2008年05月29日
80●ブレス
キム・ギドクの映画は、そこにしかない魅力と吸引力があって、私にとっては、もはや理屈じゃなくなってしまっている。
どこをどう感動したのか、どこに涙腺が緩んだのか、そんな説明は正直あまり意味があるとも思えなくて、
「とにかく見れば分かる」としか言いようがないんだ。
何て表現したらいいか分からないものだから、『春夏秋冬そして春』に表現された“四季”がここでも表されていることだとか、
『うつせみ』で見たような牢の中のシークエンスだとか、そんな“ギドクのキーワード”を思わず挙げ連ねて、それで友達と悦に入っていたりした。
とにかく、見たその日は、ギドクの世界にまた戻ってこれた感動だったり、何とも言いようのない幸福感に包まれていた。
見ている間中、なんだか涙が止まらなくて・・・言いようのない心の叫びを、いつも不器用なやり方で訴え続けるこの手腕が、好きとしか言えない自分が居る。
とは言え、これまでのやり方とどこか変わったところがないか、どこか饒舌になってないか、客の気持ちを分かった上でのキャッチボールになっていたら嫌だとか、
そんなことを事細かに検分しようとしてしまって、
それは世界のあり方一つひとつに自分なりのコメントをつけようとする、ホールデン・コールフィールドのような自分がいた。
死刑囚という刑を与えられたチャンは、何故そこまで自殺しようとするのか、
相変わらず彼の心理は説明されず。
とにかく死にたい男が居て、人生に絶望した女が居て、二人は在り得ないやり方で出会って、
いつしかラブストーリーが展開していく。
私はただ、夢中になる。
愛なんてホントに存在するのかしないのか、そもそも分からない代物を相手に、
嘘臭い言葉で飾り立てるようなことをしないのが、ギドクのやり方なのだ。
残された時間の少ない男には、積み重ねるための時間はなくて、
だから女は、刑務所内をいっぱいに四季で彩る。
彼女が彼に向かって呈示した“四季”は、本当の時間の経ち方とは違う。
だが、彼にとっては、それだけの濃密な時間になったのだ。
彼にとっての一年が経った・・・。
美しい表現だと思う。
そもそも人にとって、時間の経ち方というのは、公平なものではないと、ギドクがいうかのよう。
そして、彼女にとってもっとゆっくり経った“時間”は、彼女の家庭にとっても、一年という時間が過ぎた。
そして物語冒頭の冬がまた訪れる。
冬から始まって、また一年後の冬で終わるこの物語は、『春夏秋冬そして春』のように、「移り変わる人生の代名詞」としての“四季”ではない。
一生をそもそも、きちんと「生きてきた」と言えるのか、
それすら分からない男は、たとえ文字通り「牢」に入って居なくても、
その心の中は閉じ込められた空間にいるのと同じだった。
だから、彼女が居るその時間だけに、「彼にとって時間が流れた」。
ブレス、呼吸をすること、とは、ここでは「生きている」ということ、
「生きる」そのものの象徴だったようだ。
だから、女が現れ、そして彼女が成したことは、
彼が一時とは言え、「呼吸をすること」が出来るようにした、そんなことだったように思う。
心の中で溺れそうになっていた男と、水面では生きていくことが出来ずに溺れそうになっている「彼女の小さい頃の話」とは呼応している。
彼女自身もまさに同じで、「家庭内」という牢獄で、呼吸することを見失いそうになっていたのだ。
不思議なシンパシーを感じる二人の出会い。
初めてヨン(チア)の顔に手をやり、まじまじと見つめるチャン(チャン・チェン)の姿は、
初めて海面から陸に上がった動物のようだった。
ラスト間際の二人の愛し合う姿は・・・
彼の分の呼吸まで、彼女が得たかのよう。
『鰐 〜ワニ〜』を私は思い出した。
ストーリー・・・
死刑囚のチャンは、キリで喉を突いて自殺未遂を図り、声を失った。彼は残されたわずかな時間にまったく未練はなかった。夫と幼い娘と優福に暮らす主婦のヨンは、ある日夫の浮気を知る。まったく悪びれる様子のない夫に怒りを覚えた彼女は、偶然テレビのニュースで知った、死刑囚チャンの自殺未遂に不思議な同情を覚え、彼に会うために刑務所に向かった。チャンの昔の恋人だと偽り面会を果たしたヨンは、次第に彼に惹かれていき。・・・
'07年、韓国。
キム・ギドク、監督・脚本・製作総指揮、出演。
※ギドクは二人を引き合わせる、(変な)看守役で登場。
『春夏秋冬そして春』以来の登場でした。
最後に本音を言わせてもらうと、チャン・チェンの役を、チョ・ジェヒョンで見たかった・・・。
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この記事へのコメント
面会室での四季の彩り、鮮烈な印象でしたね。チャンとの短いながらも激しく愛を交わした濃密な時間はお互いに生きる力を取り戻す特別な時間だったんでしょうね。
家族の愛を象徴するかのような雪だるまとの対比も印象的でした。
うわぁぁ、観たい…。
こちらは7月なんです…。
もう少しの辛抱です。
それまでにギドク作品コンプリートを目指してます。
とらねこさんはすっかりギドクワールドにはまってしまっているのですねー。
私もこれから過去作品あさってみます!
実は「ブレス」がはじめてのギドク作品でした。
なぁんだか意味が分かるような分からないような作品だったけど、スクリーンから目が離せませんでした〜。
あ、そうそうーシネマロサ。加齢臭しそうな感じでした。。。笑
試写で鑑賞しました。
追い込まれて真剣な二人がくっつくのは他の韓国のラブコメより真実味があります。
それより最後の「チョ・ジェヒョンで見たかった」の言葉。
あ〜、よかったけどなぜかしっくりこなかったのは
ヘビーなギドクファンにはそれが必要なのかも?^;
とらねこさん、キム・ギドクが本当にお好きなんだなぁ〜と、このレビューを拝見し、あちこち感じさせられました☆
愛があるわ〜〜!!
私もギドク監督のファンなんだけど、つい突っ込んでしまって、けなしてしまうという悪い性分があるのよ・・・(^^;)
>「チョ・ジェヒョンで見たかった」
なるほどー!確かに彼が演じてもgoodだったと思うわ♪ ただ、悪い男などで、あれに似た感じの役(無言の演技)をやっちゃっているし、ワールドワイドな映画の話題性(失礼!)という点では、チャン・チェン君を使うってのは、悪くなかったのかも・・・。さて、次回作は、いよいよ、日本男児のオダギリジョーですねっ!!!(とは言いつつ・・・日本男児って感じがしないけど・・。無国籍な雰囲気ある・・)
いいなあ。ここまで思い入れを持てる監督がいるって…。
ぼくには、最近はそこまでの監督はちょっといないなあ。
>ブレス、呼吸をすること、とは、ここでは「生きている」ということ
これで思い出しました。
ある人にこのタイトルを話したら
blessと勘違い。
まあ、ぼくの発音が悪かっただけなのですが、
それはそれでオモシロいなあと思いました。

TB&コメントありがとうございました。
確かに、何も知らずに見ても、ギドク作品とわかりますよね。
まさかミュージカル・タッチだとは予想もしていなくて、彼女が歌いだした時はビックリしました。
私は『うつせみ』と『鰐』未見なんですよー
『うつせみ』はWOWOWで放送した時に録画してあるのでイヅレ見ますけど、『鰐』も見たいですー

こんばんは〜!コメントありがとうございました。
刑務所内をポスター貼りまくるとか、本当ビックリですよね。
かのんさんのおっしゃる通り、ポスターの貼り方が上手でした(爆)★
そうなんですよね、濃密な時間。彼にとっては、この時だけが本当の時間だったのかな、なんて思いました。
彼女にとっても、自分を取り戻すための時間だったんですよね。
さんへこんばんは〜!コメントありがとうございました。
おー、名古屋では7月ですか。
ギドカーなごやんの人口は多いんでしょうか?
ギドク特集がちゃんと来てましたしね、去年。
ヨゥ。さんのギドク追い上げっぷりが嬉しかった去年でした。
コンプ目指してるなんて素晴らしい


こんばんは〜!コメントありがとうございました。
きららさんは、初めてだったのですね☆
本当、目が離せないんですよね、見ている時は。
シネマロサ、加齢臭しそうな感じでしたか。
私は、言ったら怒られそうですが、シャンテシネがそんなイメージです。
でも、シャンテシネの場合は、金の匂いもしそうです。
「お金持ってそうなマダムの、加齢臭&香水臭?」って感じでw
こんばんは〜!コメントありがとうございました。
おっ、共感してもらえます?
そうなんですよ、決してチャン・チェンが悪いわけじゃないんですが、チョ・ジェヒョンで見たかった・・・。
でも、最近出てないし、『受取人不明』以来、決別なのかなあ・・?と勝手に想像して不安です


こんばんは〜!コメントありがとうございました。
イヤイヤ私も、見終わった後、友達とさんざんツッコんでましたよ!
「ツッコミ入れるのが楽しいギドク」だと思います〜。
次のオダジョー作品は、本当に楽しみです!
ギドクに抜擢されたということで、かなり彼の評価が上がりました。
あー早く見たいですね♪


こんばんは〜!コメントありがとうございました。
そうですね、私は結構、ギドクにはハマった方かな、なんて思います。
商業的な匂いが全然しないところが凄く好きで、
肩を思わず持ちたくなってしまうんだと思います♪
blessと勘違いされたんですね。
うんそうですね、なかなか面白い勘違いですね☆
ただ、他動詞ってあんまり、目的語を伴うことなく、タイトルにつくことがないように思います。
blessingだったらまだ分かるんですが。


こんばんは!お久しぶりでした。
アハハ、これ、「ミュージカル調」って行定監督が言ってたんですってねw
その言い方は確かに面白いですが、ミュージカル・タッチなんですかねー?(笑)コレって

これがミュージカルだったら、『絶対の愛』はホラーですよ〜。
『フランケンシュタイン』辺り?なーんてw
『うつせみ』は大好きです。
『鰐』は、グエムルと対にして見るのをススメます!
ギドクワールドにはまっておられたのですね。
そう、ホントに好きになるものって理屈などないんですよね。ギドクってなんか吸引力あるというか、すごく期待してしまう監督さんです。
なんかこうストレートではないのに、ストレート以上に感情を揺さぶる変化球を投げてくれちゃうというか。
チャン・チェンは何気に隠れてファンで、ギドクにチャン・チェンなんて私にはたまんなくって(笑)映画祭でさっさと見ちゃったのでした。でも、そんな見方してるもんだから、どーも彼の魅力全開にも思えなくて(喋らないのー、え〜ん;;って感じ。笑)もしかして、冬あたりに奇跡がおこって一緒に歌っちゃうか?って期待したり;・・・というわけで、とらねこさんがこんなに熱き想いでご覧になられていたのを知ると相変わらず見方が違う私を恥ずかしく思うのでしたぁ。わにィー

こんばんは!コメントありがとうございました。
シャーロットさんのあちらへのレスの返答で申し訳ないんですが、
私は、あんな奇妙奇天烈な、ヨンの素晴らしき行動力には、
自分だったら一発でベタ惚れするなあ、と思っちゃいました。
それまで色の無い牢屋という世界しか見ることの出来なかったチャンに、
目にも鮮やかなカラフルな世界の美しさを見せたヨンは、
チャンにとっては世界そのものに映っただろうな、と。
奇抜な企画を考えつく女って素晴らしいですよね。
あー見習わないと!
そう思って、笑ったり泣いたりでしたよ(爆)
ところで、チャン・チェンがお好きだと言いつつ、『愛の神 エロス』を見たことがないなんて、それは聞き捨てなりませんなあ。なんちて。
アジア映画は、ほとんど見ない私に言われたくはないでしょうけどw
すいません、大きく出ました。
いや、やっぱりこれは必須。
とらねこさんのギドクへの深い思いをとくと感じました〜。
私もね、死刑囚役はチョ・ジェヒョンだったらいいのに〜って思いながら見ていました。彼はホントこういう役が似合いそうなんだもん。
でも今思うとチンピラ風の彼より、チャン・チェンの謎めき加減がちょうど合っていたかもしれないなぁとも。
わたし的次の韓国映画はシークレット・サンシャインなんですが、とらねこさんはご覧になります?

あにょんにょ〜ん♪コメントありがとうございました。
かえるさんもチョ・ジェヒョン思い出されました?
私は彼の演技を思い出すと苦しいぐらいで。また見たいな・・・
チャン・チェンは確かに謎めいた男でしたね。
私には、チャン・チェンて、渡辺謙と市川新之助を足して2で割ったような顔に思えちゃいました。
かえるさんの、「今作はギドクがサックリ撮った」という意見には賛成でーす。
一番短い撮影時間いうことでは『リアル・フィクション』には適いませんが・・・w
で、『シークレット・サンシャイン』ですか。確かに予告で見ると、なかなか印象深そうな映画ですね。
考えた挙句スルーしようと思ってたんですが、かえるさんのオススメなら気になります〜。
あ、私もイメフォとうとう会員になりました♪
ギドクといえばとらねこさん、と私の中ではインプットされております。
物凄く、ギドク愛を感じる記事だと思いました。
実は、私これがギドク作品初劇場鑑賞!だったのですよ。
しかしいつもなら理屈抜きで受け入れられるギドクが、ちょっとわからないと感じてしまったんです。。
う〜ん、まだまだ修行が足りないな〜、自分。。
ではでは、また来ますね〜。
P.S.難解映画、『ドニー・ダーコ』希望と思いましたがもう記事アップされてました。
やっぱり『ファニーゲーム』かな(笑)
>ギドクは二人を引き合わせる、(変な)看守役で登場。
あのモニターを眺めていた男性でしょうか。鑑賞中に「もしや!」と思っていましたがやっぱり出ていましたか。サングラスに帽子姿で思いっきり普段着だったような気がしますけれど(笑)。
かえるさんの所にも書きましたが、この物語は舞台劇にしたほうがより一層楽しめそうに感じます。女性が歌って踊るくだりから、囚人との抱擁、時間切れで看守に引き離されるくだりまで、オーバーアクション気味に演出したらけっこう面白い芝居になるのではないかと思っています。ともあれ、私にとってはどうも不完全燃焼で終わってしまった残念な作品でした。

こんばんは〜♪コメント&TBありがとうございました。
真紅さまは、今回は分からないと思ってしまったのですね。
ギドクって、私にとってはヘミングウェイみたいなんですよ。
「この女性はどうしてこういう行動を取るんだろう」とか、
「その時男は一体どう思ったんだろう」とか、
様々な場面において常に自分の想像力を働かせながら見ないと、
つまり映像に表れているのは氷山の一角として、描かれていないことを自分から積極的に補完していく行動をしないと、
永遠にギドクって分からないままかな、なんて思います。
だから逆に、ギドクを好きな人は、すごく自己流の様々な感想を書くんですよ、みんな。映画を見るだけじゃなく、それと同時にいろいろなことを考えながら皆、見ているから(笑)
そして、私はそういう自由な文を読むのが好きなんです。
また、そういう自由を見る者に与えるところが、ギドクの好きなところでもあるんですよ。
>『ファニーゲーム』
リクエストありがとうございます

見てみようかと思います。
椀さま
こんばんは。コメントありがとうございました。
そうですね、目が見えないと一瞬アレって思いますよね。
ギドクが登場するとは思わなかったので、驚きました。
椀さまは今回はいまいちだったんですね。
私は、椀さまのところに書いていたどなたかと同様に、GWに楽しみながら観たので、気軽に見れたところが良かったですね。
ところで、ギドクギドクって言ってますが、よく考えるとファーストネームの方なんですよね?ギドクって。「キムさん」とは誰も言わないですもんね。
私は三池さんを「崇史」とは呼び捨てに出来ないですね。照れちゃうー

そんな私は所詮、
韓国と言えばパク・チャヌク「オールドボーイ」、
日本で言えば三池崇史「殺し屋1」、
フランスで言えばアレクサンドル・アジャ「ヒルズ・ハブ・アイズ」な人なのでした。
そんな私がギドクなんて言うんですから、
ちょっとケナされたからって、ちっとも傷ついたりしてませんよ!!!
キム・ギドク監督作は理屈ではなく感覚で観るのがいいように思えるんですよね。
なので僕はあのシーンの辻褄が合わないとか現実的じゃないとかは、この際、関係ないなと、勝手に判断しちゃって観てますねー。
それにしても最近のキドク監督作って、以前に比べると穏やかというか優しくなった気がします。

こちらにもありがとうございます♪
そうですね、ギドクは説明しきれないものがあるんですよね。
それなのに、語りたくてたまらないんですけど^^
確かに、ギドクは、怒りを対社会にぶつけるような激しい作品もありましたよね。
でも私は、内向に怒りが向かっていくと、こうした自殺願望の男を描くのでは、と思ったりもします。
どちらに向かうかのベクトルなのでしょうか。
穏やかというか、最近妙に“笑い”が増えた気がしていますw
>ギドクを好きな人は、すごく自己流の様々な感想を書くんですよ、みんな。
まさにそのとおりです。(笑)TB&コメントいただけたことに深く感謝いたします。
僕はミュージカル風場面にドン引きし、冬の歌が歌われる場面で大笑いしました。
すいませんね、とらねこさんは涙がとまらなかったというのに...。
あんなことがあった後、平然と雪合戦ができる心理はちょっと理解しがたいですが
...うーん理解する必要はないんでしょうね。
表向きはどぎつい描写は減ってるんだけど
ギドク以外の何ものでもない作品でした!

こんにちは!コメントありがとうございました。
>僕はミュージカル風場面にドン引きし、冬の歌が歌われる場面で大笑いしました
ミュージカル場面は、吹き出してしまいました。その後、滂沱しました・・病的ですね。
冬の歌が歌われる場面は、ウッと、心が寒くなりましたよ。
ギドク映画を見ている時の私の涙は、むしろ精神病的なので、心からの感動とはちょっと違うのかしらw
moviepadさんのおっしゃるように、死刑囚に対して抱く愛情は、自己愛の裏返し、確かにそうだと思います。
ただ、死にゆくものに対しては、十分な死出の旅路の土産になったのでは、と思ったり。
むしろ世間一般の家庭における愛情の在り方というものの方が、なんだか胡散臭い幸せのように思えたラストでした。私には。。

