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『ハンナ・アーレント』悪の凡庸さと真の勇気

20131215_889103この骨太さ、カッコイイ…!「女性監督はどうのこうの」と言う意見を、それが偏見に満ちているものであると、頭の端で浮かぶことが一片も無く、つい口を滑らせて言ってしまう人を、私は憎む。特にこんな、メチャカッコイイ女性監督の作品に触れた後だと、そう思っちゃうよ。だって他の国だと普通に、才能ある女性があらゆる分野で活躍してるじゃないですか。

こんなフェミニズム的意見をつい言いたくなってしまうのも、この作品が単に女性監督がメガホンを取った作品であるのみならず、女性が女性にリスペクトを捧げる、その姿にまた思わず胸熱になってしまう。そんな作品だからなのですね。

悪名高いナチス戦犯のアイヒマン裁判については、誰しも聞きかじったことがある出来事であるには違いない。しかし、一体これほどまでに大きな世紀の裁判を目前にして、「悪の凡庸さ」であると冷静に判断を下したこと、それが一体どれだけ勇気のある行動であったか、揺るぎなき知性の所業であったか…あらためてここで再確認することが出来、同時に歴史をたった今目前にしたかのように、アイヒマン裁判の当時の映像を共に目撃することが出来るなんて。ここまでの前編での畳み掛けてきた優秀な編集技術、これだけで私は思わず心が昂ってしまった。アイヒマン裁判について、チラっと聞き及んだだけでかなりの衝撃を受け、思わず自分の手に入る書籍を借りまくった大学生の日々を思い出した。もしかすると、私と同じような事をしたことのある人はきっと珍しくは無いのだろう。おそらく世界中何億人もの人が経験済みかもしれない。

前半で彼女の一世一代の論述における背景を充分描き切ったと思えば、後半でこの物語が強調したことは、「悪の凡庸さ」についての論述ですらなく。むしろ後半はハンナ・アーレントという人物像について、こんなにも愛情溢れる人物であり、人間として尊敬すべき成熟した知性の女性であったということ、愛すべき女性であったということ。そして、この稀有な才能の持ち主が、もしかすると心の奥に隠したままであった、彼女の師への複雑な感情について。ひた隠しに隠されていたことを、そのまま闇に返すというクールな所業。単にやかましくハイデッガーがどうのと声高に語らないところが、本当に素晴らしい!

マルガレーテ・フォン・トロッタに教わったのは、「リスペクトを捧げる」という行為の崇高さであったかもしれない。リスペクト、リスペクトと声高に語ることとは決してない。かえって浮き立ってくるのは、彼女が確かに抱えていた旦那への愛情。周りの友人から信頼され、充分に愛された柔軟で温厚な人柄。生活の確かな軌跡。そして何より、自分の民族としての立場や感情に流されることなく冷静に語った、真の勇気と。

’12年、ドイツ、ルクセンブルク、フランス
原題:Hannah Arendt
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
製作:ベティーナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン
脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ、パメラ・カッツ
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
音楽:アンドレ・マーゲンターラー
キャスト:バルバラ・スコバ(ハンナ・アーレント)、アクセル・ミルベルク(ハインリヒ・ブリュッヒャー)、ジャネット・マクティア(メアリー・マッカーシー)、ユリア・イェンチ(ロッテ・ケーラー)、ウルリッヒ・ノエテン(ハンス・ヨナス)
、ミヒャエル・デーゲン(クルト・ブルーメンフェルト)

 

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コメント(17件)

  1. 映画:ハンナ・アーレント Hannah Arendt 圧巻のラスト10分。



    今年の当ブログ映画ベスト10を検討するに、この1本は見逃せない、と駆けつけた。
    (公開終了2日前。滑り込み、セーフ)

    実は昨日も行ったのだが、チケットソールドアウト!
    受付…

  2. 【TIFF_2012】『ハンナ・アーレント』 (2012) / ドイツ



    原題: Hannah Arendt
    監督: マルガレーテ・フォン・トロッタ
    出演: バルバラ・スコヴァ 、アクセル・ミルベルク 、ジャネット・マクティア 、ユリア・イェンチ 、ウルリッヒ…

  3. お、書きましたね。
    本当に骨太な作品でした。こういう作品が日本でも受け入れられることがとてもいいことだと思う。
    目先の楽しさだけを追求しているように見える日本人の中にも、信念を正当に主張することの意義を求める気持ちがある。そこを掘り起こしている作品だと思うんですよね。

  4. rose_chocolatさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    これ、久しぶりの岩波ホールのヒットでしたよね。連日満員続きで、カリテでもムーブオーバーになりましたし。

    信念を正当に主張する、ですか。
    彼女の思想は、それがたとえ正当な意見であったとしても、当時の人の感情としては理解が及ばないような類のものだったのですね。
    それはそれとして、私のtwitterのTLで、「凡庸な悪について、今こそ日本人が知るべき」という意見を言っている人がいました。そちらには共感しましたね。

  5. たぶん私これを去年観てるんで、そういう書き方になったんだと思うんですよね。
    正直これって中身が盛りだくさん&発言が難解なので、細かい所まで覚えてらんないんです。
    今年は去年とは状況が一変しましたからね。再見してみると違った印象かもしれません。いずれにしても好きな作品でした。去年観たんで今年のベストには入れないんですが。

  6. rose_chocolatさんへ

    こんばんはアゲイン♪
    そっかーroseさんにとっては1年前ですもんね。

    んーそうですね、私の受けた印象とはだいぶ違うのかもしれませんね。私はさほど情報過多であるとも難解であるとも思わず、むしろ当時の彼女の置かれた立場について、分かりやすく説明づけていて、この監督本当に優秀だなあと思いましたよ。ハンナ・アーレントに寄り添う描き方で彼女に対するリスペクトを感じました。本当に見て良かった!なんて。

    でも、この物語の中で中心になっているアイヒマン裁判についてであるとか、ナチスドイツに対する知識は、まあ常識程度必要かもしれませんね。
    あ、でも確かに冒頭の背景を説明する辺りは情報を一気に並べててる感じはありましたかね。アイヒマン裁判が始まる直前辺りまで。

    そうそう、再見してみたら印象は違うかもしれません。

  7. わんばんこ。いつもはこんなボクですが、ハイデッガーとハンナの往復書簡を図書館で見つけて読んで、3年前ですが、ブログの記事にしたのがこちらです。

    http://ameblo.jp/marukawa-gum/entry-10737593474.html

    ボク、この映画を見てないのでどんなふーにまとまってるのか知らんのですが、、、往復書簡読む限り、ハイデガー、チョーキモイよ。

  8. ウラヤマさん

    メリークリトリス!
    コメントありがとうございました。
    クリスマスイブもやっぱりバナナばっかり食べてるんでしょうか。…と思ったら、今日は鯖だったんですね。
    ねこりんはねー、カレーとポテサラ。

    ハイデッガーとハンナの往復書簡!
    へえー、すでに読んでたんですね。どんなことが書いてあるのかな。
    この映画も是非見て欲しいけど。
    ハイデッガーがキモイ…あ、ウラヤマさん友達になれそうな感じですかね?君たちのキモイーズに入れてあげたら良いかも。

  9. 「ぼよーんな悪」

    違う違う。

    女性監督と知らずに観ましたが面白かったです。
    逆に「女性監督作品」と先に知ってたら身構えちゃったかもしれません。あまり、「女性監督作品」を売りにする映画でいい巡り合わせになった記憶もないので。

  10. 『ハンナ・アーレント』をシネマカリテ1で観て、『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』を思い出すふじき★★★★

    五つ星評価で【★★★★これはこれで面白いけど不満は映画評論メディアにある】

    実はアイヒマンが好きだ。
    それは2000年2月にBOX東中野(現ポレポレ東中野)で公開された
    ドキュメン …

  11. ふじき78さんへ

    あけましておめでとうございます〜♪
    コメントありがとうございました。

    いやいや、この作品は特に女性監督映画であることをプッシュして売っている訳ではないのです。もちろんこの作品のみならず、女性監督映画に素晴らしいのはいくつもあるわけで。
    むしろ私は、女性監督だからと言って、そうしたくくりを映画につけること自体が間違いだと思っています。

  12. ショートレビュー「ハンナ・アーレント・・・・・評価額1650円」

    アーレント教授の白熱教室。

    1960年、南米で逃亡生活を続けていた元ナチス幹部、アドルフ・アイヒマンがイスラエルの諜報機関モサドによって拘束され、密かにエルサレムに移送され…

  13. 煙草スパスパ、無煙さんが見たら卒倒しそうだけど、実に格好よかったですね。
    品格もあり、愛情も深い。
    そんな人間性があるからこそ、彼女の言葉はより説得力をもつ。
    ハイデガーだってナチスになるって事実を彼女は誰より知ってるんですもんね。
    これがヒットしてるのは、やはり今の日本に響く内容だからでしょう。

  14. ノラネコさんへ

    こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
    今のこんな時代に、煙草をスパスパ吸う映画ってそれだけでいいなと思ってしまう私です。
    彼女の人間性を描き、外堀をくっきりと描いて…
    でもご指摘の通り、ハイデッガーとナチスの関係性については全く触れずじまいでしたけどね。

  15. 「ハンナ・アーレント」

    考えることの重要さを考えさせられた。

  16. きれいな女優さんの映画だけじゃなくて~、真面目な映画も好きなんですよ!?
    ハンナ・アーレントという人を、思想だけじゃなくて人間味まで見せてくれて、いい映画でした。

  17. ボーさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    ハハハw。確かに、ボーさんにしては真面目な映画かも!?なんてw
    これ、なかなかヒットしてましたよね。去年の年末から、だいぶ長い期間に渡るロングランヒットになって、本当に良かった。




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