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44★屋根裏部屋のマリアたち

’10年、フランス
原題:LES FEMMES DU 6EME ETAGE
監督・脚本: フィリップ・ル・ゲ
共同脚本: ジェローム・トネール
キャスト:ファブリス・ルキーニ、サンドリーヌ・キベルラン、ナタリア・ベルベケ、カルメン・マウラ、ロラ・ドゥエニャス

 



自分で選んだはずの自分の人生なのに、気づけば何かが足りない気がする。この主人公ルイのように、何不自由ない安定した生活を手に入れたその後で、初めてそんな風に思う、そんな人も世の中には結構多いのかもしれない。不思議ですよね。満たされているのに「何かが足りない」と思う。人間の価値観は、見た目からではなく、心の奥底をひっくり返してみないと見つからないものがあるのかも。

主人公のルイはおそらく、物に困ったことが無い人。父親の代からの会社を引き継ぎ、上手く経営し、若い頃は夢中で走り続けた人生だったのかもしれない。老年になって自分の道筋が、今後同じことの繰り返しだとハッ気づくんですよね。「自分はここから一生、おそらく出ることはないのだろうな」。この台詞を発した頃は、ある種諦めに似た心境であったと思う。自分の人生を敢えてドラマティックに変えよう、と思うほどの冒険心も、若さも持たなかったはず。この彼が変わっていく姿の丁寧な描き方が、私にはすごく腑に落ちるものだった。しかしことによると、後半で主人公の人生が変わっていく物語に、驚いた人も居るかもしれない。

ルイは、人間に対する見方がとても優しい人。人を人種や見た目で判断しない、本当の意味のフランス紳士なんですね。彼の優しい視線が眩しい。人種差別や凝り固まった概念でないことが、次々に分かるいくつものエピソードたち。気づけばリズム良く、心地よく物語が進んでいく。いつも物事を別の角度から考えることが出来る、フランス人らしい価値観なのかもしれない。そんな風に思ったりもした。この先、ネタバレで語ります。







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冒頭に挙げたように、主人公ルイが老境で心を変えるこのことに、違和感を覚える人も中には居るだろうと思う。妻は登場のファーストシーンで「女は男を手に入れたら最後、絶対逃しちゃダメよ」との台詞を言う。この自らの台詞がラストで覆される。ルイはスペイン人の陽気さや働き者である点など、人の魂の温かさに触れ心の交流を交わした後、妻スザンヌの元へ、元の鞘へと納まる。そう期待した人も多かっただろうと思う。しかしこの物語ではそうはいかず、旦那はスペイン人メイドのマリアと恋に落ち、彼女を追ってスペインまで旅に出る。

私はふと、とある物語を思い出した。タイトルも作家も忘れてしまった。こんな話だった。とある男が、長年幸せに暮らしていたが、妻を置いて別の国へと旅立っていく。そこで男は別の女を娶り、再びしばらく幸せに暮らす。だがある日、突然昔の妻を思い出し、以前住んでいた家へ戻っていく。するとそこには昔と変わらぬ妻が居て、懐かしく一晩を過ごす。妻は彼を咎めたりはしない。しかし翌日の朝、男は何もない場所で寝ている。男が去った後もずっと待ち続けた妻は、その間に死んでしまい、今は草むらがただ生い茂るのみであったことに男は気づく。という物語だ。(はい、『雨月物語』に良く似てますよね。確かに雨月物語の『浅茅が宿(あさぢがやど)』とソックリ。でも、確か作者が違うんですよ。「◯◯◯の母」か妻、みたいな感じの作者だったと思う。それにこっちの方がもっとシンプルな物語。何だったかな。知っている人は、教えてね。)

河合隼雄氏がこの物語について、「これぞ人間の魂だ」と言ったんですね。男が何故妻を捨てて別の国へ行ったか。それは人間の魂がそういうものだからだ。と言うのです。私はこれが当時、どうしても分からなかった。 でも最近になってようやく分かり始めてきた気がする。でも、これについて多くを語るのはやめておきます。興味の湧いた方は、良ければユング心理学の本をいくつか読んでみて下さい。

話は戻り、この作品について。フランス人妻のスザンヌは、妻の座につき相手を理解することについて、少しだけ怠惰であったかもしれない。実は夫が少しづつ変わっていった事について、鈍感になっていった。おそらく自分の気付かぬ内に。今彼が幸せそうにしていることについて、その理由も正確に把握していなかったのみならず、彼の好みについても予想が全く外れていたと描かれている(「彼にとって私はいつも田舎出身の女なのよ。」「彼の本当の好みは洗練された都会の女」)。でも、こうしたスレ違いというのは実によくあることだと思う。自分の背中をなかなか鏡で見ることが出来ないように。

 

※ストーリー・・・
1962年、マリア(ナタリア・ベルベケ)は軍事政権下にある祖国スペインを離れ、パリに逃れて来る。彼女は叔母(カルメン・マウラ)らと共にアパートの屋根裏部屋で共同生活を送っていた。そんなある日、マリアは同じアパートに住む株式仲買人ジャン=ルイ(ファブリス・ルキーニ)の家に、メイドとして迎えられることになる。その後ジャン=ルイは、妻がいるにもかかわらず少しずつマリアに心惹(ひ)かれていき・・・

屋根裏部屋のマリアたち@ぴあ映画生活

 

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