニスが真っ直ぐな人間だと分かっているから。
最後、ジャックは本当に事故だったか、・・・心配になる。
頭の中を巻き戻しする・・いや、大丈夫だ。
ジャックは、イニスを背中で見送りつつ、本当に優しげな笑顔をしている。
良かった。
あれは、本当に事故だ。
・・・あ〜。思いきり感情移入してしまった私だが。正直、この映画をケナす人の気持ちも実は、よく分かる。 なぜなら、理由が二つ。
1.ヘテロ、ノンケそのものだった、“男の中の男ぶり”を誇示する事の多い、カウボーイ男二人が、肉体関係へと突き進む時の、あのさんざん雑な描き方。
はっきり言って、私の好きなアルモドバルだったら、あんな撮り方は絶対しない。
この監督は、ホモに対する理解が浅いとしか思えない。
2.9歳の少年イニスが、自分の父親が同性愛者を殺害していた、その死体を目撃していたら、トラウマが大きすぎて、とてもじゃないけど、関係を持つことが、果たして出来たかどうか?
イニスにとっての葛藤が、どれだけ大きいものであったか、そのためのエピソードであって、‥ 「イニスはそれによって、決して牧場経営をする事が考えられなかった」、そのためのエピソードだと思うが、これはちょっと無理があったように思う。
そんな風に、心で思いきり共感しつつも、頭で疑問詞が湧いてくる、という、不思議な映画でした。
ああ、でもあの山の風景だけは、くっきりと残ってしまうのだろうな。
イニスの目の演技と、ジャックの笑顔とともに。
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コメント(24件)
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こんばんは。
何度かTB送ってるんですけど、何故か反映されなくてごめんなさい。
とりあえず、名前にリンク貼っておきますね。
こんばんわ!とらねこさん。
ごめんね。お返事がずいぶん遅くなってしまったわ・・・。すまん。
観てきたんだね。
とらねこさんの心にもあの山が
焼きついたんだね。・・睦月はそれだけで十分嬉しい。
確かにこの作品に対してはいろんな見方があると思うの。全然心に響かない人もたくさんいるみたい。
でも、あの山の美しさ、イニスとジャックのあり方・・・それさえ見てくれたらきっと・・・誰の心にも特別な作品になるんだろうなと思う。
素敵な記事をありがとう・・。
TBが貼れないのだよお(泣)
悠雅さんへ☆
おかしいです‥なぜTBが貼れないんだろう?(>_<。) 何も特別な設定はしていないのに‥。 私は主に携帯で操作しているので、PCの操作とちょっと違うのかなぁ(泣) せっかくTBしようとして下さったのにすみません‥。
睦月さんへ☆
おかしいです‥なぜTBが貼れないんだろう?(>_<。) 何も特別な設定はしていないのに‥。 私は主に携帯で操作しているので、PCの操作とちょっと違うのかなぁ(泣) ちょっと調べてみます! そうですね‥BM、イニスとジャックのあり方と、あの山の風景‥ それらが混じり合って、心に深く彫り込まれてしまうのですよねぇ‥ とらねこは、気に入った映画を見ると、原作も読んだりするのですが、そうすると大概、本の方が好きになってしまいます。 この作品もそんなタイプなのだと思います☆ いいですよね、頭の中で好きな俳優があの映画のシーンそのままに、セリフをしゃべる‥目の前に浮かぶようです。 考えるだけでわくわくだぁo(*^-^)o
ブロークバック・マウンテン
先日、「ブロークバック・マウンテン」を観てきました。何となく観たいなとは思っていたものの、ズルズルと・・・・。気がつけば私の住む神奈川県で上映している劇場は一箇所だけ。あわてて、行ってきました。・・・・もっと、早く観にいけばよかった。そうすればもう一度ぐ…
『ブロークバック・マウンテン』
2005年度のアカデミー賞は下馬評などからこの『ブロークバック・マウンテン』が総ナメするものとばかり思っていました。
ところが蓋を開けてみると主要各賞は数々の作品に綺麗に分散され、最後の最後でこの大本命が作品賞を『クラッシュ』に奪われるというビックサプラ….
『ブロークバック・マウンテン』を観たよ。
「オリジナルJUNE」の入門編を見せられたみたいな感じ。
『ブロークバック・マウンテン』
原題:”BROKEBACK MOUNTAIN”
参考:ブロークバック・マウンテン@映画生活
2005年・アメリカ・134分
監督:アン・リー
製作・耊
とらねこさん、こんにちは。【待宵夜話】++徒然夢想++の香ん乃です。このたびは拙ブログまでお運びいただいて、本当にありがとうございました(^^) こちらからもTBさせていただきました。この作品もDVD化されましたし、更にもっと多くのかたがご覧になればいいなぁ、なんて思っています。
ところで、先日はリンクのお申し出をどうもありがとうございましたm(_ _)m うちのブログなぞでよければ、どうぞ貼ってやってください。もしよろしければ、こちらからもリンクさせていただいて構いませんでしょうか?
長々と失礼致しました。またお邪魔させてくださいね(^^) それでは、この度は本当にありがとうございました。
香ん乃さんへ復帰お待ちしていますね〜
いらっしゃいませ!!
リンク、早速貼らせていただきましたわん
ありがとうございました。こちらこそ、もちろんOKに決まっておりますよ〜
どうぞよろしくお願いします。
そうですね、この作品、あっと言う間にdvd化されちゃいましたね、ビックリしました。
お仕事早く落ち着くといいですね
ブロークバック・マウンテン
公開中なので、控えめに・・・ 20歳の夏、イニス・デルマー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)は、山で放牧している羊の番をするため、一緒に雇われた。 夏とはいえ山の上の朝晩は凍えるほど寒く、たきぎとテントでの長いキャンプ生活は…
「ブロークバック・マウンテン」
オリジナル・サウンドトラック~ブロークバック・マウンテン
「ブロークバック・マウンテン」 ★★★☆
BROKEBACK MOUNTAIN (2005年アメリカ)
監督:アン・リー
脚本:ラリー・マクマートリー、ダイアナ・オサ
こんばんは。
この映画はとにかくあの主題曲が好きですね。
繊細で切なくて侘しいというか・・・。
昔のアメリカン・ニューシネマっぽくもあり。
きっと意識して作曲されたと思うんですけども。
俺のとこにゲイの方からコメント届いたんですが、
あの映画の中の成り行き加減は、
かなりの説得力がある描写なんですと。
どんなモンなんですかねぇ・・・。
昔、そのまんま東とダンカンが、
ゲイの気持ちを体験しようっつって、
裸になって抱き合ってキスとかしてたら、
なんか本気になってきて怖くなってやめた、
なんて言ってたのを思い出しました(笑)。
ガンバレ宮崎知事選。
『ブロークバック・マウンテン』 がオスカーを逃がした本当の理由、それは…
最近になってとうとう、
女より男同士でいる方がずっと気が楽だな、と強く感じるようになった(末期症状?)。
そりゃもちろん、女のコと呑みに出かけたりするのは楽しいし、
その後の展開に何もないとわかっていてもそれはそれでワクワクするんもんだけど、
それよりも…
栗本東樹さんへ
こんばんはー☆
栗さまのとこ、そうね、ゲイの人が来て熱く語ってましたよね。あれを読んだとき、ちょっと「きゅーん」としてしまいました
なんか、あんな風に、ちょっと本気で、言いたいことを言いに来てくれるのって、とてもありがたいことですよね!!
もちろん、そういう、人の気持ちを引きだしたのは、栗さまの素直な感想だからだよね。
まあ、私は、この作品は、あまりにもゲイを美しく描きすぎているような気がするんだけどね。
>「なぜ山を登るのか?」
「そこに山があるから!」
>「なぜゲイに走るのか?」
「そこにケツがあったから!」
なんて、おいおいマジかよ、って思っちゃった☆
ブロークバック・マウンテン
★★★☆
監督:アン・リー
主演:ジェイク・ギレンホール、ヒース・レジャー、アン・ハサウェイ
2005年 アメリカ
1963年ワイオミングでイニスとジャックは、ブロークバック・マウンテンの牧場で、羊の管理をするという仕事でアギーレに雇われる。寒さと孤独との闘い…
こんにちはー、とらねこさん。
いや〜
いつもいつも感心してしまうんですが
さすが深いです。
男同士OKだし、映像も素晴らしいし
でもなぜかのれなかったので
そこまでイニスの心情を推し量ることができませんでした。
多分・・・・・
主演の二人がタイプではなかったせいだと思います(ごめんなさい)ヒースは「ロック・ユー」ではいかしてたんだけどなあ。
そうは言いつつも
ラストでイニスが自分とジャックのシャツを重ねていたところは
ぐぐっと来ました。
あ〜でも私はやっぱりゲイの切なさは分かんないだろうな。
時代的に許されない立場の二人なんですが
でも演じている二人は現代的だったので
その辺も違和感があったのかな?
いじいじした感じがね
もうちょっと違う描き方だったらなあと思います。(私的に)
TB&コメントありがとうございました!
こんにちはー、とらねこさん!
あれ?
TBとコメントが反映されない(汗)
もう一回書いているので二度投稿になったらすみません。
さすがとらねこさん深い洞察力です!
私はそこまでイニスの心情を推し量ることができませんでした。
多分・・・・
主演の二人がタイプじゃなかったからかも(^^;)
ヒースは「ロック・ユー」はすきだったんだけどなあ。
ゲイものはOKなので
けなす気はないのですが、それが許されなかった時代と
演じている二人の現代的な感じがちょっと違和感があったのかも。
あー、でも私にはゲイの切なさは分からないかもしれない・・。
TB&コメントありがとうございました。
こちらからはもしかしたら駄目かも。(T_T)
くりりんさんへ
こんにちは☆お久しぶりです!
コメントありがとうございます!
>いつもながら・・
とはなんと嬉しいお言葉。ありがとうございます!
くりりんさんは哀生龍さんのように、ご自分からはあまり出向かれない方なのでしょうかw
なんだか、またlivedoorの調子が悪かったようで、反映されるのに時間がかかってしまったようで、だいぶご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした
本当にお手数をおかけしてしまい、大変すみません!!
私もゲイものはOKなんですがねえ・・・。
私も、あのウジウジしてるところがイヤだったかも(爆)
ミッシェル・ウィリアムズは素晴らしかったんですけどね。
私も『ロック・ユー!』好きでしたよ。
ヒース・レジャーは、とてもいい役者ですよね。
ごぶさたです。
色んな意味で脳裏に焼きついた映画でした。
↑にTB送れないとたくさん書いてあるのですが、
この作品込みのDVDまとめてレビューTB送らせて下さい(送れないかも知れませんが・・・)
最近見た映画DVDまとめてレビュー9本+2
「嫌われ松子の一生」暗い原作が大好きだったんだが、これは別物だと思えば面白かった。中谷美紀のビックリするような体当たりの演技も見ものだが、監督の作り出す「妙にポップな映像」は石井克人の名作「鮫肌男と桃尻女」を彷彿とさせる。元ネタの方向性を裏切って成功した…
ふるちんさんへ
お久しぶりです★コメント、TBありがとうございました〜!
そうなんですよね、この記事、ちょうどlivedoorの具合の悪い時にいただく事が多いらしく・・。
でも、大丈夫な方もいるので、この記事自体が呪われているわけではないみたいです
ブロークバック・マウンテン
『はじまりは、純粋な友情の芽生えからだった。』
コチラの映画の原作は「シッピング・ニュース」のアニー・プルーのわずか30ページ程の短編小説を「グリーン・デスティニー」や「ハルク」のアン・リー監督によって映画化された非常に美しい映画です。
ワイオミン….
ブロークバック・マウンテン
はじまりは、純粋な友情の芽生えからだった。