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127★愛について、ある土曜日の面会室

’09年、フランス
原題:Qu’un seul tienne et les autres suivront
監督:レア・フェネール
脚本:レア・フェネール、カトリーヌ・パイエ
撮影:ジャン=ルイ・ビアラール
音楽:リュック・メイヤン
キャスト:ファリダ・ラウアジ(ゾラ)、デルフィーヌ・シュイヨー(セリーヌ)、レダ・カティブ(ステファン)、ポーリン・エチエンヌ(ロール)、マルク・バルベ(ピエール)、ヴァンサン・ロティエ(アレクサンドル)、ディナーラ・ドルカーロワ(エルザ)



フランスの女性監督が本人で脚本を書いた、初監督作品。たったそれだけの前情報で、見ることを決めてしまいました。今年の『わたしたちの宣戦布告』もそうですよね。いつだったか友人3人と、ある女性監督の映画を観に行ったのですが、その映画があまり好評ではなく。その内の一人が「女性監督ならではの欠点」と言いました。で、そこでちょっと考えこんでしまった。でも言い返せなかったんですよね、私もそれほどその映画をフォローしたい程好きではなかったし。ただ、一番言って欲しくない言葉の一つが、そういう気楽なジェンダー論で、私は昔からこれが好きではありません。アメリカなんかだと、才能ある女性がどんどん活躍しているのに、日本人はどうしてまだこんなことを言うのか。しかも女性が何故そんなことを言うのかと、ムカムカしてしまいました。以来、女性監督と聞くと、それだけでついつい見に行くようになってしまいました。特別ウーマンリブな訳でも何でもないのだけれど。私は自分が女性だからか、男性の方が好きだったりします。まあみんな同じでしょうな。男性の方がサッパリしているような気がして。女性の方が根に持ちますよね、私がこうやってずっと覚えているみたいに・・・。

で、まあそうした女性監督についての話は、しばらく答えが出そうにもないので、先送りにすることにして、この作品について。まるでダルデンヌ兄弟かと見まごうような、社会的弱者の物語でした。人間の弱さと社会の歪みとを、しっかと目を離さずにみつめる視線。群像劇でありながら、ある一点で時間軸が交差する。塀の内と外、まさにその境界線にある「面会室」という拠点を置いて描かれるという。こうした群像劇で、ある一点で人々の人生が交差するという描き方は、’99年の『マグノリア』、’00年のイニャリトゥの『アモーレス・ペロス』、同じ年のソダーバーグの『トラフィック』などの頃には驚いたけれど、以来それほど珍しいタッチでもありません。正直、’03年の『ミスティック・リバー』辺りではすでに私は、そうした脚本に新鮮さは全く感じない、不感症になっていました。イニャリトゥの『21g』もそう。『クラッシュ』の頃にはこの手法には、すっかり飽き飽き。でも、群像劇は今後も続くだろうし、中には素晴らしいものもあるでしょう。この作品もその一つに数えられそう。

ラストのクライマックスで訪れるカタルシスは、何故か大きいのだけれど、私にはこの理由が見出せそうにありません。何故、人間の人生を、群像劇でもって複数交差的に描かれると、グッと惹かれてしまうのか。キャラクター各人が持つ、人間臭さ、優しさ、そうしたものに何故か惹かれてしまうのが理由かも。人間が人間に出会って、それがただの偶然ではなく、不可思議な運命によって結びついていく。優しい言葉をかけたが縁で、家政婦に雇おうとする人。雨宿り代わりに訪れた献血ルームで医師に、自分の彼氏の面接の付き添いを頼む少女・・。その面接室が過ぎ去ってみればそれぞれが、それぞれの人生を皆勝手に生きていくはず。家政婦ゾラが全く偶然にそこに行き、自分の息子を殺した相手と向き合う。顔が似ているというだけの理由で、自分の1年を塀の中で過ごすことにする男。重さはあるけれども、何故か「人間以上の大きな存在」を感じることのできる映画が、やっぱり好きになってしまうのだよなあ。運命や人の縁は見えないけれど、どこか存在していると、自分自身も心の奥底で思っているからなのだろうか。

 

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コメント(5件)

  1. これも観た方が少なくて残念だよね。シブい作品だしもっと多くの方に観ていただきたいけど。


    私も女性監督とか、女性を扱った作品は殆ど観ますね。単に女性の方が男性よりも複雑で、題材として扱った時に面白いんだけど、むしろ女性特有の感性を楽しみたくて行きます。
    これは初監督作品なのに、仕上がりとしてはまとまっていましたね。

  2. rose_chocolatさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。

    ですねー、シネマート系の作品て、公開する時期が適していないのか、それとも単に何となくスルーされる傾向にあるのか、どれもこれも見ている人が少ない気がしますね…。宣伝が下手なんでしょうか?でも、『マーサあるいはマーシー・メイ』は売れそうな気がする。この作品も、お正月公開ものの派手な作品とは公開時期を異にするべきだったのではないかと思います。せっかく出来のいい作品なのに、勿体無いですよねー。

    >むしろ女性特有の感性を楽しみたくて行きます。

    roseさんは素直な感性でいいなあ。私は、以前言われた「女性監督の作品はつまらない」に反証したくて、女性監督物を見続けているような気がします。

    自分も大学生の頃「女性の作る音楽は、どこか“オーガズムを得られない感じがする”って気がする」と言っていた過去もあり。

    今後も見続けます。

  3. とらねこさん、こんばんは。
    日本は今でも男尊女卑な価値観が多少なりとも残っているのかもしれないですね。
    それに比べると、アメリカは性別や年齢の括りはあまりないようだけど、
    人種の壁は残っているみたいだし・・・。
    無意識のうちに線引きしてしまうのは人間の本能のような気もしたりします。

    人生の境界線はシーソーのように揺れていて、
    ふとしたタイミングで内か外に傾くのかもしれないですね。
    そして、人と人との出会いは偶然の積み重ねによって運命に連なっていくのでしょうね。

  4. BCさんへ

    こんばんは♪コメントありがとうございました。
    BCさん!ちょうどメンテナンスをやる直前にお話に行ってしまいました!ずっとサイトが落ちていて、ご不便をおかけしてしまったかと思います…。すみませんでした。
    そんな中、来てくださってありがとうございました。

    そうなんですよね。男尊女卑的感覚は日本では普通にある気がします。
    アメリカは人種の坩堝なだけあって、意識する人は人種差別に敏感な人も居ると思うのですが、日本の場合はまだまだかも…哀しいことですが。

    群像劇が交差するポイントとしての境界線の描き方、なかなか良かったですよね。
    偶然の重なりでしたが、無理に重ねることなく上手に描けていましたね。




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