2010年03月16日
■12. ハート・ロッカー
'08年、アメリカジェレミー・レナー
ウィリアム・ジェームズ二等軍曹アンソニー・マッキー
サンボーン軍曹ブライアン・ジェラティ
オーウェン・エルドリッジ技術兵今年のアカデミー賞で、もっとも注目の的だったのが、『アバター』とこの作品との9部門ノミネートでの一騎打ち。
結果は、『アバター』が主要部門を外した3冠、こちらが6冠で圧勝!の元夫婦対決。ということで幕が閉じられた。
なんでも、アカデミー賞の注目率は今年はなかなか高くて、視聴率もなかなかだったらしい。
正直に言うと、この作品がアカデミー賞受賞作品なのか、ということに、少々驚きを感じなくもないけれど・・・。
『アバター』が、最新技術の3Dを駆使して臨場感を感じさせた作品であったなら、こちらは3Dという手法を使わずして、ギリギリまでに戦場のリアリズムを感じさせた。
まるで自分がその場にいるかのような、苦しさや緊張感を味わうことが出来、息苦しささえ感じるほど。
イラク戦争という乾いた広大な大地で、ひたすら兵士の日常を追うかのような、ドキュメンタリータッチのこの作品。娯楽性や、ドラマティックさといったものは排除され、手ブレカメラで淡々とした描写が続く。
生への怖さや執着心も感情も殺して、日々の任務をタフにこなしてゆく、爆弾処理班「ブラボー中隊」。
ここには、戦争についての大義名分や、人命救助に向かうことへの正義感はない。
そして、愛国心や自己犠牲の精神なども決して語られたりはしない。
新しい隊長に赴任してきたジェイムズ二等軍曹は、戦場において、もっとも能力を発揮するタイプの人として描かれる。
彼は、見ているこちらが恐ろしくなるほどに怖いもの知らずだ。
何かサバイバルへの本能、というものを持ち合わせているかのように、生命の危機にあってこそ、その能力が遺憾なく発揮される。
ラスト間際で、戦争における精神状態について語っているシーンが少しだけある。ジェイムズは、自分はあまり考えていない、などと言い、観客の私たちは驚いてしまう。それと同時に、彼の無心さ、集中力の高さについて、なるほどと納得がいくような気もする。
戦争から帰って来た彼が、スーパーでたくさんのシリアルを見て、どれを選んだらよいのか、途方にくれるシーンがある。このカメラがとても長い。
この長さに私たちは居心地の悪さを覚える。
何故なら、戦場でジェイムズが決して悩んだり、考えあぐねたりすることがなかった、と改めて思いを馳せるからだ。
現実のこの世界には、余計な選択肢が数多くありすぎる。私たちはどうでもよいことで迷いを感じ、何が自分に必要であるか、必要でないのかについて、考えてしまう。少なくてもジェイムズにとって複雑な世界は、こちらの方なのだ。・・・
ラストは、初めに描かれた恐ろしさを裏付ける1シーンで幕を閉じる。
ストーリー・・・004年、イラク・バグダッド。駐留米軍のブラボー中隊・爆弾処理班の作業中に爆発が起き、班長のトンプソン軍曹が爆死してしまう。トンプソン軍曹の代わりに派遣されてきたのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹。彼はこれまでに873個もの爆弾を処理してきたエキスパートだが、その自信ゆえか型破りで無謀な行動が多かった。部下のサンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵は彼に反発するが、ある事件をきっかけに打ち解けていく・・・
・ハート・ロッカー@ぴあ映画生活
2010年03月11日
■11. 渇き
'09年、韓国、アメリカ原題:Bak-Jwi
監督:パク・チャヌク
製作:アン・スヒョン、パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
撮影:チョン・ジョンフン
音楽:チョ・ヨンウク
ソン・ガンホ
サンヒョンキム・オクビン
テジュシン・ハギュン
ガンウキム・ヘスク
ラ夫人パク・イヌァン
車椅子の老神父パク・チャヌクがバンパイアを描く!?しかも、ラブシーンたっぷりの予告。
それも(イケメンではない)ソン・ガンホのラブシーン・・・うーむ。ソン・ガンホは面白い俳優だけど、ラブシーンが見たいか?って言ったら、別にそこは別に要らないんだけどネ、なんて、苦笑いしながら挑んだこの作品。
でこちら、やっぱり期待にそぐわない、とても面白い作品だった。ただ、一部の人にしか喜ばない感じは、どこかしらあるかな・・・なんて思いきやこの作品、ちょーっと待ったあ!カンヌの審査員賞を受賞してしまっている!よぉーしっ、パク・チャヌクの新時代、来たり!なんて喜んだよ私。
初めは、信仰について描いたのかと思った。神父という職業を選んだ者が、まるで十字架に背くかのような、血に飢えたバンパイアという姿に身を落としてしまう。
それもまるで、キリストの復活をチラと思い出させるようなやり方で。
うわーっ、その切口で来るのか、パク・チャヌク!今回ちょっと、手に余るカナ・・・と、思ったのも束の間。
やはりどんなものを描いても、高尚過ぎたりはしないのでした。もちろん、全く退屈しない。
狂おしいまでにエロチックで、血にまみれたこの世界を、
どっぷり堪能した。
欲望というあの、頭の中を空っぽにさせ、そのことしか頭になくなってしまう、あの感じが、
何て見事に描かれているのだろう!
人間社会というものから背徳の道を選んだ、二人のカップルの姿がそこにあった。
私は、愛を等身大に描いた作品だ、と思ったよ。
愛という地獄に落ちた、二人の姿を描いたものだ、と。
その喜びも苦しみも、葛藤も全て。
愛、と一口に言ってしまっていいのかな?いや、違うかもしれない。
それこそ、”渇き”と言い換えられるかもしれない。
だって、”愛”って言葉は美しすぎる。欲望、というとまだ弱い、”渇き”って言葉はまるでぴったりだ!
この煉獄に落ちたことはある?
そんな人には、この映画はよく分かるかもしれない。
まるで自分の思いを意に介さないかのように、相手とはスレ違うばかり。
そしてこの映画にはまるで、男と女の違いすら描かれているように、私には思えてしまったのだ。
女の方がより業が深く、コントロール不可能で、彼女のせいでどんどん罪が深くなってしまう。
相手を思ってもスレ違ってばかりで、まるで違う惑星同士かのように、
共存するのが難しい存在。
それが、男と女なのだ、って。
この先、ネタバレ::::::
の
先
、
ネ
タ
バ
レ
:
:
:
:
:
:
彼女をバンパイアとして生き返らせるその瞬間に、そこに蛇が横たわっているが、その瞬間は、悪魔の誘惑を描いているようだ。
二人は、背徳の世界のアダムとイブなのだ。
人間世界という楽園から追放された、彼らたった二人だけの世界。
物語の中盤で、サンヒョンは「私は、病気に罹ってしまったのです」という台詞を吐く。
これは「病気」=「愛」だ、と私は思った。
相手を欲するその気持ちが故に、相手を守ろうとするが故に、罪深くなってしまうサンヒョン。
「病気」、と言い切り、愛と言う言葉を使わない、この映画を、
私は心から支持する。
ストーリー・・・致死率100パーセントという謎のウイルスのワクチン開発のため、危険な人体実験に臨んだ神父のサンヒョン。輸血により一命をとりとめた彼は、ある日、幼馴染みガンウの妻ジュと出会い情事に溺れていく。と同時に自分の体に起きたある異変に気付くのだが・・・
・渇き@ぴあ映画生活
2010年03月06日
イスタンブールなう
今、イスタンブールの「Barcelo Eresin Topkapi Hotel」。左はiPhoneの現在地を出すGoogle mapです
今回、iPhoneを手にして初の海外なんだけど、トルコはどうやらランクの高いホテルでも、
なかなかWi-Fiを使える環境が少ない様子。イスタンブールは使えたけどね。
明日は、自由行動なので、イスタンブール現代美術館に行くつもり。

こちらはカッパドキア、ギョレメの写真
エフェソス遺跡紀元前11世紀、イオニア人による都市国家が成立
聖母マリアがキリストの死後、余生を過ごした、地中海文明の中で最も重要な遺跡。
P.Sコメント返し、帰ったらやりますね。
今時間が足りなすぎて・・・。
2010年03月04日
2010年02月27日
2月の評価別INDEX
最近、忙しくてなかなかブログを更新出来なくなってしまってますが・・・引越しは済みました!
しかし・・・
明日より、トルコ旅行に行って参ります!
段ボールほったらかし状態で!(爆)
帰ったらまた復活しますー。
相変わらずのマイペース更新かと思いますが、どうぞよろしくお願いします!
・・・と言いつつ。もしかして時間(とwi-fi)が有れば、
「トルコなう」とUP出来たらいいな〜、なんて夢想しているのですが・・・。
はたして叶うやら?
自分にとってはtwitterより、やっぱりブログ。
140文字じゃ、書ききれないことがいっぱいあるんだ!っつー。
twitterを見るのは楽しいのですが、「泡のようにつぶやいてそれで満足」、というのがどうも出来ないらしいのです。アーカイブ的に残すことが出来ないし。
「面白かった」とか「つまんなかった」程度の感想なんて聞きたくないし、自分も言いたくない。だからこそ、こうしてブログにしたためているわけで。
ついったーなんて、つ言ったーだ!( ´∀`)つ( ´∀`)つ
(いみふめ)
さて、そんなわけで2月の評価別INDEXですが。
今まで、ほとんど全て(DVD・旧作以外)の感想をUPしてきた私なので、「とりあえず評価だけ」UPしてしまう、というのは今までにないことなのですが・・・
辛い選択ではあるけれど、無理することこそ、ブログの楽しみを奪ってしまうもの、と思いを改めまして、今月は評価のみにしてしまおうかな、と。
泣く泣くではありますが・・・。
でもでも、今後もどうぞよしなに。
では、行ってきま〜す!
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2010年02月25日
■10. 誰がため
'08年、デンマーク・チェコ・ドイツ原題:Flammen og Citronen
監督:オーレ・クリスチャン・マセン
脚本:ラース・ブレード・ラーベク
制作:ラース・K・アナセン
トゥーレ・リントハート
フラメンマッツ・ミケルセン
シトロンクリスチャン・ベルケル
ホフマンハンス・ツィッシュラー
ギルバートスティーネ・スティーンゲーゼ
ケティピーター・ミュウギン
ヴィンターミレ・ホフマイーヤ・リーフェルト
ボーディルこの映画の、宣伝文句がなかなかグッとくる。
「ただ“生きる”ためなら降伏を、
だが、“存在する”ためには戦いを・・・」
「夢見たのは自由、貫いたのは信念」
「純粋すぎるが故、戦いを選んだ男。
守るべき者のため、戦いを選んだ男。」
これらのどれもに、うーむ、なんて思わず唸ってしまう。
そんな風に、思わず名文句が浮かんでしまうような、印象深い映画だった。名文句を探しだすこの配給担当者も、なかなかじゃない?ナンテ。
ナチス・ドイツの占領下のデンマーク。レジスタンスとして行動する、フラメンとシトロン。彼ら二人には、思わず夢中になってしまった。
どちらかと言うと、エンターテイメント性を排除したタッチ。ドラマティックさを演出するというより、ノワール映画のような味わい。これが、圧倒的に“正しい”やり方なのだ!
姑息な手段で盛り上げることのないこの自信は、なぜなら、二人の人生は十分にドラマ性と不条理性に満ち満ちているから。
背後の事実関係を並べ立てることはせず、二人の圧倒的なキャラクター性を描くことに終始している。そして、ふと気がつけば、彼らが一体何と闘っているのか、それらの姿が見えないことに気づく。「彼ら」が「社会」の中で輪郭を持って浮かび上がるかのようだった。その背後の世界そのものが闇の濃さを増していくのとは対照的に。
信念を貫く、というのはおそらく、彼らが唯一持っていたであろうその生きる指針だったはずなのに。
彼らは、味方に疑念を持った時から、何かが変わってくる。
この「何か」、というもの。掴みどころのないこれらが、もしかしたら人生そのもののような、そんな気持ちにさせられた。
だからこそ、物語の後半になるに従って、次第に増してくるように感じられる、彼らの未熟さ、不完全さを私たちは愛してしまう。その大胆不敵さに心を奪われた後で、あれほど無防備に人を愛する姿や、人を殺めるのを躊躇する姿に、驚きの思いでいっぱいになった。
ストーリー・・・1944年のデンマーク。ナチス・ドイツの占領下で、地下抵抗組織に所属する通称フラメンと相棒のシトロンは、ゲシュタポとナチスに協力する売国奴の暗殺 を任されていた。自由を取り戻すため次々にターゲットを射止めてゆく大胆不敵なフラメンにはゲシュタポから莫大な懸賞金がかけられ、一方、温厚な家庭人の シトロンは人を殺すことに苦悩していた。やがて、ある暗殺指令によって2人は組織への疑念を抱き始める・・・
・誰がため@ぴあ映画生活
2010年02月20日
■9. グッド・シェパード
'06年、アメリカ原題:The Good Shepherd
監督・製作:ロバート・デ・ニーロ
脚本:エリック・ロス
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ
撮影:ロバート・リチャードソン
音楽:マーセロ・ザーボス、ブルース・フォウラー
マット・デイモン
エドワード・ウィルソンアンジェリーナ・ジョリー
マーガレット“クローバー”ラッセルロバート・デ・ニーロ
ビル・サリバンビリー・クラダップ
アーチ・カミングスウィリアム・ハート
フィリップ・アレンジョー・ペシ
ジョセフ・パルミジョン・タトゥーロ
レイマイケル・ガンボン
ドクター・フレデリックスマルティナ・ゲデック
ハンナ・ミュラー俳優が監督する映画、というと、ついつい構えて見てしまって、後回しにしてしまう。
実際のところ、過度な期待なんてヤボだと思うし、それがよっぽど好きな俳優だったとしても、「ガッカリするのが嫌で」あまり手を出すのに気が重かったりする・・・それが、私にとっての“俳優の監督する映画”だ。
本当に、ショーン・ペンみたいな人こそ珍しいし、あとはついでに言うなら、私はエドワード・ノートンの作った映画もすごく好き。そうなってくると一目置いて俳優を見てしまう。
それを考えても、ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノ、となると別。この人なりのテイストというものがどこか感じられ、長年俳優をやっていただけあって、「こういう風に撮りたい」という気持ちが感じられるような気がする。それで、すごく味があるように感じてしまうんだ。
『ブロンクス物語』も好きだったな。自分は、トライベッカからもっと映画を作っているような印象だったんだけれど、デ・ニーロって、監督としてはこの作品で監督としては二作目だったんだ。
静かでミステリアスで、時系列がバラバラに並んでいて、ついでにナレーションもほとんど使われることなく物語が進められていく。こういうテイスト、私はとても好みでドンピシャ!にツボなのだけれど、人によっては「わけが分からない」と言われてしまうタイプの映画だと思う。
CIAの情報部という組織が生まれる前に、スカルズ・アンド・ボーンズという秘密結社の存在があって、そのエリート組織からCIAの枠組みとなる情報部が出来てゆく。
主人公のエドワードは、その最も古い立ち上げ当初のメンバーだ。何とも秘密めいていて、不思議な味わいがあって、スリリング。全体的に孤独感や、憂鬱感とが合わさった、微妙な味わいがまたいいのだ。
主人公エドワードの、極めて冷静な性格でありながら、自分の感情をどこまでも隠した、秘めたところが気になる。
任務を遂行するのに、激昂するタイプの感情はそぐわない。そのため、冷静に人を観察しながら、彼の人生はまるで他人の人生のように過ぎていく。彼の心のベースに流れる空気が、何とも憂鬱で、その感情に私は共感すら抱いた。
マット・デイモンは、やはり優れた役者だと思う。『リプリー』とか、この役のように、何か仮面をかぶった人生、という“演技するところの人物”を演じさせると、ピッタリくる。たとえば、『ディパーテッド』なんかもそうだった。『ボーン・アイデンティティー』のような役柄も、彼がボーンを演じることによって、不思議にキャラクターに深みが出ていたような気がするのだ。
(P.S.余談ですが、正直この作品で一番見たかったのは、自分にはマルティナ・ゲデックだったりしましたが・・・。)
ストーリー・・・1961年、キューバのカストロ政権転覆を目論んだピッグス湾侵攻作戦がCIA内部の情報漏れで失敗し、指揮をとったベテラン諜報員エドワード・ウィルソン は窮地に立たされる。第二次世界大戦前夜、イェール大学在学中に秘密結社スカル&ボーンズに勧誘されされたのを機に、この道に足を踏み入れて以来、戦中、 戦後と優秀な諜報員として暗躍してきたが、その陰で妻と息子は孤独な生活を強いられていた・・・
・グッド・シェパード@映画生活
2010年02月15日
■8. 倫敦から来た男
'07年、ハンガリー・ドイツ・フランス原題:The Man from London
監督:タル・べーラ原作:ジョルジュ・シムノン
脚本:クラスナホルカイ・ラースロー、タル・べーラ
共同監督・編集:アニエス・フラニツキ
撮影:フレッド・ケレメン
美術:ライク・ラースロー
音楽:ビーグ・ミハーイ
ミロスラブ・クロボット
マロワンティルダ・スウィントン
マダム・マロワンボーク・エリカ
アンリエットデルジ・ヤノーシュ
ブラウンレーナールト・イシュトバーン
刑事予告を見て、思わず「これは行かなくては!」と拳をグッと握りしめた作品。だって、絶対好みに違いない!というオーラがビシバシ。
『ヴェルクマイスター・ハーモニー』を当時、見ようかどうしようか迷って、結局諦めたことがあったけれど、今の自分だからこそ、こういう長回しにウットリ出来るのかも。あ、ちなみにその『ヴェルクマイスター・ハーモニー』は、ただいま渋谷のシアターイメージフォーラムにて上映中。最近のイメージフォーラムは、「マストなリスト」が多すぎて困るー!
ピンと張り詰めた空気なのに、何か不穏なものが隠れていそうな。そんな静寂の表現が、何とも素晴らしい。
曇りガラスの向こう側から、行われる犯罪をじっと見つめる主人公のマロワン。
この傍観者の視点【ガラスのコチラ側】と、犯罪に関わった“事件の内側”を知る者との視点【ガラスの向こう側】が微妙にずれ、このズレが緊張感を生んでいる。主人公・マロワンがそこに関わっていたのか、そうであればどの程度のことなのか、見ている者は思わず固唾をのんで見守ってしまうのだ。
なぜなら、そのまま素通りしていれば、彼はただの傍観者であったはずだったのだ。この二つの線が交差するのか、だとすればいつ・どのように・・・?
面白いのは、事件に関わり合ったその場所【ガラスの向こう側】のすぐ隣に、地元民【ガラスのコチラ側】の狭い世間が展開されるところだ。
真相を追う刑事が聞き込みをしている姿、そのカメラをすぐ横に動かせば、カメラの延長線上には、いつもそこに地元民の姿がある。珈琲を啜る者、飲みながら女性に話しかける者、様々な時にそこに彼らがいる。時にはシュールに踊ったり、不思議な音楽を奏でたりする。その映し方がまた何か意味深だ。
さらに、彼らの面子は気づけばいつも同じ顔だったりする。そこに思わずハッとしてしまう。傍観者である地元民、彼らはいつもここにいたのだ。何気ない顔をして。本当はもしかしたら、彼ら全員が全てを知っているかのような、あるいはいつも他の何かの事件を待ってすらいるような、そんな気すらしてくる。
ガラスの向こうで息をひそめて事件を眺めていた、主人公マロワン、彼の立場に、彼らの内の誰かが陥る可能性がなかった、とは言えない。そして、それを眺めている私たちも同じなのかも。
この先、ネタバレです::::::::::
の
先
、
ネ
タ
バ
レ
で
す
:
:
:
:
圧巻なのは、実際に事件が起こった時のその映し方だった。事件が今まさに起こっている、その時間が映されながらも、その「扉」は完全に遮断されるのだ!閉め切りの扉そのものだけが何分間も映し出される。
おかげで私たちは、想像するしかなくなる。結局、マロワンが何を行ったか、ただ遮断された扉と、音とだけで。その時どう私たちは思ったか?私はこれについて思いを巡らせると、思わず身震いがしてしまう。何と素晴らしく冴えた映像作家なのだろうと、感激のあまり!
私は思わず、マロワンに不信感を抱いてしまった。その扉の向こう側で起こったありのままが映し出されないからこそ、マロワンに不信感を抱いてしまった。その線と線とが結ばれ、彼がその事件の【向こう側】にドップリ浸かってしまったのだ、と思った。
だが、さらにラストでそれを裏切ってくる。これがまた素晴らしかった。
彼が施そうとしたのは真に善意からであったとして、正当防衛が認められる。彼は有罪、黒であると、思い込んだそのすぐ後に、それがアッサリ覆る。まるで、オセロのゲームのように。
私はここでハッとした。扉の向こうであれば、このように私たちは簡単に判断を誤ってみたりするのだ。なんと恐ろしいことだろう。
そして、もう一度最後に思い返してみた。曇りガラスの向こうをずっと眺めていた、主人公のことを。
ガラス窓一枚を隔てた向こう側とコチラ側を、何と見事に描いた作品だったのだろう。その本質が描かれた作品だった。
ストーリー・・・海辺の町で静かに暮らす鉄道員マロワン。ある日、ロンドンから来た男ブラウンによる殺人の現場を目撃した彼は、被害者が持っていた大金入りのトランクを海中から発見。それを手にしたことで、マロワンの人生は狂い始める。やがて彼の周囲にブラウンの影が・・・
・倫敦〈ロンドン〉から来た男@ぴあ映画生活
2010年02月10日
1月の評価別INDEX

鬼怒川温泉に行ってきました。日帰り温泉ですけど。
日帰り温泉、といっても、貸切露天風呂。
「貸切」の「露天風呂」って、何かエロい。
まるで、都会から人目を避け逃れて来た、不倫カップルみたいで、わくわくしました。「鬼怒川温泉 あけび」。
で、今回はその途中に寄った、そば屋さんのレポが、どちらかと言うとメインなんです。
「深山茶屋」。

栃木県日光市野口に位置する、人里離れたそば屋です。
雰囲気はいかにも、まんが日本昔ばなしに出てきそうな、何とも味のあるたたずまい。
そのせいか、東京からいくつも取材が来たようで、サインがたくさん飾ってありました。
雰囲気も、古い民家を改造して「新しく作った」という感じではありましたけど、とても面白い一枚柱(?)を使っていて、いやあ、とにかくすごい。

蕎麦がき。そば大好きな私には、お気に入りのメニューです。
ふんわりして、そばよりガッツリ、そば粉の味を感じます。
あー、蕎麦アレルギー、なくて良かった!

そばはこんなん。「十割そば」。
驚いたのは、そのメニュー。「いわな」等の串メニューに混じって、
な、な、なんと
鹿串に・・・
熊串って

お店の人に聞いたところ、熊が採れることはめったにないそうです(そりゃ、そーだ)。
もし採れても、猟師さんの手元に一番に行くため、なかなかお店のメニューに上ることはない、とか。
うーん、たとえメニューに上ったとしても、どうやったら知り得るのか分かりませんね(笑)。
でも、熊はどんな味なんでしょう。なんとなくイノシシみたいな味なのかな?

鹿串をいただきました。

てなわけで、遅くなりましたが、1月の評価別INDEXです。
★続きを読む★
2010年02月07日
■7. オーシャンズ
'09年、フランス原題:Oceans
監督:ジャック・ペラン、ジャック・クルーゾー
製作総指揮:ジェイク・エバーツ
製作:ジャック・ペラン、ニコラス・モベルニー
脚本:ジャック・ペラン、ジャック・クルーゾー、フランソワ・サラノ、ステファン・デュラン、ロラン・ドゥバ
音楽:ブリュノ・クーレ
編集:バンサン・シュミット、カトリーヌ・モシャン
日本語吹替え版ナレーション:宮沢りえ
ネイチャー・ドキュメンタリーは何かと好きで、よく足を運んでしまう。
二年前のお正月に公開された、『アース』や『グレート・ブルー』、『ミーアキャット』のような イギリス・BBC制作のもの。一方、この作品、ジャック・ペラン監督の『WATARIDORI』や、『皇帝ペンギン』、『バグズ・ワールド』のようなフランスのネイチャー・ドキュメンタリーも・・どちらも自分には興味深く、面白く見れたものが多かった。
海洋生物を見るのも好きだし、人間が踏み入れることの出来ない領域の映像、というのがまず、迫力満点だ。
特に前半は素晴らしくて、見ごたえのある映像にすっかり見入る。
海イグアナやホオジロザメ、有り得ない距離にまで近づいた映像は、まるですぐそこに居るかのような臨場感が凄くて。

ムラサキダコがゆらゆらと海中をさまよう姿、全体像が1つの画面では収まりきらないほどにカメラが寄っていく。
ハタハタと、その体は一枚布のように動き、風にたなびく洗濯物であるかのよう。赤フンどしにも見えて、思いのほかユーモラスに思えたり。
シロナガスクジラ、マッコウクジラなどの雄大な姿にも喜ぶ。(『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が思わず楽しみ!)
ただこれらの感激も、後半、人間の行う残忍な行為や環境汚染について言及する辺りから、話のトーンが変わってくる。
少々強引なナレーションや、言葉の選び方。映像表現や、音響効果まで、なんだか急に色褪せて見えてしまうことに、歯止めがかかることはなかった。
だが、本来私自身は、環境破壊については、人間がどれほど着目しても足りないほどの重大なテーマだと思っている。ただ、ナレーションの展開の仕方が、あまりに性急すぎて、もう少し丁寧に描いてくれていたら、どれだけ良かっただろう、と少々残念に思ってしまうのだった。
重要なテーマであるからこそ。

ちなみにこの作品、こどもキャンペーンを行って居て、子どもは500円で入場出来るそうです。『オーシャンズ』に特別協賛しているボートレースのページはこちら
この記事は、CyberBuzz会員であるとらねこがお送りしました。
・オーシャンズ@ぴあ映画生活


