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唐組『盲導犬』を見て来ました!

moudouken劇団唐組の公演、『盲導犬』を見て来ました。

今回初めての紅テント。
場所は、吉祥寺の井の頭公園内という、私のお気に入りスポット。(よく行きました)。
ジブリ美術館のすぐ裏手にある、「木もれ日原っぱ」という名の場所に、こんな赤いテントを設立してしまうのです。

akatent2私は、名前こそ聞いたことがあったものの、中に入るのは今回初めて。テント自体も、それほど大きくない、小さなライブハウスと同じくらいの大きさなのでした。

受付のところでチケットと整理番号を引き換えたのだけれど、後で見たら、この受付の方も、出演するメンバーだったのでした。入り口のところでチケットを渡した人も、出演メンバーの一人。
なんだか手作り感、満載なのです。

さて、肝心のこの作品。


ストーリー・・・
ファキイルー   それは、貪欲なるものという意味。
コヨーテの血を引き、悪魔の犬とも呼ばれる伝説の黒い犬の名。

その幻の犬・ファキイルを自分のガイドだという盲人・影破里夫(えい・はりお)。
破里夫は、はぐれてしまったファキイルを探して、新宿のコインロッカー前に辿り着き、そこで、バンコックで夫を亡くした未亡人・奥尻銀杏に出会う。生前の夫によって、かつての恋人の思い出をコインロッカーに封印された銀杏。ファキイルの遠吠えが銀杏の耳を衝いた時、夫の亡霊が黄泉の国からコインロッカー前に現れる。時空の渦にのみ込まれ、現世と冥府の境界が溶け合い、やがて導かれる超幻想世界。影破里夫しか見たことはないそのファキイルは、不服従の剛毛を逆立て、【否定】の炎に、その眼を輝かせながら、主人の許に帰らない「盲導犬」として、どこかをうろついている!


紅テント11973年の蜷川幸雄率いる櫻社によって初演されて以来、唐組での初公演だとか。今回は、唐十郎によっての演出がされている、とのこと。

とにかく、台詞のパワーが凄いのです。下手すると、台詞を耳で追っているだけになってしまうぐらいの、内容の濃さ。
しかし、ところどころ内容的に、「ん?今のその台詞、一体どういう意味だったんだろう?」とか、全体的にこの話はどう繋がっていくのだろう?と思うところがあったのですが、もうとにかく、話の流れの黒い奔流に身を任せるのが精一杯、という感じでしょうか・・・。

akatent iriguti今回私たちはなんと、最前列に座ってしまい、役者の唾が盛大にかかるような席だったから、余計冷静に見ることができず、ディープに劇に入り込んでしまった、というのもあったのかも・・・。

先ほど、私は「話の流れの黒い奔流」と言ったのだけれど、この台詞の数々は、頭で考えて出来るような台詞では絶対ないな、と思ったりました。
理性の言葉で分析したりするよりも、その激情に身を任せる楽しみ方をするべき言葉たちというか。まさに本能から下りてくる言葉。私はそう思いました。

その本能というのは、たとえば主人公をして、しゃべってる相手のズボンに穴を開けさせたり、銀杏という女が結婚前の恋人に心を動かされたり、そして主人公である、目の見えない破里夫が、幻の犬をどこまでも追いかけさせる、・・・そんな代物なのです。

本能衝動という、形状すら定かならぬ人を翻弄する何か。そんな嵐のようなパッションで、眼前に繰り広げられる劇には、私はむしろ見ていていたたまれなく感じるような、そんな心の奥底からの叫びに包まれていたのです。

kaiennmaenohitobito盲人、破里夫(はりお)が、目が見えない体でありながら、「服従の犬」である盲導犬を連れずに、存在するかどうかも定かではない、不服従の「伝説の犬」ファキイルを求めて、むしろ彼の姿を追うかのようにさまよう姿がまず圧巻。彼の歌がまた印象深いのです。「この私たちの住む都会は、先祖の作った死んだ魚の住む海の底。いくつかの太陽を喰らってしまった、生臭き都・・・」。

一方、「操(みさお)」という名のロッカーに永遠に囚われた銀杏もまた妄想に囚われた女だったのでした。彼女は、自分を裏切って殺された夫の「ある日のユーモア」にその身が囚われてしまったまま。死んだ夫は生前に、あるロッカーの前で、カナダからの夕日と昔の恋人への手紙を封じ込める。このロッカーを開けないということが彼女の貞操であり、死んだ夫が投げかけたユーモアだったのです。くる日もくる日も100円を入れて、その新宿東口のロッカーの前に立ちすくむ銀杏。

ある日、330(操)というロッカーの前で、後に夫の亡霊に出会い、目覚めた時には犬の銅輪がはめられてしまいます。夫の背中に向けて、バンコクの愛人、トハが放った銃弾に負けじと、こちら側からも南へ向けて発砲するというイマジネーションを頭の中で繰り返す銀杏。その銃弾が夫の頭の中でぶつかる時、その刹那が妄想と現実の境界線を超えてゆきます。その瞬間、ロッカーの向こうにカナダの夕日が見え、そこからファキイルが飛び出してくる瞬間と交差する。現世と冥府の境界が溶け合う一瞬でした。
私は、貞操帯にも似た胴輪が銀杏の腰にはめられた時、彼女はむしろ、心の中にあるidもしくは本能衝動からは、逆説的な意味で解放されたように思えてならなかったのです。

 

2009/10/27 | 舞台・演劇

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コメント(2件)

  1. まさに「紅テント」なんですね〜!しかも、井の頭公園の中に・・その景色を見てみたかったなあ。2枚目の画像の緑の中に赤、きれいじゃないですか!!
    「紅テント」は見に行ったことがないのですが、この言葉を聞いて、昔、確か大泉学園のあたりに「黒テント」のお芝居を見に行ったことを思い出しました。こちらも、まさに「黒テント」で、出し物も内容もさっぱり忘却の彼方なのに、あの芝居小屋、芝居テントの中に身を置いて、役者の動き、その声を間近にしていたわくわく感だけは未だに残っていて・・・不思議な空間でした。まさに異空間を体験していた、といったような・・・。

  2. rubiconeさんへ
    こんにちは〜♪コメントありがとうございました!
    お返事がちょっぴり遅くなってしまい、すみませんでした!
    おお、rubiconeさんは黒テントに行かれたことがありますか!
    テントの中にて行われる、というのが余計、不思議な空間だなって思えるんですよね!
    テント一枚を隔ててすぐ外が、現実の世界て地続きだからでしょうか?
    手を伸ばせば役者がすぐそこにいるような、熱気を封じ込めた異空間でした!




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