2009年11月20日
パイレーツ・ロック ▲163
'09年、イギリス原題:The Boat That Rocked
監督・脚本:リチャード・カーティス
製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ヒラリー・ビーバン・ジョーンズ
製作総指揮:リチャード・カーティス、デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン
撮影:ダニー・コーエン
編集:エマ・E・ヒコックス
音楽:ニック・エンジェル
フィリップ・シーモア・ホフマン
ザ・カウントビル・ナイ
クエンティンリス・エヴァンス
ギャヴィンニック・フロスト
デイヴケネス・ブラナー
ドルマンディートム・スターリッジ
カールクリス・オダウド
サイモンキャサリン・パーキンソン
フェリシティリス・ダービー
アンガストム・ウィズダム
マークタルラ・ライリー
マリアン予告を見た瞬間から、見たくてたまらなくなってしまった作品。なんたって、フィリップ・シーモア・ホフマンとリス・エヴァンスが出ているんだもの。
最近の私は、フィリップ・シーモア・ホフマンの名を聞いただけで、見るべきリストの筆頭に挙がってしまうことが多いんだ。『メアリーとマックス』をTIFFで見たのも、彼が声優をやっていたからという理由だったりして。
さあ、次は『脳内ニューヨーク』だ!
(そう言えば最近、『セント・オブ・ウーマン 〜夢の香り〜』を見返してみたんだけど、フィリップ・シーモア・ホフマンが若くて驚いた!)
それから、キンクスの『All Day & All of the Night』もズルいなあ〜!
この曲がかかっていたらそれだけで、ノリノリになってしまうじゃないかあ!
笑いとしては、「英国風のユーモアセンス」というか、ちょっと個性あるユルユルな笑い。こういうタイプの笑いは、好きな人と嫌いな人に分かれそう。
下ネタ満載なので上品な人はきっとダメだろうし。
でもこちらの下ネタは、何となく楽しい。ロック魂に溢れた海賊船!彼らがロック魂に溢れたその姿が、何だか微笑ましい。
「高校を退学になり、その素行が悪いから」といって、それを正すという名目で、この海賊船に送られてきたカール。
いやまさか!全くの正反対。この船で乗船することによって、計り知れない悪影響を及ぼすのだった。
一日中ロックを流す海賊船。こんなところに朝から晩まで住むなんて、なんだか羨ましい生き方。
自分も、この船に乗船したくなって仕方が無かった。
男たちは楽しそうなんだもの。こういう人生羨ましいな、って本気で思ってしまう。
ここはある意味夢の場所。
「死ぬまでバカを貫く」という生き方ほど羨ましいものはない(断言)
ただ、作品中の女性の描かれ方がイマイチ好きじゃなかったんですよね私。特にフェリシティとマリアン、彼女たちが嫌い。彼女たちは居ない方が、この船をもっと好きになれたかも。女ってなんて残酷なの。それも一つの苦い笑いにしていたけれど。
ストーリー・・・1966年、北海に浮かぶ船に高校を退学になったカールがやってくる。更正のため、母親に名付け親のクエンティンに預けられたのだ。この船は海賊ラジオ局 で、クエンティンはその経営者。1日45分しかヒットレコードをかける時間がないBBCラジオに対し、24時間いつでもロックを流すこのラジオ局は若者に 圧倒的な支持を受けていた。しかしその一方、政府はこの海賊ラジオ局を潰そうと画策しているのだった・・・
・パイレーツ・ロック@映画生活
2009年11月17日
バーリア ▲162
'09年、イタリア原題:Baarìa
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
脚本: 〃
音楽:エンニオ・モリコーネ
TIFFにて鑑賞。
私や他のブロガーさん同様、TIFFの舞台挨拶つきの回を狙っていた人は、当然ながら多くいたらしい。あっと言う間に完売されてしまって、悔しい思いをしていた人は他にもたくさんいただろう。私はというと、監督その人を一目見てみたかっただけなのだけれど。
私は、「トルナトーレだけに、チケットをトルナなのか、トレなのか」などと、あまり冴えないギャグを言って、自分を慰めていたのでした。(つまんね〜)
何かイタリア映画を売り出す時、というとすぐさま「ニュー・シネマ・パラダイスのような〜」と形容されてしまう。で、大概いつも「ちょっと違うだろう、その売り口上は・・」なんて思ってしまうことが多い。そうしたところに、ジュゼッペ・トルナトーレの大本命、が来た。
シチリアの小さな町、バゲリーアを舞台にし、ペッピーノ・トレヌオーヴァという一人の人間の、人生という長くゆるやかな時間軸を追ったこの作品。なんだか、胸がいっぱいになるような「映画的感動」を兼ね備えていた。超大作。
これこそ、『ニュー・シネマ・パラダイス』の大好きな人は、見たら大満足!出来る作品だと、私は保証する。
ただ私自身はというと、『ニュー・シネマ・パラダイス』がそれほどまでに好きだという、熱烈なファンではない。申し訳ないんですけど

私にとって『ニュー・シネマ・パラダイス』は、高校の頃から何度も何度も挑戦し、その度眠りこけてしまい、なかなか最後まで見ることが出来なかった作品だ。でも、『海の上のピアニスト』は大好きで、何度も見たくなってしまった。さらに『マレーナ』も大好きだった。'06年の『題名のない子守唄』は、私は個人的にはこの映画自体は面白く見れたのだけれど、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「らしさ」、本来の彼の持つ映画の魅力について考えるなら、別物と言えるかもしれない・・。そう思える作品ではあった。
でも、この作品に関しては、その点全く違う。なにより、巨匠、ジュゼッペ・トルナトーレ監督自身のワイフワークのようなものらしい。監督自身、この作品を「『ニュー・シネマ・パラダイス』の親戚のような作品」、と形容しているという。
いやあ、それにしても、これほどの作品を前に、いったい何を語ればいいというのでしょう。
私はTIFFで見たけれど、この作品を見たら「私の今年のTIFFは終わったな」、などと思ってしまった。
もっとどん欲に、今年はたくさん見よう!と思っていたのだけれど。映画好きとしてもなんだか心に深く来るところがあって、図らずも満たされ、満腹感を感じてしまった。
この作品ならば、当然ながら日本にも来そう。165分という長さは、確かに長い。にもかかわらず、あっという間の出来事に思えると思う。
ストーリー・・・威勢のいい牛飼いの息子として過ごした1930年代から、美しいマンニーナとの許されぬ恋と結婚、そして騒 然としながらもどこか滑稽な政治の世界でのキャリア、さらには家庭生活に至るまで、ペッピーノ・トーレヌォーヴァの人生の旅路を追った本作は、ユーモラス でありながら胸が張り裂けるような、小さな町の家族の力学を描いた物語である。壮大な人生の一片とさまざまな側面——情緒と感情、叙事詩と郷愁、喜劇と悲 劇にあふれる旅路など、遠い存在に感じながらも、驚くほど身近に迫ってくる世界を描く・・・(TIFFホームページより)
2009年11月13日
スペル ▲161
'09年、アメリカ原題:Drag Me to Hell
監督:サム・ライミ
脚本:サム・ライミ、アイバン・ライミ
製作:ロバート・G・タパート、グラント・カーティス
製作総指揮:ジョー・ドレイク、ネイサン・カヘイン
撮影:ピーター・デミング
美術:スティーブ・サクラド
編集:ボブ・ムラウスキー
音楽:クリストファー・ヤング
アリソン・ローマン
クリスティン・ブラウンジャスティン・ロング
グレイ・ダルトンローナ・レイヴァー
ガーナシュ夫人ディリープ・ラオ
ラム・ジャスデヴィッド・ペイマー
ジャックス氏アドリアナ・バラッザ
ショーン・サン・デナ今日は13日の金曜日。
またまた、ホラーを楽しむ日がやって来ました!
『REC2』、『エスター』、『ソウ6』と見たのだけれど、一番満足度の高かった、こちらの作品をUPしちゃおうかな。
いやー、もう大・大・大興奮、大満足のホラーでした。
見終わった後に、思わず出てきた言葉は、
「おかわり!」
見終わった後だというのに、また最初から見たくなってしまった。
さすが、さすがのサム・ライミ!!
一つひとつのシーンが、本当に面白くて、恐くて、そして最高に楽しい。
たとえば、蝿一匹ですよ?その蝿一匹で、ここまで見せられたらかなわんね。
蝿一匹を、目の縁に歩かせたと思えば、左の鼻の中から入って、右の鼻の中から出し、さらに口の中に入り込む。
「あっ入り込んじゃった!」と思ったら、出てくるタイミングがあれなんだもんなあ〜!
蝿一匹を、ここまで見せることが出来るなんて、本当にすごい。
万事が万事この調子なんですよ、たとえば冒頭近くの、最初の駐車場のシーン。
ハンカチ一つがフロントガラスにくっついた瞬間、たったそれだけで「ギャー!」っと、悲鳴を上げそうになってしまう私たち。
すると、そのハンカチがユラユラ揺れて、車の後ろのガラスに消えてゆき、アレエ〜なんて思っていると、後部座席の影の中からおばあさんが車の中に!
ここも、本当恐かったけど、同時にすごく満足もした。あんまり上手に見せてくれるんだもん。緩急のつけ方がとっても上手。
昼間にはおばあさんが、通常の人間の振りしていたのに、それをやめ、ここからが、いよいよおばあさんの本領発揮部分。
その皮切りとなるのがこの部分で、こういうシーンを丁寧に、かつ適度にもったいぶらせながら、お待たせとばかりにドヒャーッ!!と恐がらせる。
こういうところが本当に天才的で、テンポも良くて、そのおかげで最後まで安心して面白がることが出来た。
どのシーンもどのシーンもクオリティが高くて、飽きさせないんですね。
さすがは、『死霊のはらわた』のサム・ライミ!!
あそうそう、私『死霊のはらわた』が大好きなのです。
一番好きなホラーと言ったら、私には他の何よりコレ。
もう15歳の頃からこれが好きなもんで、これだけは絶対、譲れない。
「金曜ロードショー」とかで何度も何度も放送されていたのに、そのたびに見てしまって。何度見たか分からないのに、最近になってまた見返して見たら、相変わらずの傑作だった。
アイディアの宝庫というか、後続するホラーはここから学ぶものがとてつもなく大きいのではないか、なんて思う。
最初はインディペンデントだったこの作品。サム・ライミ、ブルース・キャンベルを含むたった5人が、制作費もほとんどなく、機材も借り物、ただ情熱一つだけで作ってしまったという代物。
その『死霊のはらわた』カムバック!!というテイストなのが本当に嬉しい、この作品。
『スパイダーマン』であんなに名を上げた挙句に、またこんなテイストのホラーを作っちゃうなんて、もう最高に素敵。
今年二回目に言っちゃうけど、まさしく今年のナンバー1ホラー!
だって何度も見たくなるもん、コレ。
あと10回は楽しめそう

まだの人は、是非ともこれを劇場体験してみてください。そして、
「サブプライムかよっ!」
と思いっきりツッコミしたって。
ストーリー・・・銀行の融資窓口で働くクリスティンは、誠実な仕事ぶりで評価されている真面目な銀行員。その日、不動産ローンの延長を求めてやってきたガーナッシュ夫人に 対し、クリスティンは上司と相談した上で申請を却下することにした。するとガーナッシュ夫人はこれに憤慨し、仕事が終わったクリスティンを駐車場で待ち伏 せして襲いかかった。そして別れ際に彼女が発したのは、謎めいた呪文のような言葉だった・・・
・スペル@映画生活
2009年11月12日
NYスタテンアイランド物語 ▲160
'08年、アメリカ原題:Little New York
監督:ジェームズ・デモナコ
脚本: 〃
イーサン・ホーク
サリーヴィンセント・ドノフリオ
パーミー・タルゾシーモア・カッセル
ジャスパージュリアンヌ・ニコルソン
マリアTIFFにて鑑賞。
今回、監督のジェームズ・デモナコ監督がQ&Aに登板。
監督の話がメチャクチャ面白かったので、その辺りもレポしていこうかなと。
監督に言わせれば、NYスタテンアイランドは「NYにあって、最も存在感の薄いマイナーな場所」(笑)。
「NY州も要らないからと、もう少しでインディアナ州に譲渡されるところだった」などと言って、場内から笑いが漏れていた。
しかし結局譲渡にも至らず、今なおNY州に組み込まれ、マフィアが多くはびこる悪名高い場所になっているという、そんな場所だとか。
このNYスタテンアイランドで行われたある一つの事件。
3人のストーリーはそれぞれに独立し、それらが交差してゆく。物語の様相は、各の視点から語られる。この独立したパートが、次第に物語の核心に触れるように描かれる。
いわゆる「マネーバッグ」をめぐる3つの話だ。「強盗の素人」と、「盗まれる側のマフィアの親分」。そして、それに密に関わる「第三の存在」。
この第三の存在というのが、この物語でのキーワードになる。
マフィアではなく一般人であるのに、聾唖のブッチャー(肉の解体作業を行う人)であることから、マフィアに目をつけられ、ここ、NYスタテンアイランドで一番のハバを利かせている、マフィア専属の死体処理人にさせられている。
ハリウッド王道的なサスペンスタッチではないところが面白い。コメディタッチで、軽妙なジョークが散りばめられ、どこかクールな印象。
さらに言うなら、インディペンデントらしい風味が感じられる。
スタイリッシュに描きすぎることなく、人間味が加味されているところが面白い。
出てくる人々はどこか愛らしいマヌケっぷりをしている。マフィアの親分ですら、一大決心をして団を大きくしようと語った途端、部下から見放され、命を狙われる始末。彼もまた、典型的な「マフィア」ではない。
全て終わると、割り切れない人生の不平等さ、不条理性が残る。
この後に残る何か、これが映画には欲しい要素だと思ったりもする。
元々、、脚本家だったジェームズ・デモナコ監督。(『交渉人』)他にもTVシリーズで脚本として活動していて、今回長編映画の監督は初だという。
私たちの前に現れた監督は、かなり見た目的にも若く、快活で、話がメチャメチャ面白い人だった。
サービス精神が旺盛なのか、まだ若く、こうした華やかな舞台を経験するのがまだ新鮮に感じられるのか、とにかくいろいろな質問にちゃんと答えてくれる。そんな印象だった。
答え方も気が利いていて、何より言うことがとても面白いの。
今までこうした席で見た監督の中で、一番面白かった。(二番は三池さん)
なんだか、今後も応援したくなってしまったよ。
まず、ヴィンセント・ドノフリオ。監督曰く、彼は今までマフィア役をやったことのないイタリア系俳優だったから、この役に起用したのだという。
ハリウッドでイタリア系俳優というと、みんなが一度はマフィアの役をやったことがあるそうだ。ドラマで、そんなのがあったらしく(笑)、それにみんな起用され、マフィア役を経験してしまったらしい。
でも、ヴィンセント・ドノフリオだけは、そのオファーを断ったらしい。彼は、そうしたイタリア系マフィアの描かれ方が、単調でありきたりで、面白くないと思っているそうで、そのためにそうした役を断り続けてきたんだとか。でも、今回の役柄がそうではなかったので、オファーを受けてくれたらしい。
監督の方でも、考えていたのは、いかにも「典型的なマフィア」という感じからは少し外れる俳優だとのこと。レイ・リオッタみたいな俳優がいいと思ったらしい。
それから、イーサン・ホークに関しても、語ってくれた。
イーサン・ホークは、名前の知れている俳優であるのに、こうしたインディペンデント映画に、積極的に参加してくれる、という。
「イーサンは、熱意を持って演じてくれた。キャラクターも人一倍面白くて、大勢集まったところでは、彼の人を惹きつける魅力や面白いトーク、などでとても楽しい時間を過ごせた」、と言っていた。
そして、ジャスパー役のシーモア・カッセル。
彼は、往年のジョン・カサヴェテス作品の常連。ジョン・カサヴェテスは、自然光を使った撮影が多く、光を調整するのに、ほとんど時間を取らなかったらしい。今のように、光の調整だけで時間を食う、というのを今まで無かったらしく、そのことで監督に文句を言っていたらしい(笑)
彼は役柄が聾唖の役だったので、喋るのを我慢せねばならず、監督が「カット!」と言うたびに、監督のところにやって来て、堰を切ったようにたくさん話しかけてきたんだとか(笑)。
ストーリー・・・ブルーカラーのサリー・ヘヴァーソンが、これから生まれてくる子供の将来を考え、チンピラギャングの ボス、パーミー・タルゾの金庫を襲う決意を固める。賞金を狙う3人の男たちの人生が悲劇的に交差するなかで、記憶に残る事業を望むタルゾは、スタテンアイ ランドの森を救うキャンペーンを展開する。一方、聾唖の総菜屋の店員ジャスパー・サビアーノは、ギャングのボスによるいかがわしい行動の犠牲者の遺体処理を行っていた・・・
2009年11月10日
静かな光 ▲159
'07年、メキシコ・オランダ・フランス・ドイツ原題:Luz Silenciosa
監督:カルロス・レイガダス
脚本: 〃
コルネリオ・ウォール・フェール
ヨハンマリア・バンクラッツ
マリアンミリアム・トウズ
エスター'07年のカンヌ国際映画祭にて、審査員特別賞を受賞、'08年のラテン・ビート映画祭で初めて日本で紹介された監督。TIFFにて鑑賞。
今回のTIFFでは、「日本メキシコ友好400年記念」と称して、レイガダス監督作品がこちらを含め、3つ上映された。
冴え渡った映像センスで、画面に釘付けになる。
風が吹きすさぶ映像が流れれば、見ている私たちも風を頬に感じる気がした。人生のリアリスティックさを、すぐそこに感じ、重々しさと生々しさをグッと手元に感じる作り。
時々人物に思いきり寄った映像に、時に圧迫感すら感じることもある。目を離せないような、緊張を強いるような。
ズッシリ構えて負けないようにしなければ、なんだか負けてしまいそうな気がした。
「何度も別れようとしたが駄目だった。マリアンは、運命の女なのだ」と言い、不倫関係を続けてしまうヨハン。一方、マリアンにとっては、「こんなに苦しい愛は自分にとって初めて。だけど、同時に喜びが大きい愛」と表現する。
決して若くない、中年の夫婦同士の不倫で、お互いに家庭もある身。出口のなさに何度も後悔したり、苦しんだりしながら、それでもこっそりと逢引を続ける。
彼らの愛は決して遊びでもなければ、だからと言って、それぞれが責任感を放棄してしまえるほど、彼らは若くも愚かでもない。出口のなさに彷徨う彼らだけれど、その愛が一点の曇りのないものであることを、私たち観客はいつしか知るように思えてくるのだった。
彼らの関係も、妻エスターの苦しみが描かれる段になってくると、また別の面を呈してくる。エスターの心の嘆きもまた痛いほど共感できるのだった。
「目が覚めても終わらない悪夢のよう」と言うエスターの心もとなさ。長い期間大事にしていた関係が、ある日突然裏切りを体験し、一転してこれまで築いた関係が崩れさってしまったのだ。
大雨の中、叫ぶ彼女の嘆きはあまりに悲痛で見ていて苦しくなる・・・
物語は、終盤に至って突如として違う色彩を放ってくる。
「奇跡」と呼ぶにはあまりに奇妙な展開だ。にも関わらず、何か救いが得られたような後味を感じることが出来た。
作品上に描かれるラストでの「救い(=静かな光)」について思いを馳せれば、現実世界に住む我々の運命の不可逆性がクローズアップされる作りになっている。
ストーリー・・・メキシコ、チワワ州に自給自足のコミュニティーを作る、宗教一派メノナイトの移民達。戒律を守り、電気も水道も引かず、その生活の大部分を自然の営みに合 わせ広大な農地を耕して暮らす彼らは、オーバーオールと古風なワンピースに身を包み、一般的に多くの子を持つ平和主義者達だ。7人の子供と妻エスターと暮らすヨハンもその一人。しかし彼は、この静かで保守的な村で不可能な恋をしてしまう・・・。飾り気のない、究極にシンプルな人生を送る人々にとって、唯 一かけがえのないものとは何か・・・
2009年11月08日
ウォレスとグルミット チーズ・ホリデー ▲158
監督・脚本・製作・撮影・ニック・パーク
音楽:ジュリアン・ノット
編集:ロブ・ドープランド
このウォレスとグルミットのシリーズのような、クレイアニメと呼ばれるものを私が初めて知ったのは、『チキンラン』の時。雑誌の記事で読んで途方もなく驚いた。このウォレスとグルミットのシリーズもどうせ見るなら最初から見ないと、と思っていたら遅くなってしまった。
見てみたら、これは感激もの!
完成させるまでに6年を費やし、ようやく23分のこの作品が出来上がったなんて・・・本当に何て言ったらいいのか、とにかく凄いなあ。一番嬉しいのは、この発想の豊かさ。
そして、温かい色使い。なんて美味しそうな黄色!見ていて、ほっぺが落ちそう♪
チーズが切れたから、月に行こう!月はチーズから出来ているから・・・なんて思いつくウォレス。そこで宇宙船を材料から作り始める。間違っても「コンビニ行けばいいのに」なんてツッコミは、このクレイの世界に向かっては、とても思えない。
宇宙船も、見る限り「完成するわけないだろう」と思えるような、有機素材?からいつの間にか、立派な宇宙船が完成してしまう。
完成すると今度は、「まさか飛ぶ訳はないだろう」とか、「たとえ飛んでも宇宙圏に達しないだろう」とか、大人ならではの貧弱な発想が嫌でも頭にチラつく。ところが、宇宙船は見事月まで飛んでいって、着陸するのだ。・・・
ここにあるのは、貧困な発想を裏切る自由なイマジネーション。
「まさかそんな」と驚きが続くことで、不思議な快感が次第に生まれる。
そして見ている私も自由になれるような気がするのだ。
ラストの驚きは本当に心地が良くて、思わずまんまるの笑顔になった。
最近、大人な映画ばかりを立て続けに観てしまった私。また頭が固くなりそうになったら、ウォレスとグルミットシリーズを楽しんで頭をほぐそうっと。
ちなみに、これを見て思い出したのだけれど、昔大好きだったバンド、Primusのアルバムに、『The Sailing Sea of Cheese』というのがあって(←)、
http://www.amazon.co.jp/Sailing-Seas-Cheese-Primus/dp/B000001Y57
こちらも、「チーズの海への航海」。アルバムジャケットも、クレイアニメのようなもので作られていてカワイイ。
あと、同じバンドのこのPVで、こんなのも見つけましたよ。これ、ちょっとすごいですよね?クレイアニメタッチで。
http://www.youtube.com/watch?v=s7aGLY92B6s
ストーリー・・・ウォレス(声=ピーター・サリス)と飼い犬のグルミットは連休の旅行を計画中。ちょっと一息、お茶にしようと思うと、クラッカーにのせるチーズが切れている。よし、それならチーズの名所に行こう。チーズと言えば、月はチーズで出来ているらしい?ウォレスは月ロケット製作に着手。
・ウォレスとグルミット チーズ・ホリデー@映画生活
2009年11月06日
メアリーとマックス ▲157
'08年、オーストラリア原題:Mary and Max
監督:アダム・エリオット
トニ・コレット(声)
メアリーフィリップ・シーモア・ホフマン(声)
マックスエリック・バナ(声)
ダミアンバリー・ハンフリーズ(声)
ナレーターベタニー・ウィットモア(声)
若い頃のメアリーTIFFにて鑑賞。
いじめられっ子の8歳のオーストラリアに住む少女メアリーと、アスペルガー症候群の超肥満体の44歳のNYに住む男マックス。この二人の奇妙な文通を描いたアニメーション。
アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞を受賞した作品。
私が見る前に想像していたのは、どこかホッコリするような、それでいて温かい物語だったのだけれど、開けてみたら全く違っていて驚いた。
色調も暗く、白黒やセピア色が基調とされ、ブラックジョークもかなりキツく、これは想像した以上のブラックさ。しかもとても鋭いユーモアセンスで、笑い飛ばしたくなる時もあれば、悲しくなって来て胸に突き刺さるような物語でもあり。人間社会に対する、グサリと突き立てる諷刺の精神にも驚いた。
私の友人が指摘するに、マックスの色調は白黒のダークな世界。対するメアリーの世界は、セピア色だ。そしてところどころ、色がついている。メアリーの贈り物にも色がついている。
メアリーという女の子の登場からして、驚いてしまう。子供時代から顔にアザがあり、眼鏡をかけていて、決して美しくない少女。でもとても素直で善良な少女なので、大きくなって少しは綺麗になるかと予想した。それなのに、少しも綺麗にもかわいくもならない・・・。
マックスも、心を閉ざしたままだったので、彼女との文通によって、少しづつ明るくなったり、良くなる兆しが描かれるものと期待して見ていたけれど、全くそうはならない。病理が少しは良くなる、ということも全くなければ、人間が好きにもならない。
私は、自分がいかにおめでたい人間なのだろうと痛感した。
結局私は、何か世界が変わることを心のどこかで信じたているのだ。人間不信な人や心に病を抱える人が、何かのキッカケで変われると信じ、奇跡が訪れることを期待している。ただ楽観主義的な希望的観測から。
この物語は、おとぎの国が描くような展開には決してならないし、人の思いはスレ違うけれども、それでも、最後の最後に、それよりもっと不幸だったはずの人生よりは、きっとマシだった。たった一人で絶望して死ぬことがなかっただけでも、本当に良かったと思えた。
ストーリー・・・本作は、対照的なふたり——オーストラリアのメルボルン在住、丸ぽちゃで孤独な8歳の少女メアリー・ディン クルと、ニューヨークのカオスで暮らす超肥満体でアスペルガー症候群の44歳のユダヤ人マックス・ホロウィッツの、ふたつの大陸をまたいだ20年に渡る手 紙を通して描かれる物語。思春期から大人の女性へと成長するメアリーの旅路と、マックスが中年から老いを迎える過程を追いながら、紆余曲折を経て友情を越えた強い絆が結ばれる様子を描く・・・
2009年11月05日
タンゴ・シンガー ▲156
'09年、ベルギー、アルゼンチン、フランス、オランダ原題:La Cantante de Tango
監督:ディエゴ・マルティネス・ビニャッティ
脚本: 〃
撮影: 〃
エウヘニア・ラミレス・ミオリ
エレナブリュノ・トデスキーニ
アンドレス・ラミレス
TIFFにて鑑賞。
タンゴ・シンガーとしてまさに成功しようとするその時に、彼女に訪れた突然の恋人との破局。
諦めきれない彼女の行動が、痛ましく、胸をえぐるように思えると同時に、スペイン生まれのタンゴの情熱、激情をより感じる。
胸の焼けるような痛みと、タンゴの旋律が絡み合って、とても雰囲気のある独特な作品になっていた。
物語は中盤以降、あるシーンを拠点として、二つの違った彼女の人生を映し出す。
彼女の眼前に現れた二つの選択。一つは、その街に残って歌手として成功し、だがどうしても恋人を忘れることが出来ず、バンドのメンバーと体の関係になるが、心の寂しさは決して埋められない。そしてその後、悲劇が訪れる。
もう一つは、別の街に移って、決して有名ではないにしろ、歌手として別のバンドを組み、食ってはいけないので他の仕事をしながら、生きていく。その街でまた別の出会いがある。彼女はもう、男にすがってやっていく気には決してなれないものの、一人でやっていく決心がある自立した女性になるのだった。
二つのそれぞれ別のシーンは、時々交差するかのように現れる。さらに彼女にとっての思い出のシーンも混じっている上に、説明的な場面転換や台詞が全くないため、少し分かりずらく感じるかもしれない。
いずれにせよ、彼女には苦しみがつきまとう。忘れられない思い出は、目覚めることのない悪夢のよう。傷ついた彼女の姿が痛くて、見ていてとても苦しくなる。
全体的に雰囲気がとても良かったと思う。この二つの選択肢、おそらくどちらを選んでも、彼女にとって苦しみが終わらないのだ。
もし「自分が生きていく」ための選択をするなら・・・。
私が最近思うのは、「選択をする」という行為そのものに、常に後悔する可能性を含んでいる、ということ。
大人になるに従って、その後悔は大きく結果を違えるものであるかもしれない。
そして、時に取り返しがつかないこともありえる。
私は、こうした「選択」というものを描くなら、この作品のように、二つの別の人生をアナザー・ワールド的に描くのが面白いと思っている。『スライディング・ドア』のような作品が本当に好きだったから。
今回のTIFFでは、ディエゴ・マルティネス・ビニャッティ監督と、主演女優の、エウヘニア・ラミレス・ミオリさんが、Q&Aにて来場。
なんと、彼女は、元々タンゴ・シンガーであったわけではないらしい。何ヶ月も歌のレッスンを受けて、この役に臨んだらしい。私はまたてっきり、本物のシンガーを起用したのだと思っていたので驚いた。
ストーリー・・・エレナは売り出し中のタンゴ歌手。ブエノスアイレスの権威ある劇場で開かれたオーディションに、バンドを率いて参加する。見事合格したことを機に、彼女のキャリアは軌道に乗り始めるはずだった。しかしある日彼女に悲劇が訪れる、彼女が愛した人はもう彼女を愛することは無くなった。愛のために生き、歌うエレナにとって、これはすべての終わりを意味した。喪失感に打ちひしがれた彼女の傷心は癒えることなく、暗い面 持ちになっていく。しかし、もしもう一度歩き出すことができるとしたら? もし悲しみを捨てて新たな国で新しい人生を始めることができるとしたら?・・・
2009年11月04日
10月の評価別INDEX
最近ぜい肉が気になる私。という訳で、
今日、ヨガレッスンに行って来ました。
今回私が行ったのは、コーセーの「エスプリークプレシャス」からweb上に出来た、「エスプリークガーデン」の、「美人力開花レッスン」の一つ。
この美人力開花レッスン、「体の中からキレイになる」をモットーに、
様々な分野のプロフェッショナルな方々が集まって、
女性たちの中に眠る美人力を開花させちゃおう!というイベント。
友達が以前、ホットヨガにひたすらハマっていたのを思い出し、一度やってみたかったんですよんね、ホットヨガとかピラティスとか。
ハリウッド女優の間で流行って、ピラティスが日本にもやってきたとか。( ̄▽ ̄;)
ホットヨガとかピラティスは、激しい運動でないのに、とにかく汗をものすごいたくさんかくんだそうです。
友達は、何ヶ月も週5で行っていたなあ。
私は運動そのものは大体何でも好きなんですけど、元々体が硬いんですよね(小学生の頃から)。
久しぶりに行ったら、体のあちこちの筋が、全く伸びずにギューギュー悲鳴を言っているのが分かりました(苦笑)・・・

これはヤバイ。
今後は、お風呂上りに柔軟やり始めようかな・・・。
というわけで、今月の評価別INDEXです。
★続きを読む★
2009年11月02日
レディ アサシン ▲155
原題:Boarding Gate
監督・脚本:オリビエ・アサイヤス
撮影:ヨリック・ル・ソー
音楽:ブライアン・イーノ、ロバート・フリップ、スパークス
アーシア・アルジェント
サンドラマイケル・マドセン
マイルス・レンバーグケリー・リン
スー・ワンカール・ン
レスターキム・ゴードン
ケイアレックス・デスカス
アンドリュージョアンナ・プレイス
リサアーシア!アーシア!アーシア!
アーシア・アルジェント、魅力全開の一作。
この邦題、ちょっとイマイチです。ポスターを見て売る路線を思いついてしまったのか。なんとなく『ニキータ』や『アサシン』を思い起こさせるような邦題。確かにサスペンスタッチで進むストーリーではあるのだけれど、ただそう表現してしまうには惜しい作りの、変わったテイスト。そこで「むーん」、と日本の配給会社に文句を言いたくなってしまうところなのだけれど、goo映画から引っ張ってきたストーリーを読むと・・・↓
ストーリー・・・性とマネーとドラッグとインターネットの情報とが織り成すグローバルな世界に向けての戦い。一方でそのまま自らの内なる何かとの戦いともなっていく。最大のシステムとの戦いは常に最小の闇との戦いでもあるのだ。あまりに小さく、弱々しい戦い。その小ささと弱さを全身で引き受けて、彼女は歩を進める。彼女の前に「搭乗口」が現れることはないが、しかしその戦いの孤独な震えこそ世界に向けての「搭乗口」となることが、彼女の戦いと共に明らかになっていく・・・
うん、これが的を得た、いい文章なんですよね。物語のあらすじを説明的な単語で述べるでなく、映画全体の持つテイストと、彼女の役柄について反映させ、かつ原題にちゃんと触れていて。なかなか素敵です。物語は、アーシア演じるサンドラが、彼女を縛る過去でもあり、なかなか断ち切れない、マイケル・マドセン演じるマイルスとの、愛憎入り混じった関係性。これらをありありと冒頭部分で描くところから始まる。
このアーシアがあまりに見事なんですよね。裏の世界の仕事を請け負ってしまうこともある、危険な、かつ熟成した魅力で一杯の女性を体当たりで演じている。
取引先の情報を得るために、自分を利用することも厭わない、計算高い中高年の既婚男性・マイルス。この男とずっと一緒に居ても自分にプラスにはならないと分かっていて、だが簡単に断ち切るにはあまりに長い時間を“楽しみ”過ぎた・・・。アーシアが演じると、複雑な心理の女性が、何ともエロティックな、生々しい存在として立体的に感じさせる。お見事!
そして、とうとうこの男性との関係を“断ち切る”ところから、物語はこれまでと違う様相で展開していく。いかにも思いつきで“行った”ように見えるのに、実はそれは計画だったのだ、と分かる。後始末を手伝う現在の恋人と、その裏の組織、香港へ彼女が旅立って行き、さらに二転三転・・・
特に良かったのが、ラスト間際で彼女がとある決断を下す瞬間と、その長さ。
彼女がその行動を“行わなかった”ことで、おそらく彼女は、上海に行ってしばらく経って後、またレスターに会うことができるだろう。その時の彼女はそのことを分かっていないけれど、観客である私たちは知っている。きっと後に彼女が幸せになれるだろうことを。この瞬間の彼女の心持ちは、引き裂かれるような辛さを味わっているだろうけれど。少し切ない複雑な気持ち、だが悪くない感じだ。
ところで、ソニック・ユースのキム・ゴードンが出演していて驚いた!そう言えば、『デーモンラヴァー』や他のオリヴィエ・アサイヤス作品でもソニック・ユースが音楽で使われているけれど、まさか俳優として出てくるなんて。キム・ゴードン、久しぶりに見た。←このポスターは、海外で使われたもの。
この瞬間のアーシアにはドッキリさせられた。話の途中で、股間を触るシーン。
こういうことをして絵になるっていうのがさすがです。
普通の女性がこのポーズをしたら、「かゆいの?」なんて言われそうだ・・・

