2008年10月13日
123●12人の怒れる男
オリジナルの『十二人の怒れる男』。これほど途方もない大傑作は他になかなか見つからないだろう。映画史上燦然と輝く、金字塔的映画だと思う。
自分にとって、初見は原作の方が先。レジナルド・ローズの同名脚本だった。これを読んで、こんなに素晴らしい舞台劇があるなんて!と、感激に打ちひしがれた。
戯作を自分が読んだのは、19歳の時だった。それも大学生の時、授業で使う題材だったので、イヤイヤ読み始めた。だけど、あまりに面白くて・・・。夢中になってページをめくる自分が居た。
映画化作品があることは後で知ったのだけれど、映画より元々本が好きだった文学少女の私には、原作を読んでしまうと、最早、映画は見ない、ということの方が多いタイプだった(今は違うけど)。
だが、当時の彼氏に、この本の素晴らしさを何とか教えたくて、ビデオを、何とはなしに借りることにした。自分も一緒に見て、二度驚愕!こんなに出来のいい映画だなんて知っていたら、もっと前に見ていたのに!と後悔した。
それ以来、このシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』は、私の尊敬する、神がかり的作品だ。
もし、「映画は脚本が全てだ」という人が居るとすれば、その人は、シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』のことが頭にあるに違いない。
こうした優れた脚本こそ、舞台劇の真骨頂だ、と思う私だ。
ちなみに、三谷幸喜&トヨエツの『十二人の優しい日本人』も大好きでっす♪
ストーリー・・・
ロシアでチェチェンの少年がロシア軍将校だった養父を殺害するという事件が起きた。少年は第一級殺人の罪に問われ、検察は最高刑を求刑。有罪となれば一生刑務所に拘束される運命だ。審議が終了し、市民から選ばれた12人の陪審員は、改装中の陪審員室の代わりに学校の体育館に通された。携帯電話も没収され、全員一致の評決が出るまで幽閉されることに。12人の長い長い審議が始まった・・・
'57年のシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』、これをちょうど半世紀後の、'07年に、現代ロシアにリメイクし、この傑作に命を吹き込んだのは、ロシアのニキータ・ミハルコフ監督だ。脚本、製作ばかりでなく、陪審員2番として出演もしてしまっている。
ちなみに、10月11日(2008年現在)、昨日のニュースで知ったのだけれど、この作品は、ニキータ・ミハイルコフ監督を、今年・2008年のTIFFの、黒澤明賞に輝かせた。
この作品は、オリジナルの『十二人の怒れる男』と比べながら見ると、さらに面白いことになってくる!
映画好きにはたまらない一作だった。
ついでに言わせてもらえるなら、ドストエフスキーが好きな人には、ドストエフスキーの手法と、時に似たテイストを感じさせるため、さらに面白く感じれるだろう。
・・・これこそ、ロシアの大地を感じさせる、重厚な作品だ、と。
オリジナルとどう違うか。
この点は、一言で言うなら、「オリジナルと比べられない価値がある」、これに尽きる。
オリジナルでは、颯爽とした姿の陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)を中心に、彼がキーパーソンとなって、ストーリーは展開する。
そのため、自分は、この8番に当たるのはコイツだろうか、などと同じくシドニー・ルメット作品を見た友人に耳打ちしながら、鑑賞した。
・・・だが、その目論見は、全て外れた。
当たる訳がなかった。なぜなら、8番は存在しないのだ。
オリジナルでは、陪審員それぞれがこの事件を考える内に、いつしか自分の物語を語り出し、彼らそれぞれの持つバックボーンや、トラウマ、考え方の癖、それぞれの気質がだんだん浮き彫りになってくる。ここが面白いポイントだった。
私が「これほど面白い心理劇はない!」と熱狂したのも、この描き方があまりに見事で、舌を巻く作品だったから。
ところが、一人ひとりの持つトラウマというものは、その人間の人となりの、卑小さ、矮小さ、というものも同時に感じさせる。そうした物ごとが、その人の“個性化の過程”(ユングに言わせれば)に至るとは言え、だ。
だが、この作品では違った。
ただ一人だけ、理知的で冷静、物ごとを見通す正義漢的な陪審員8番がいる代わりに、
それぞれ全ての陪審員の中に8番が存在するのだ。それに気づいた時、この会話劇がよりヒューマニズムに満ちたものに感じ始め、より強く心を打った。
各々の人が、各々の物語を語る中に、その人間の持つ悲しさ、今まで生きて来た人生の深み、そうしたものを堂々と表現することになった。
その目線には、冷静な批評家眼的視線はない。
彼らの話す物語は、その一人ひとりの男たちを、愛を持って描くものだった。その男たちそれぞれの、“私の系譜”。
彼らの人生を、その重みを、ドッシリと感じさせ、共感させる力。その場にいる誰かと、共に悲しみを味わい、その人生の辛酸を、舐めあう。
人一人の人生は、重い。そして、愛おしい。
受けた傷によって、ただ単に人間性は歪められるだけではない。むしろ、そこからが始まりなのだ。
男であるが故に、その受けた傷に対してどう立ち向かうか。それがその人の人生なのだ、と。
また、チェチェン人である若者が起こした事件である、この事もまた最重要ポイントだ。
現代ロシアを考える上で、それぞれ12人の陪審員たちが、どう考えているか、そうした彼らそれぞれの立場や、基本的な思考を浮き彫りにさせることとなっている。まるで、ロシア全土を母集団として、サンプリングを取り、統計的調査をするかのように。
物語がどこに帰着するか、最後に至っては、自分はオリジナルの手法の方が明快で、好きではあったけれど、このやり方もまた一つのとある視点であり、可能性でもある。
そういうことを最後まで感じさせてくれた、大いに意味のあるリメイクだった。
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この記事へのコメント
なるほど、ドストエフスキー的なのですね。
みんなの中に8番が存在するってよいなー
おはようございます♪コメントありがとうございます。
古典の大傑作を、丸ごと作り変えて、これだけ違うものにしたなんて、まさに驚きでした!
また別の視点を違った角度から描いて、他の手法を呈示していることにも満足でした♪
なるほどこれって、オリジナル好きにはピンと来ないことが多いのですか。
私はむしろ比較するのが面白かったです。
式神くんがコメント書くのは久しぶりだなあ。
しっかり見てました。
『12人の優しい日本人』しか知らずに観たのですが、こんなにも奥深い心理描写の映画だとは思いもしませんでした。
微妙に人種が違ったり、仕事や生い立ちはみな違うのに、誰もが皆ロシア人してるんですよね。
そこの描写が素晴しかったです。
独白シーンでは正直「だから何? 何を云いたいの?」的な描写もありましたが、最後まで見るとどれも意味のあるシーンで、まるで人間そのものを描いているようでした。
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
そうですね、なかなかに心理描写の見ごたえのある今作でしたね。
一人ひとりの独白シーン、それぞれが本当よく喋るんですけど、この辺りが面白かったですね。
それぞれの人生観、考え方の違いが垣間見えましたが、
誰も排斥されることなく、批判されないところが、この作品の特徴でしたね。
TB&コメントありがとうございます。
脚本なのでしょうか。
一人一人の台詞が重要、と云うか、何気ない台詞でも最後まで聞くと何故か納得してしまう、妙な説得力がありましたね。
最後の最後に満場一致となり、更に少年の将来を皆で真剣に語り合う様は、民族や職業や思想は関係ない、皆同じ人間なんだ。
そんなメッセージに感じました。
こんにちは〜♪こちらこそ、TBコメントありがとうございました。
そうですね、一人ひとりの男達が、一つの問題に答えを出すときに、自分の中の気持ちとまっすぐに真正面から向き合うところが、
ズッシリ来る作品でした。
おっしゃる通り、最後の決断を下すところは、「皆同じ人間なんだ」、そういう「人ひとりの人間の重さ」を感じましたね。
DVDリリースされました!
私もルメット監督のオリジナル初めて観たときの感動と衝撃は今でも覚えてます!
でもこのリメイクもまた素晴らしかったです。
確かにオリジナルとは比べられないよさがありますね!
そうそう,8番は存在しませんね。
それぞれのトラウマをかたるシーンは
各人が主役になっていて,その濃い演技と話の内容に圧倒されましたよ!
100点満点の作品です!
昨年内に観ていたらベスト3に入れてたわ!

こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうですね、もうDVDリリース始まってるんですね。意外に早かったような?
ななさんもこちら、オリジナルをご覧になったことがあるんですね。
100点満点ですか!それを聞いて、とっても嬉しいです。
こちら、ベスト10に入れている人どころか、見ている人も結構少なかった印象があるんですよ。
すごいリメイクに圧倒された感じでした。
陪審員それぞれの自分の経験から出てくる感情が迫ってくるものがありました。
しゃべり方や動きが激しいし。その個人の気持ちで、無罪を結論づけていくところもすごくいいなぁと思いましたし、同時に、ロシアへの不満、現状への気持ちも表現されてて、すごく意義のあるリメイク作品に感激しました。
こんばんは!初めまして、コメントありがとうございました。
そうですね、すごく面白いやり方をしているリメイクでしたね。
オリジナルとはいろんな意味で違っているのですが、これぞまさしくロシア、と言えるような感じがまた良かったですね。
それぞれの思いの中で、人を裁くという行為というより、理解を近づけていく、というやり方だったというか。
おっしゃる通り、ロシア全体について大きく議論しているような面もありましたね。

