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『夏の夜は三たび微笑む』『第七の封印』『処女の泉』@ベルイマンの黄金期特集

夏の夜は三たび微笑む

ベルイマンでコメディ!まさかガラッとテイストの違う、こんな作品もあるのね。軽いコメディのように思えるけれども、人間の愚かさや女のしたたかさに対する諷刺がある。酸いも甘いも噛み分けた男と女が描かれるものだから、「軽いコメディ」などと高をくくっては居られなくなる。
 若い女を手に入れるのが男の理想である一方、一番恋した男と元サヤに戻ることを目論む女の計画がある。かつて若い頃散々浮名を流した海千山千の女と言えど、元サヤに戻るのは何と難しいことか。
 また、鬱を患い人生を憂う若い男が居て、こんな人物すら恋物語のメンバーとして組み入れられているのだから天晴だ。自殺しようと失敗した瞬間に、まさに天啓のような隣の部屋のベッド移動、“天使降臨”とは!爆笑してしまった。痛快さ、上手さに舌を巻きつつ。

この騒乱はまるでシェイクスピアの『真夏の夜の夢』のよう。惚れ薬のような酒が出てくるシーンや、驢馬の頭を被った男、タイトルのイメージ、この作品のオマージュだろう。しかし、シェイクスピアオマージュなんて恐れ多くて、例え似ていたとしても大抵の場合私は“無視”する。そう言えるだけの実力がないとこれはなかなか言えない。何故なら、かのレベルに達することが出来るような台詞の重厚さ、唸らせる脚本があって初めてそう言えるのだから。
面白くて覚えたくなるような台詞が多く、脚本で読みたいぐらいだ。こんな知的な台詞を書ける人は、今の時代誰が居るんだろう!?

’55年、スウェーデン
原題:Sommarnattens leende
監督・脚本:イングマール・ベルイマン
製作:アラン・エーケルンド
撮影:グンナール・フィッシェル
音楽:エリック・ノードグレーン
キャスト:グンナール・ビョルンストランド、ウーラ・ヤコブソン、エバ・ダールベック、ハリエット・アンデルセン、マルギット・カールキスト他

第七の封印

original 神の存在証明を求めるが故に、悪魔にすら手を差し伸べる男がいる。
死神と取引をするという豪胆な誘いかけをし、チェスのゲームをすることによって寿命すら伸ばす騎士。チェスの腕前に自信のある死神を相手に、何者をも恐れないその様は頼もしい。
ある種、彼は“人間の感情”から程遠くなってしまっていて、自らの生や全てに対し何の思い入れも無いからこそ、そうしたことが出来る。

彼を取り巻く世界に起きる出来事は、そうした位置から見下ろした感覚だ。こうした彼の思いは我々にとっても思い当たるものがある。彼の悩みは我々の悩みだ。ここで描かれた、騎士にとって心に残るいくつかの情景というものは、この生に思いを馳せ懐かしむものだ。
道化師とその妻の真っ直ぐな愛情。彼女たちと過ごすその瞬間に、「この瞬間を覚えておこう」と言う騎士の姿に胸を打たれる。
道化師は、乳飲み児の手を引く姿を幻想で見て“聖母マリアの姿”を見たような気になるが、それこそまさに彼が得ている妻とその稚児の姿であった。騎士が野いちごを食べ茶を飲む瞬間は、このことを思わず思い起こさせる。こういう瞬間があるからこそ、ベルイマンを見て心が震える。
にしても、この禍々しさと不吉な予感はどうだろう。我々は生きる上で、ふと何かの瞬間に何か背筋がゾッとするような瞬間があり、聖なる祈りに似た崇高な思いを感じる瞬間がある。そうした思いを捉えた映像。感激して打ち震えた。

満足した騎士は、浮気症な武器屋の妻とその亭主の愁嘆場に立ち会うことになる。すったもんだの末にうっかり事故死を迎える中年俳優(浮気相手)。死神の鎌はすぐそこまで来ていたが、道化師とその家族は命拾いしたことになる。騎士の寿命はすぐそこまで来ていて、彼もその準備が出来ている。よく考えればたかが2,3日の寿命延命対策であったかもしれない。が、騎士は迫り来る命の灯火を前に、ゆったりと腰を下ろすことの出来た満足感を味わっている。彼の思いもしっかりと観客に伝わっている。

処女の泉

img_0 黒澤明の『羅生門』に影響を与えたと言われるこの作品。ベルイマンにしては割とシンプルなストーリーラインか。しかもウェス・クレイブンの『鮮血の美学』の元ネタになったとか。おお、そうだったのか!と、見て初めて知る…。
呪術的な呪い〈オーディンの呪い〉を処女カーリンにかける身重な女。醜い女の嫉妬からである。かえるが鳴き、事件は起こる。

処女のレイプシーンが割と暴力的で、おそらくこの時代にはショッキングな描かれ方だったのではないか、と思わせる衝撃的な撮り方。その後撲殺、身ぐるみを剥ぐ。レイプ強盗殺人。強盗は金品・服飾品(彼女が自慢気に着ていた絹のドレス)を持ち去って逃げるが、売ろうとした先が彼女が亡くなり落胆している一家。ラスト、彼女の死体ごしに泉が湧く。
と簡単なプロットではあるけれど、そこはベルイマン、ところどころ引っかかる点がある。身持ちの悪い女・インゲリは処女カーリンに対し、貞操を奪うよう呪いを掛けるが、そうしておきながらすでに後悔しており、殺人までは彼女は予想していなかった。裕福な父親は冒頭で使用人に対し厳しく、すでに彼は殺人を犯していたのではなかったか。処女の強盗殺人があり、その復讐という3度の殺人があるが、父親の手にその罪の重さが全てのしかかってくるラストであったこと。そしてそこに処女の死体から、泉が溢れるラストがある。それは全ての罪を洗い流す清浄の泉であったのだろうか?それが神の奇跡であるのか?何とも言えない気持ちになる。

’60年、スウェーデン
原題:Jungfrukallan
監督:イングマール・ベルイマン
原作:ウラ・イサクソン
脚本:ウラ・イサクソン
撮影:スベン・ニクビスト
音楽:エリック・ノードグレーン
キャスト:マックス・フォン・シドー(テーレ)、ビルギッタ・ペテルソン(カーリン)、ビルギッタ・ペテルスン(テーレの妻)、グンネル・リンドブロム(インゲリ)

 

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コメント(2件)

  1. こちらも同様にURLを。
    http://bojingles.blog3.fc2.com/blog-entry-1941.html
    これも、もう、なんとも…見るたびに、何か新たに思うのかもしれないなと思ったりしています。
    ベルイマンは唯一無二ですね。

  2. ボーさんへ

    こちらにもありがとうございます♪
    分かります。
    いろいろな方向から光を当てると、形が変わって見えるように、自分の思いを反映するようでもあるな、と思います。
    私はまごうかたなき奇跡を描いたというより、疑問符付きの形で描いたのではないか、と思っていたりします。

    これ、処女の描き方が意地悪でもありましたよね。
    彼女は純粋であったというより、少し放埒でワガママでもあり、他人の気持ちを考えずに振る舞っていたような。




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