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二人の俳優の演技を見るだけで十二分に価値がある 『ザ・マスター』

posterこの監督って、まだ42歳でこの貫禄なんだ。
『パンチ・ドランク・ラブ』までは、まだ普通に面白い映画を撮る監督だとしか思っていなかったのに、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』からはもう巨匠と呼ぶべき風格たっぷり。私はと言えば、『ブギーナイツ』からリアルタイム。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、見終わった後時間が経てば経つほど、あの作品の一種独特な呑まれそうなテイストを思い出して、ゾクっとする。この感覚をまだ覚えているぐらいの傑作。



この作品は、その語られる物語が一体どこに主軸を置いていて、そこからどこへと流れついていくのか全く分からず、ただ思いも寄らない波に身を任せる感覚だった。よるべなき一艘の船のように。物語の定形構造から逸脱した物語は、より人間の人生のあり方に似ている。一体どんな風に人間を語り出すか分からないものだから、余計スリリング。

カリスマ的な人望を集める一人の男と、今にも自分の人生を破滅へと向かわせつつある一人の男。前者は自分が本物であることを後者に示しながら彼を救おうとし、後者は空っぽの自分を埋めるかのように前者に傾倒していく。心のどこかでは彼が本物であるかないかを見抜こうとしながらも、彼を信じついていくことで「よるべなき一艘の船」である自分を、この世界へとしっかり括りつけておく錨にもなっている。こうした鎖で二人の絆はどんどん強まっていき、むしろお互いが居なければ成立しないぐぐらいになっていく。カリスマ性を持つ人間とそれに惹かれる人間との純粋な関係性。このピュアな結晶は一体なんだろう。そこに性も無ければ金も介在しない。
フレディ・クィエル(ホアキン・フェニックス)にとっては、この二人の関係性だけが、自分の世界を形成していて、彼自身の全てでもある。同様に、ランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)にとっても、彼にとって一番近しい存在がクィエルになっていく。この濃密過ぎる閉じられた世界!この二人だけの世界を、実力のある二人の俳優が熾烈に互いの演技の妙を戦わせている。面白くないわけがない!

フレディ・クィエルはおそらく文盲だ。彼が本を読んだかどうかについて誰かに聞かれるシーンがあるが、一度目はランカスターの著作を否定し、二度目は著作を貶した者を半殺しにする、という行動で答えている。この2つの行動の違いには彼の心理の変化と時間の流れが表れているけれども、おそらく彼は本を読んでは居ない、というより文字を読むことが出来なかったのだろう。でもフレディ・クィエルにとっては、宗教心やランカスターの論理の誤謬性よりも、一個の人間として信頼できるか否か、この一点だけが、自分の全てを傾けられるかどうかの判断基準だったようだ。
ここで、サイエントロジーについて言及せざるを得ないかもしれない。トム・クルーズが所属している、有名なあの宗教団体について。でも、こうしたカリスマ性が人間に及ぼす関係の力学については、我々は誰もが、もっと身近に知っている。

たとえば、宇多丸のやっているラジオの「ウィークエンド・シャッフル」。ラジオの放映では、宇多丸の横でいつも同じ人の笑い声がしている。私はこの声の主がいつも同じであることが気になっていた。彼は特に宇多丸の話を割り込むことは決してないけれども、いつも笑い声だけが響いている。この取り巻きのような人物は、常に宇多丸の傍らについて回っているのかもしれないと予想する。一方宇多丸にとっても、この彼の存在のおかげで、気分良く話をすることが出来るのかもしれない。まるでメトロノームみたいに、バイオリズムを一定に保つ機能を持った彼の存在。

誰か本当に好きな人間についていく人生って、それはそれで幸せかもしれない。本当はお互い、自分と真っ直ぐ向きあえば、誰もがただ単に孤独で空っぽな人間であるのに。そんな自己概念から外れ、一時見る別の夢。他人の個に自分を寄り添わせて、心から信じてみることで、また自分を信じることが出来る。クィエルにとっては心の溝が埋まり、傷を開放出来、だからこそもう一度故郷に帰ることが出来たのかもしれない。

ランカスターが本物であったのか、なかったのか、そんなことを描いている作品では無いのだった。そして、少なくてもクィエルにとっては本物だった。

2012年、アメリカ
原題:the Master
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
製作:ジョアン・セラー、ダニエル・ルピ、ポール・トーマス・アンダーソン他
製作総指揮:アダム・ソムナー、テッド・シッパー
撮影:ミハイ・マライメア・Jr.
音楽:ジョニー・グリーンウッド
キャスト:ホアキン・フェニックス(フレディ・クエル)、フィリップ・シーモア・ホフマン(ランカスター・ドッド)、エイミー・アダムス(ペギー・ドッド)、ローラ・ダーン(ヘレン・サリバン)、アンビル・チルダース(エリザベス・ドッド)、ラミ・マレック(クラーク)他

 

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