2008年05月03日
65●4ヶ月、3週と2日
ストーリー・・・
1987年、チャウシェスク、独裁政権下のルーマニア。大学生のオティリア(アナマリア・マリンカ)は寮のルームメイトのガビツァ(ローラ・ヴァシリウ)とせわしくなく動き回っていた。寮を出たオティリアはホテルへ行くが、予約が入っていない事を知り、仕方なく別のホテルを取る。またガビツァの代わりにある男(ヴラド・イヴァノフ)に会う事に。実はガビツァは妊娠しており、オティリアはその違法中絶の手助けをしていたのだった。・・・
'07年、ルーマニア。クリスティアン・ムンジウ監督・脚本。
'07年のカンヌ・パルムドール(最高賞)受賞作品。
この時代では違法の、自分の友の、闇医者の人工妊娠中絶の手伝いをする女の子の話。・・・
どんな時代であっても、そしてどんな政権下であっても、妊娠中絶という問題は、いつだって根っこは同じ。民族・時代関係ない。
そんなことに改めて気がついて、愕然とする思いがした。
女性全員にとっての重大問題だし、もちろん男にとってだって同じはず。
長回しが多くて、不思議なカット割も時にあったり。無意味なシーンと思えるのに、カメラの切り替えしに1テンポ遅かったり。
1シーン毎が長い。そして、主人公の気持ちも行動も、上手く運ばない。
こうした淡々としながら、徹底したリアリズムのある描き方は、何となく『ある子供』のテイストを思い出した。
主人公の労苦をこちらまでが舐めるような、そんな気持ちになってくる。
今考えてみれば、オティリアの気持ちに同化するがゆえに、私はきっとイライラしていたのだ、と分かるのだけれど。
正直、見始めて思ったことは、難しいテーマを選んでしまったなあ、という後悔の念。
堕胎は世界では禁止されている国も多く、宗教の観点から見ても大きな論争になるほどの重大なテーマの一つ。母体保護の観点からも、生命倫理の点から見ても、答えがなかなか出ない。・・・手に負えないですよ。
※以降、ネタバレの記事になりますので、鑑賞予定の人は読まないでください。
妊娠後、12週を過ぎるのと、そうでないのには、その人工中絶のやり方も、危険性も、全く違ったものになるというのに、(法律で禁止されていることは当然として)、
ルームメイトのガビツァの無責任な態度。全く考えナシな、あっけらかんとした調子の良い女性だ。
悪い子では決してないけれど、無責任そのものの態度として描かれている。
でも、彼女のこうした描き方は、誇張した表現かもしれない。
なぜなら、「妊娠した、じゃあ中絶しよう」というそれが、では何週であろうと、
無責任の度合いに優劣はつけられない。倫理の観点から見れば、五十歩百歩なのかもしれないんだ。・・・
さらに、こうした女性の弱い立場を最大限に利用しようという、ヤブ医者の非情さ。・・これも見ていてキツイ。
ここでは、その罪は禁固10年だったかな?重大な罪になるというのに、お金を求めるのでなくて、自分の性の捌け口を求める、などという、・・・
むしろ愚の骨頂すぎて、逆にリアリティを感じてしまう。確かに、お金には変えられないのだから・・・。
そんな提案をされたら、自分だったらどうしただろう?と考えた。
ここまで来て、友人を見捨てただろうか?
後へは引けないところまで来ておきながら、弱者の弱みにつけこむこの医者は、本当に唾棄すべき人間性だけれど、
その嫌悪感から、友人の危機にあって、彼女を見捨てるわけにはいかない、と思ったかも。・・・
そこまで考えるとまるで、体ではなくて、精神的に犯されたような気持ちになった。
女性であるという立場は、なんて弱いものなんだろう。
子育てをするにも、堕ろすことを選ぶにも、どちらにしても女性という体には、非常な負担がかかる。
男と女のその溝。これは、気づいてしまうと、急に大きいものに感じる。
途端に恋人に対して、冷たい態度を取ってしまうその気持ちも、凄く良く分かる。
こうした物事を描くのに、糾弾するでなく、何かしらの主張をするのでなく、
淡々と描くこの手腕は、なかなか見事だった。
いろいろな事を考えさせられたけれど、不思議に、後味が悪くないのも良かった。
ただ、あれをビルの屋上から捨てたということ、このことは、決して忘れてはいけないことだ、と思った。
今後真摯に受け止めてゆかなければいけない、大事なこと。
受け止め切れなくても、だんだん忘れていく物事であってはいけない何か。
見事な切れ味の作品だった。
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この記事へのコメント
これは男性には絶対と言っていいくらい
書けないレビューですね。
こういうとき思うのですが、
本だと、ミステリー評論家、SF評論家など
いろいろ分かれているのに、
なぜ、映画だけいっしょくたになるのだろうということ。
映画としての視点ということなのかな。
それにしても、とらねこさん。
『愛おしき隣人』に『モンテーニュ通りのカフェ』。
ぼくが観ているのに書くのをパスした作品ばかり。(笑)


こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
女性の立場から書いてありますか。
確かに、堕胎の話題は、男性からしてみたら、実感というのは湧かないのかもしれませんね。
女性から見たら、身に詰まされましたよ。
あ、えいさん『モンテーニュ通りのカフェ』はいまいちでしたか?
『愛おしき隣人』の方は、何て言ったらいいか分からない気持ちは分かるのですが・・
んー、『ジェイン・オースティンの読書会』にせよ、素直に楽しめる良作だと思ったんですよね。
でも、そう言えばそうですね。なぜ、映画だけ評論が一緒なんでしょうね。
本の評論家なんかは、一作読むのに、時間がかかるからでしょうか^^;

そういえばー、これをご覧になったと聞いたのは結構前でしたよね?!
何ともへヴィーな題材でしたが、それゆえに見ごたえがありましたです。
女として、彼氏も含めて男性に敵愾心をもってしまうような心境は共感できるものがありました。
えいさんもおっしゃっている通り、男性には書けないレビューだと思います。
主人公の立場に立って考えるなんて男性の我々にはできないことですし、もし自分がその立場になったらなんてことすら想像できないですよ。
改めて女性の強さも痛感した映画でした。

こんばんは〜♪コメントありがとうございます。
ハハハ、UPが今頃になっちゃいました。
あの時、この映画の話をした後に、「映画が1800円は高くない?」という話を振られましたが、私はこの時「いや別に。」と答えてしまいました。
「この映画に関しては、」という意味だったのを、付け足し忘れたなあ、と考えてました。
なかなか見ごたえのあるドラマでしたね。
男性と女性の間に横たわる、この物語への認識の違いは、そのままソックリ映画に表現されていたのがさすがでした。
おはようございます〜♪コメントありがとうございました。
そうなんですよ〜。女性って、誰もが(と言っていいくらい)堕胎手術をしたことのある友達が、一人ぐらいは必ず居るわけで、
そういう時に初めてこのことについて身をおいて考えてしまうのですが、
その倫理観に関しては、受け止めきれないものがあるんですよ。とっても重いテーマなんですよね。
でも確かに、女性としての立場というものを想像しても実感が伴わないのは、仕方のないことかもしれませんね。


