2010年02月07日
■7. オーシャンズ
'09年、フランス原題:Oceans
監督:ジャック・ペラン、ジャック・クルーゾー
製作総指揮:ジェイク・エバーツ
製作:ジャック・ペラン、ニコラス・モベルニー
脚本:ジャック・ペラン、ジャック・クルーゾー、フランソワ・サラノ、ステファン・デュラン、ロラン・ドゥバ
音楽:ブリュノ・クーレ
編集:バンサン・シュミット、カトリーヌ・モシャン
日本語吹替え版ナレーション:宮沢りえ
ネイチャー・ドキュメンタリーは何かと好きで、よく足を運んでしまう。
二年前のお正月に公開された、『アース』や『グレート・ブルー』、『ミーアキャット』のような イギリス・BBC制作のもの。一方、この作品、ジャック・ペラン監督の『WATARIDORI』や、『皇帝ペンギン』、『バグズ・ワールド』のようなフランスのネイチャー・ドキュメンタリーも・・どちらも自分には興味深く、面白く見れたものが多かった。
海洋生物を見るのも好きだし、人間が踏み入れることの出来ない領域の映像、というのがまず、迫力満点だ。
特に前半は素晴らしくて、見ごたえのある映像にすっかり見入る。
海イグアナやホオジロザメ、有り得ない距離にまで近づいた映像は、まるですぐそこに居るかのような臨場感が凄くて。

ムラサキダコがゆらゆらと海中をさまよう姿、全体像が1つの画面では収まりきらないほどにカメラが寄っていく。
ハタハタと、その体は一枚布のように動き、風にたなびく洗濯物であるかのよう。赤フンどしにも見えて、思いのほかユーモラスに思えたり。
シロナガスクジラ、マッコウクジラなどの雄大な姿にも喜ぶ。(『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が思わず楽しみ!)
ただこれらの感激も、後半、人間の行う残忍な行為や環境汚染について言及する辺りから、話のトーンが変わってくる。
少々強引なナレーションや、言葉の選び方。映像表現や、音響効果まで、なんだか急に色褪せて見えてしまうことに、歯止めがかかることはなかった。
だが、本来私自身は、環境破壊については、人間がどれほど着目しても足りないほどの重大なテーマだと思っている。ただ、ナレーションの展開の仕方が、あまりに性急すぎて、もう少し丁寧に描いてくれていたら、どれだけ良かっただろう、と少々残念に思ってしまうのだった。
重要なテーマであるからこそ。

ちなみにこの作品、こどもキャンペーンを行って居て、子どもは500円で入場出来るそうです。『オーシャンズ』に特別協賛しているボートレースのページはこちら
この記事は、CyberBuzz会員であるとらねこがお送りしました。
・オーシャンズ@ぴあ映画生活
2010年02月03日
とらねこのゼロ年代ベスト

最近多忙で、なかなか更新出来ない日が続いてますが。
ゼロ年代が過ぎ去って、'10年代へ!
個人的に、あっと言う間に過ぎ去ったこの10年でした・・・。
ああ・・・なんて早いんだろう。
「年取ったら、時間過ぎるのなんて、あっという間だよー」、なんて聞いてたけど、本当だったな。
個人的には、20代から30代へと劇的な変化を辿ったこの10年。忘れられない出来事がいくつもあるんですね。
ま、いいや・・・。
とにかく、その映画のことを思い出すだけで胸がいっぱいになるような、愛してやまない映画だけを集めました。そこに"映画好き"としての微塵の見栄も、ハッタリもない、純然たる作品ばかり。
監督で選ぶことはせず、作品のみで選びました。
てなワケで、ゼロ年代ベスト、行ってみましょうか〜!
1.ムーラン・ルージュ
「ゼロ年代ベストを作ろう」と考えて真っ先に思いついた。モダンな古典、高潔な娼婦、何と呼ぼうと構わない、二つの相容れないエキセントリックなクロスオーバーがコレなのだ。デカダンでクレイジーで、ゴージャスでエラスティックな世迷い言。MTV世代のニュークラシック。悲劇は時に喜劇にもなる。ああ、私の全て!
2.イントゥ・ザ・ワイルド
現代社会という牢獄の中から逃亡し、北をまっすぐ目指す青年クリスの、ピュアな瞳が忘れられそうにない。私達はくだらない価値観から逃れる術を知らず、その代わりにしたことと言えば、成長し、大人になるってことだった。大人になる過程で、自分自身とその価値観を変え、いろんな事を忘れてしまったボクに、「忘れ物だよ」って届けられた、みずみずしい傑作。
3.ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
この映画にはひたすら影響された。挙句の果てに、結婚式の二次会でこれを歌った。誰の?って、自分の。ならいいよね、別に?(笑)ドレッドヘアにウェディングドレスという、なかなかに奇抜な出で立ち。きっと、ヘドウィグもビックリしたんじゃないかな?
4.ウェイキング・ライフ
「一番凄い映画は、夢に似てる映画だ」っていう台詞があったのは、『リミッツ・オブ・コントロール』だったけど、それを聞いて思い出したのは、私的には『マルホランド・ドライブ』とこの作品。『ウェイキング・ライフ』はまさしく、長年探してきた宝物のように思えた、珠玉の逸品だった。誰に理解されなくても。
5. ダンサー・イン・ザ・ダーク
見終わった後、あれほど嫌いだと思ったのに、あのヒリヒリ感が少しも癒えることがなくて。ビョークの歌声を思い出すだけで、いろんな思いでいっぱいになって、真っ直ぐ歩けなくなる。
6.スペル
出てくるエピソードの一つ一つに、10点10点10点10点10点10点〜〜!と叫びそうになった作品。楽しくて面白くて、嬉しくて笑いが止まらない。うひょひょひょ!ハイテンションをありがとう。
7.トランシルヴァニア
そうだ、人生は旅なのだ。我々は誰しも、幻の聖地を目指して、その瞬間瞬間を輝かせるために放浪する旅人だ。誰しも自分勝手なお一人さまだけど、いつの間にか交差する男と女・・・。それは最高にドラマチックな物語になりうる。ただ単に愛とロマンが誇大化されて描かれていないところが、またツボにハマる。
8.ヒルズ・ハブ・アイズ
ホラーとは、退屈な分野でもなければ、定型化された表現のみが繰り返される場所でもないのだ。・・・ということを、改めて感じさせる傑作。邪悪なお子様ランチ(“アメリカ”国旗つき)が忘れられません!
9.潜水服は蝶の夢を見る
ジャン・ドミニク・ボビー、彼を思い出すと、感情が波のように押し寄せてくる。男って、こんなにも馬鹿で、愛しくて、努力家で・・・。尊厳死ではなく、威厳ある生を最後まで選んだ男。『海を飛ぶ夢』と対にして見るべき傑作。
10.グラインドハウス USA公開版
(『プラネット・テラー』と『デス・プルーフ』)
見終わった後の幸せ感たら無かったな!映画館でポップコーンを食べることを、いつしか禁じ手にしていた私。おかげで、バカでかいバケツみたいな容器に入ったポップコーンを頬張ったのは、ほんの数回。その内の2回が、この作品と『イングロリアス・バスターズ』。こうやって楽しむことが出来ないなんて、そんな小難しい映画好きには、私は断固として、なりたかないってヤツです。
2010年01月30日
■6. マラドーナ
'08年、スペイン、フランス原題:Maradona by Kusturica
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
製作:ホセ・イバネス
製作総指揮:ベレン・アティエンサ、アルバロ・アウグスティン、オリビエ・デルボス、マルク・ミソニエ、ガエル・ヌエイーユ、バンサン・マラバル
撮影:ロドリーゴ・プルペイロ・ベガ
音楽:ストリボール・クストリッツァ
編集:スベトリク・ザイッチ
エミール・クストリッツァが、勢い良くゴールを決めた!
'09年のドキュメンタリーは、本当に出来がよくて、どれもこれも本当に心に残るものばかり。いやあー、スクリーンの中や、想像の世界ばかりでなく、リアルにたっくさん素敵な物語があるんだな、と。
「ドキュメンタリー」というジャンルについての概念から、こうやってどんどんはみ出した、規定外な素晴らしい作品が出てくるんだもの。
データの正確さばかりを重視した、退屈な語り口で語られる「現実」。・・・ドキュメンタリーについて、ニュースの速報とどこか同じように思っていたところがあったのだけれど。それが、『ダーウィンの悪夢』以来、すっかり破られてしまった。ドキュメンタリーの面白さ、というものについて着目したのは、自分にとっては'07年のことだったけれど、その多様さ、面白さ、というものをつくづく実感したのは、去年'09年のこと。
現存するサッカーの神、ディエゴ・アルマンド・マラドーナについてのこのドキュメンタリーは、これまたある意味で勇気のある一作だった。
見た目、アンソニー・ホプキンスに似ているエミール・クストリッツァ監督。彼も自ら映画に出演し、自身のバンド「ノー・スモーキング・オーケストラ」で演奏するシーンから始まる。
もう、「大好きなんです〜、マラドーナが!!!」とでも言うかのような、愛に溢れたファン心満載の作品。
マラドーナが何を行ったか、サッカー選手としてどうか、監督してどうか・・・そうした考察を加えてみたり、彼の功績を数字で表すことなどは全くない。
一人の人間として、彼の家族や愛や、その人生について、愛いっぱいの目線で語るものだった。ブラボー!
サッカーファンにとって、この作品を見てどんな感想を抱くのかは分からないけれど、少なくともマラドーナファンであれば、この作品には思いっきりうれしい気持ちになってしまいそう。だって、ファンそのものの目線でしか語っていないから。
そして、そのどちらでもない私は・・・すっかり、マラドーナファンになって家に帰った(笑)
彼の人柄と、その人生を祝福する気持ちになり、胸がいっぱいのまま・・・。
(大体、何故これを見たくなったのか、と問われたら、「シアターNでかけられていたから」などと答えてしまいそう・笑)
ゲバラ好きで、反抗心が旺盛の”ディエゴ”。(この”ディエゴ”という呼び方も、クストリッツァの真似だったりして)。
南米という国にとって、アメリカがどういう意味を持つかは、ゲバラに影響されたところが多い様子だ。(その考えには、私も思いっきり賛成だったりする)
監督がこうした辺りに共感を覚えるのは一体何故なのだろう?マラドーナはアルゼンチン出身、監督のエミール・クストリッツァはサラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)出身。
クストリッツァは元はロック好きで、親に映画学校に通わされたと言う。そうした既存の価値観に反発心を覚えるタイプなのかな、などと想像してみたりもする。もしくは、もともと持っているインディーズ精神。
映画に出てくるマラドーナ教。これは、思わずどういうタイプの冗談なのか、考えこんでしまったのだが、家に帰って調べてみたら、なんとマラドーナの地元で実際にあるものだった!愉快愉快。
マラドーナに生涯の愛を誓い、結婚する夫婦・・・。
何ともユーモア溢れる1シーンだった。
ストーリー・・・“神の子“と呼ばれたサッカー界の天才ディエゴ・アルマンド・マラドーナの実像に迫るドキュメンタリー。『ウェディング・ベルを鳴らせ!』も記憶に新しい鬼才エミール・クストリッツァが、親友でもあるマラドーナにカメラを向け、型破りな人物像をクローズアップ。英雄的な側面のみならず、反逆児、家庭人としての飾りのない素顔をとらえていく・・・
・マラドーナ@ぴあ映画生活
2010年01月25日
■5. アバター
’09年、アメリカ原題:Avatar
監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー
製作総指揮:コリン・ウィルソン
撮影:マウロ・フィオーレ
美術:リック・カーター、ロバート・ストームバーグ
編集:スティーブン・リフキン、ジョン・ルフーア、ジェームズ・キャメロン
音楽:ジェームズ・ホーナー
この作品を見ると、3D映像とこれまでの映画のあり方について、思わず考えてしまうものがあった。
3D映像を目の前にすると、観客は自分が物語の対象へと、より主観的に入っていく映像体験が出来るのだろうか?
マクルーハンのメディアの法則で有名になったという、反射光透過光の意義について、分かりやすくまとめていた著書があった。丸田一氏『「場所」論—ウェブのリアリズム、地域のロマンチシズム (叢書コムニス08)
まず、確認したいのが、「透過光」がもたらす「距離埋没効果」である。パソコンのモニター、携帯電話をはじめ、ウェブ空間のインターフェースは、ほ とんどが透過光によるスクリーンである。スクリーンにはブラウン管や液晶、有機ELなど様々な映像表示方式が採用されているものの、どれも発光源を持ち、 スクリーン表層を透過する光線で画面を表示することに変わりない。透過光による表示は、反射光の表示に比べて現前性が高く、利用者の身体とスクリーンとの 間に横たわる十数センチ〜数十七ンチという距離を埋めてくれる。
透過光が強い現前性をもたらすことは、マクルーハンも『メ ディアの法則』[★125]で指摘している。マクルーハンは、映画の観客を二分して、一方には普通の映画と同じように反射光によって、もう一方には透過光 によって同じ映画を鑑賞させるというハーバート・クルーグマンの実験を取り上げている。反射光のグループの感想は、映画を物語や技術に注目して理性的に分析し、批判する傾向が優位を占めたのに対して、透過光のグループでは、好き嫌いという情緒的で、主観的な反応が優位を占めた。
反射光の映画において観客は、スクリーンと身体との物理的な距離を保ったまま、対象としてスクリーン上を見ている。この距離が映像を対象化し、観客に分析 的で批判的な見方を与える。一方、透過光のテレビでは、スクリーンを越えて到達する光に視聴者が深く差し込まれてしまうので、映像は実際のスクリーン面か ら離れて、観客の目や身体を擬似的なスクリーンにして現前する[★126]。このように透過光の場合、観客は対象とうまく距離をとれず、場合によっては対 象と位置的に重なってしまうことが、観客に情緒的、主観的な見方を与えるといえるだろう。
ところで、パソコンのスクリーンを眺めていても発見できない誤字脱字が、プリントアウトすると容易に見つかるという経験は、誰もが一度はあるのではないだろうか。これも「反射光と透過光」 である程度説明ができる。スクリーンの透過光で文字を読んでいても見逃しがちな誤字脱字は、プリントアウトした紙の反射光で読むと、対象を分析的、批判的 に捉えることができるので、より発見されやすいといえる[★127]。
このように現前性の強い透過光が、ウェブ空間のイン ターフェースに用いられているのは偶然ではないだろう。現前性の高い透過光は、スクリーンと利用者の身体との。間にある物理的な距離を埋没させ、スクリー ンを没対象化させてしまう。これがスクリーンというインターフェースを準没入型に変えるのである。
- ★125 マーシャル・マクルーハン+エリック・マクルーハン『メディアの法則
』高山宏+中澤豊訳、NTT出版、二〇〇二年、九八−一〇〇頁。
- ★126 大澤真幸「メディアの再身体化と公的な知の不在」『環
』vol.20、藤原書店、二〇〇五年。
- ★127 有馬哲夫『世界のしくみが見える「メディア論」—有馬哲夫教授の早大講義録
』宝島社新書、二〇〇七年。
デジタル3Dの映像技術がいかに最新のものになろうとも、反射光を用いて上映されたものであるなら、3Dであるからという理由のために、「対象により深くへと入っていく」、という特性を持っているとは言えないのでは?
むしろ3Dであるからこそ、眼前の対象に対して、「自分との距離」、というものについて、常に意識させるのではないか、と私は思う。
自分が映像の世界へ入っていくために、より主観的となりえるもの、その要因は、では何だろう?私は、「いかにその物語の世界へ入っていくか」、という昔ながらの「想像力の世界」ではないか、と考えたりもする。
2010年01月21日
■4. THE 4TH KIND フォース・カインド
'09年、アメリカ原題:The Fourth Kind
監督・脚本:オラントゥンデ・オスンサンミ
製作:ポール・ブルックス、ジョー・カーナハン、テリー・ロビンス
製作総指揮:スコット・ニーマイヤー、ノーム・ウェイト、イオアナ・ミラー
原作:ドクター・アビゲイル・タイラー、オラントゥンデ・オスサンミ、テリー・ロビンス
撮影:ロレンツォ・セナトーレ
美術:カルロス・ダ・シルバ
音楽:アトリ・オーバーソン
ミラ・ジョヴォビッチ
アビー・タイラーウィル・パットン
オーガスト警部ハキーム・カエ・カズィム
アオロワ・オドゥサミイライアス・コティーズ
アベル・カンポス思わず見ながら思ったのが、「うッわー、出たゾ、これまた変な映画が・・・」という”やっちゃった感”。いんやあー、たまにはこういうのも見なくっちゃね。
個人的には、UFOとか幽霊とか、そういったモンは全面的に信じたい人なのです、私。
だから『Xファイル』もタブロイド誌もムーもアルマゲドンも、何でも来〜い!そういった類の話は、「あったら絶対楽しいよねっていうファンタジー」だと思っているもので。むしろ、本当なのかどうなのかはさておき、半分信じて、半分信じない主義。「半信半疑」をポジティブに、軽やかに、事実も飛び超えちゃえ!っていう、ね。
この映画を見ていて思い出したのは、私には『ノロイ』だったな。日本人以外の人たちにんは、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や、『クローバーフィールド』を思い出すのだろうけど。
これらもまた、フェイク・ドキュメンタリー形式で、世の中を釣ろうと、映画で一発企画したモノたち。
で、中でも一番胡散臭いのが、『ノロイ』なんですね(笑)
本当っぽく見せるため、どこかチープなTV風企画にすらなってしまうことも厭わず、現実と虚構、フィクションとノンフィクションの境界線すら危うくしてしまう。「その方向に行っては行けない一歩」を踏み出しちゃった映画として、『ノロイ』に似ている、という。
この作品と比べると、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』も、『クローバーフィールド』も、企画として際立って良く出来ていて、映画としてのエンターテイメントの域にきちんと収まっている、などと思ってしまう。
いや、だからこそ、人によってはおそらくダメ出しされてしまう、『ノロイ』にこの作品はよく似ているんです(笑)。
好き嫌いで言えば、自分は『ノロイ』の方がずっと好き。何故って、見たことがある人には分かると思うけれど、こちらは思わず吹き出してしまうほど面白いもん。
それに比べると、この作品には、怒ってしまう人は多いでしょうね・・・その気持ちも分かるような気もする。
何より、笑っていいものなのか、どうなのか、そこを分からなくしてしまっているからね。これじゃあ、真面目な人は怒っちゃうでしょうね。
まあ、今の時代、自分でそれが真偽か否かを調べようと思ったら一瞬で出来るので、(この映画に関しても同様ですし)、家に帰ってインターネットで調べれば分かることですからね。「それが本当であるかどうか」より、「映画を見ているその瞬間は、本当だと思わせたかった、そんな映像を作りたかった」。
そう思えば、面白い試みだなあ、なんて思わなくもないんですよ、私はね。
ストーリー・・・アラスカの町で行方不明者や不眠症を訴える人々が続発。その謎を解き明かそうとした現地の精神科医が撮ったとされる記録映像と、ミラ・ジョヴォヴィッチら による再現ドラマを組み合わせた異色スリラー。フィクションかノンフクションかを明かすことなく、作品に説得力を持たせた手法にワザあり。果たして、事件 の裏に隠された驚愕の事実とは!?・・・
・THE 4TH KIND フォース・カインド@ぴあ映画生活
2010年01月20日
■3. 牛の鈴音
'08年、韓国監督・脚本・編集:イ・チュンニョル
プロデューサー:コー・ヨンジェ
撮影:チ・ジェウ
音楽:ホ・フン、ミン・ソユン
素晴らしい映画を見た、という満足感でいっぱいだ。
ここにあるのは、最低限のものだけ。
現代文明に住む私たちが、当然のように享受しているものたち。それらが、ここにはことごとく足りていない。
それなのに、ここにあるものが全てなのであって、要らない余計なモノたちは、全て排除されている。そんな気にすら、私はなった。
シンプルな生の「原型」。これらに私は、感じ入ってしまったのだ。
(次に見た『アバター』が心に響くわけがない)
おじいさんは、牛に悪いものは与えられないから、と、田んぼに一切薬品を撒こうとしない。当然ながら、雑草が次から次に生える。するとそれらを全て手で抜く。
考えられないほど労力の要る作業で、見ているだけで気が遠くなる。彼らの仕事に終わりが来ることはない。年を取って、足が悪くなってしまったおじいさんは、体を休めるべきであっても、牛のために自分の体に鞭打って動く。
牛もまた、おじいさんが生きている限り、休むことは出来ない。
物語の初盤の方で、老いた牛を引退させ、新しい若い牛を使うことも考える。だがしばらくすると、おじいさんは、老いた牛を再び引っ張って、田んぼで働かせようとする。まるで、休むことは死ぬ時だ、と心に強く決意しているかのように。当然ながらおじいさんは、自分と牛と重ね合わせていて、生死を共にする決意を強くしているのだ。・・・口数の少ないおじいさんだけれど、いやだからこそ、見ているだけで伝わってくるものが、いかに多いことだろう。
これは「スローライフ」などというユルい言葉で表されるようなものでは決して無かった。農作業を手伝おうとする息子たちが一人もいない、それだけの話ではない。そんな思いが消えなかった。
失われゆくものがここにある、という壮絶さ。その牛とおじいさんを私たちの世界が失ってしまったら、今まさに何か大事なものを失ってしまうのではないか、そんな気すら覚えた。
牛の鈴音は、あまりに美しく、全編を通して鳴り響いていた。
作品の終盤にそれが止むことを、次第に畏れるような気持ちにすらなった。
ドキュメンタリーであるのに、ここまで完璧な映画があるものだろうか。こんなに美しいものをかつて見たことがあっただろうか。
そんな気持ちでいっぱいになった。
牛を見ては泣き、おじいさんを見ては泣き、おばあさんを見ては笑い。
ストーリー・・・韓国で社会現象になるほどの大反響を呼び、記録的な大ヒットとなったドキュメンタリー。老いた農夫と、一家を支え続けた一頭の牛の関係を見つめる。トラクターが当たり前の農作業の時代になろうとも、長年苦楽をともにしてきた牛を信頼し、決して手放そうとしはしないおじいさん。人間と動物の壁を越えたような双方の強い信頼関係が深い感動を呼ぶ。・・・
・牛の鈴音@ぴあ映画生活
2010年01月16日
■2. ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵<パブリック・エネミー>No.1と呼ばれた男 Part1ノワール編
'08年、フランス原題:Mesrine: Part 1 - Death Instinct
監督:ジャン=フランソワ・リシェ
製作:トマ・ラングマン
脚本:アブデル・ラウフ・ダプリ、ジャック・メスリーヌ
撮影:ロバート・ガンツ
音楽:マルコ・ベルトラミ
ヴァンサン・カッセル
ジャック・メスリーヌジェラール・ドパルデュー
ギドセシル・ド・フランス
ジャンヌロイ・デュプイ
メルシエジル・ルルーシュ
ポールアチラの『パブリック・エネミーズ』が自分的にはいまいちだったため、反動の勢いをつけて、コチラの<パブリック・エネミー>でお口直し。実はこの映画、去年'08年の東京国際映画祭の際には、タイトルが『パブリック・エネミーNo1』とかいうものだったのだ。劇場で日本公開の今になったら、何故かこんなにも長いタイトルに・・・。ジョニー・デップ主演の『パブリック・エネミーズ』とかち合ってしまったが故か?『ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵<パブリック・エネミー>No.1と呼ばれた男 ノワール編』と『ルージュ編』。さすがにこれだったら、誰も間違う人は居なそう。
こちらのパブリック・エネミーは、本当に悪い悪い!暴力シーンもふんだんに描かれ、中途半端な感じは全く無し。それなのに、どこか悪の魅力ともいうべき憎めなさがあって、しっかり面白く2時間、堪能出来た。
「ノワール映画はこうでないと」と言いたくなるのは、アチラがあまりに綺麗に描かれ過ぎていたからなのだろうな・・・。あっけにとられるほど、ワルいオヤジ。
ジャックの中では、アルジェリア戦争での殺人が、心のどこかでシコリとなっていたのかもしれない。彼の行う行動一つひとつから目を離せず、ついその表情を追いたくなるのは、ヴァンサン・カッセルという人だからかも。私も、昔だったら、この人の顔はどこか怖くて、苦手だったんだけどな。何よりその顔から、オーラが漂っているんですよね。「コイツ、本当にワルイ奴だな」って。
そして何よりジョン・デリンジャーと対照的なのは、女性の扱いかもしれない。いつもイイ女をはべらせているジャック・メスリーヌ。スペイン処女をかっさらって嫁さんにしたその時ばかりは、ジャック・メスリーヌも足を洗おうとした。マフィアの商売をふたたび始めようとした時、子供3人産んだ彼女が反対をしようと足を洗うマフィアの商売を再び始めそうになった時、銃を口に喰わえさせて「仲間が大事だ」と言う。あのシーンはさすがに凍りつく気分がした。
本当に悪い男だけれど、ノワール映画として堪能してしまう。で、頭にふとよぎったことは、マイケル・マンの『パブリック・エネミーズ』には血がほとんど流れてなかったのだ、ってこと。道理で何か綺麗な印象だったなあと。
ストーリー・・・1959年、アルジェリア戦争に行ったジャック・メスリーヌは上官の命令で初めて人を殺した。その後、パリに戻ったメスリーヌは、幼なじみのポールに誘わ れて歓楽街へ繰り出し、娼婦サラと出会い関係を持つ。そして父親が紹介してくれた堅気の仕事もさぼり、ポールの“闇商売”=強盗に手を出し始めたメスリー ヌは、元締めのギドを紹介してもらい、さらに犯罪に手を染めていく・・・
・ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵〈パブリック・エネミー〉No.1と呼ばれた男 Part.1 ノワール編@ぴあ映画生活
2010年01月11日
■1.パブリック・エネミーズ
’09年、アメリカ原題:Public Enemies
監督:マイケル・マン
製作:ケビン・ミッシャー、マイケル・マン
製作総指揮:G・マック・ブラウン、ジェーン・ローゼンタール
原作:ブライアン・バーロウ
脚本:ロナン・ベネット、マイケル・マン、アン・ビダーマン、
撮影:ダンテ・スピノッティ
美術:ネイサン・クロウリー
編集:ポール・ルベル、ジェフリー・フォード
音楽:エリオット・ゴーデンサール
ジョニー・デップ
ジョン・デリンジャークリスチャン・ベール
メルヴィン・パーヴィスマリオン・コティヤール
ビリー・フレシェットビリー・クラダップ
J・エドガー・フーヴァースティーブン・ドーフ
ホーマー・ヴァンメイヤースティーブン・ラング
チャールズ・ウィンステッドジョヴァンニ・リビシ
アルビン・カーヴィスデビッド・ウェンハム
ハリー“ピート”ピエルポンスティーブン・グレアム
プリティ・フェイス・ネルソンチャニング・テイタム
プリティ・ボーイ・フロイド’30年代のクライム・シーンで活躍した、伝説の銀行強盗ジョン・デリンジャー。初代FBI長官のJ・エドガー・フーバーが就任し、まだ連邦捜査局のシステムが確立される直前の暗黒時代。州を跨いだ犯罪行為では法の網の目をくぐることが出来た時代。
男くさい硬派な物語を紡ぐのを得意としたマイケル・マンだけど、最近は低迷中?
ジョニー・デップを主人公にしたキャスティングで、彼が出てくるのであれば、始めからヒットは間違いなしであったはずなのに、ストーリーがなんだか微妙で、いまいち盛り上がりに欠ける。
ギャングを描いているのであって、ヒーロー的な活躍をする義賊を描いているわけでは決してない、それはもちろん分かる。だがそれにしても、「悪者だけれど思わず味方にならざるを得ない、人を魅了してやまない人物」という強い印象を与えるには少し不十分だったような。
昔馴染みの仲間のような存在の輩が刑務所に入れられたら、脱獄計画を練ったり、また自分も収監されたその瞬間に仲間が奮起して、そのタイミングで脱獄が行われたりする。刑務所の中にも外にも、仲間が多いジョン・デリンジャー。自分のルールがあって、民間の人からは盗まず、銀行からのみ盗もうとする・・・。義理堅く人望も厚い好人物。・・・なんだろうけど、物語は遠慮がちに語られるのでとても遠回しな印象だ。同時にギャングとしての彼の姿が強調されているというわけでもなく。むしろ強調されているのは、彼が愛した女、ビリーとのラブストーリー部分。でもこれを演じるのがジョニー・デップということで、女性にウケる設定だったのかな、なんて穿った見方をしてみたくもなる。まあその辺りも、残念賞だった『マイアミ・ヴァイス』を彷彿とするんですけど。
ストーリー・・・1930年代前半のアメリカ。鮮やかな手口で銀行から金を奪い、不可能とも思える脱獄を繰り返す世紀のアウトロー、ジョン・デリンジャー。利益を独り占めする銀行を襲撃する大胆不敵な犯罪行為、強者から金を奪っても弱者からは一銭も奪わないといった独自の美学を貫くカリスマ性に、不況に苦しむ多くの国民は 魅了され、まるでロックスターのようにもてはやした・・・
・パブリック・エネミーズ@ぴあ映画生活
2010年01月05日
12月の評価別INDEX
あけましておめでとうございます~。2010年の幕開け。
ゼロ年代が終り、'10年代が始まりました。
'70年代、'80年代なんていう言い方をするのに、あまりゼロ年代なんて言い方はしませんでしたね。
とにもかくにも、新しい'10年代の始まり。
せっかくだから、何か「特別っぽい」ことがしたいな、と思って
初日の出を見に行きました。
あんまり混まなそうなところで、どこかいい日の出スポットはないかとwebで検索し、「城南島海浜公園」に行って来ました。
羽田空港の真北に位置するこの公園は、東京湾に面した産業地帯にあって、いかにも「穴場」の雰囲気ばっちり。

日の出時刻は、6:57でした。
行った甲斐がありましたよ。
タクシーの運転手さん曰く、ラジオで放送されたせいか、例年より混んでたらしいのだけど、
本当に東京で混むといったら、こんなものじゃ済まないもの(笑)
「今年の抱負」は何にしようかな?
うーんそうね、一つは「空気感を大切にする」にしようかな。
なんか、映画を見ているうちに、まるで今までの自分がガシガシと生き急いだりして、その分、そこにあるもっと大切な何かを見失っているような気がしてきたんですよね。
物事に注ぐ愛情をもっとかけるようにしたい、というか。
人と一緒に居る時に、沈黙する瞬間があったとしても、「心地いい沈黙」ってあるでしょう?
そういう優しい沈黙を愛せるようになりたいなって。
抽象的すぎる?(笑)
さておき、そろそろ引越しをしなければいけないので、しばらくブログはのんびりペースの更新にしようと思います。
とは言え、ゼロ年代ベストも映画秘宝をブログ友達と飲みながらチラ読みしていたら、やりたくなっちゃったし。
これはまあ、のんびり暇のあった時に、無理せずUPしようかな。
さて、
今年も私はきっとマイペースだと思いますが、
どうぞよろしくお願いします〜!
というわけで、今月の評価別INDEXです。
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2009年12月31日
とらねこのオレアカデミー賞 2009年
今年もベストを決める時期がやって来ました。独断と偏見に基づくベスト10です!
自分の好みに忠実に決めたもので、もう一度見たいかどうか、が評価基準になってます。
年間ベストが一番言いたいことが詰まっているという。これがやりたくてブログをやっている、とすら言えるのカモ?
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